24時間生活者に潜む、たくさんのわたし-51[守]師範エッセイ(2)

2023/04/20(木)12:03
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どんなモノだって、どんなコトだって、「編集的視点」で語れる。深掘りできる。関係線を引ける。開講間近の第51期の[守]師範が、型を使って、各々の数寄を語るエッセイシリーズ。2人目は師範相部礼子。「教授」こと坂本龍一の訃報を受けた相部が、その思いを語り直します。


 

 「BGM」は予想を裏切るアルバムだった。「TECHNOPOLIS」で東京をTOKIOにした軽やかさがここにはない。この「裏切られた感」が、ブームとして遠くに見ていたYMOに一歩近づきたいと思った理由だった。「もっと知りたい」と思った頃に「戦メリ」が来た。そして彼らは突き抜けたポピュラリティに向かう。
 その頃、カードケースの下敷きに好きなアイドルの切り抜きを入れるのが流行っていた。教室ではマッチやとしちゃんが圧倒的多数を占めていたが、私が入れたのは旗本退屈男の格好をしておどけた教授の写真。そう、たのきんと並行して語っていても全然おかしくない時代だったのだ。

 YMOのことは何でも知りたかった。だから本を買った。本の中で、今に至るまで忘れられない衝撃的な一言に出会う。
その言葉とは「24時間の生活者」。
 高校時代はゲバ棒振るう学生運動の闘士だった教授が、赤軍の活動について問われた時の答えだ。
 「24時間赤軍兵士というのはナンセンスだと当時から思っていたね。24時間生活者であって初めて権力に対峙できるのであって、24時間兵士の活動というのは、結局、革命にいたらない」(*)
 「24時間の生活者」。私にとって「編集を人生する」を具体化するキーワードの一つだ。「生活」という言葉に、たくさんの私が含まれる。仕事に行く私、友達と遊ぶ私、買い物をする私。それぞれの私がいるからこそ、街に戻りつつあるインバウンド客や、コロナが収まりつつあることや、卵の値上がりだのに実感をこめてモノを言える。

 同時に、相手の立ち位置があっての自分ではなく、自らの立ち位置を自分で確保している、そんな印象がある。体制に対する「反」体制、主流に対する「非」主流。「反」とか「非」とかをつけなくても自分が立っていられる。教授のこの言葉で、何かに完璧になりきってしまうことがむしろカッコ悪いと知った。

 YMOが散開して、存在が遠いものになっていた頃、思ってもいないところで再会した。第三舞台「朝日のような夕日をつれて」で「The End of Asia」ライブバージョンが流れてきたのだ。舞台を見ていた「今の私」に、YMOを好きだったことを忘れかけていた私が重なり、忘れられない舞台になる。
 「朝日のような夕日をつれて」のエンディングでは舞台後方がせり上がり、できた傾斜に立つ男達が語り始める。
「朝日のような夕日を連れて/僕は立ち続ける/つなぎあうこともなく/流れあうこともなく/きらめく恒星のように」。
 教授の忘れられない言葉はきらめく恒星になった。

*:『YMO BOOK OMIYAGE』小学館

                   (アイキャッチ 阿久津健)


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  • 相部礼子

    編集的先達:塩野七生。物語師範、錬成師範、共読ナビゲーターとロールを連ね、趣味は仲間と連句のスーパーエディター。いつか十二単を着せたい風情の師範。日常は朝のベッドメイキングと本棚整理。野望は杉村楚人冠の伝記出版。

コメント

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山田細香

2025-06-22

 小学校に入ってすぐにレゴを買ってもらい、ハマった。手持ちのブロックを色や形ごとに袋分けすることから始まり、形をイメージしながら袋に手を入れ、ガラガラかき回しながらパーツを選んで組み立てる。完成したら夕方4時からNHKで放送される世界各国の風景映像の前にかざし、クルクル方向を変えて眺めてから壊す。バラバラになった部品をまた分ける。この繰り返しが楽しくてたまらなかった。
 ブロックはグリッドが決まっているので繊細な表現をするのは難しい。だからイメージしたモノをまず略図化する必要がある。近くから遠くから眺めてみて、作りたい形のアウトラインを決める。これが上手くいかないと、「らしさ」は浮かび上がってこない。

堀江純一

2025-06-20

石川淳といえば、同姓同名のマンガ家に、いしかわじゅん、という人がいますが、彼にはちょっとした笑い話があります。
ある時、いしかわ氏の口座に心当たりのない振り込みがあった。しばらくして出版社から連絡が…。
「文学者の石川淳先生の原稿料を、間違えて、いしかわ先生のところに振り込んでしまいました!!」
振り込み返してくれと言われてその通りにしたそうですが、「間違えた先がオレだったからよかったけど、反対だったらどうしてたんだろうね」と笑い話にされてました。(マンガ家いしかわじゅんについては「マンガのスコア」吾妻ひでお回、安彦良和回などをご参照のこと)

ところで石川淳と聞くと、本格的な大文豪といった感じで、なんとなく近寄りがたい気がしませんか。しかし意外に洒脱な文体はリーダビリティが高く、物語の運びもエンタメ心にあふれています。「山桜」は幕切れも鮮やかな幻想譚。「鷹」は愛煙家必読のマジックリアリズム。「前身」は石川淳に意外なギャグセンスがあることを知らしめる抱腹絶倒の爆笑譚。是非ご一読を。

川邊透

2025-06-17

私たちを取り巻く世界、私たちが感じる世界を相対化し、ふんわふわな気持ちにさせてくれるエピソード、楽しく拝聴しました。

虫に因むお話がたくさん出てきましたね。
イモムシが蛹~蝶に変態する瀬戸際の心象とはどういうものなのか、確かに、気になってしようがありません。
チョウや蚊のように、指先で味を感じられるようになったとしたら、私たちのグルメ生活はいったいどんな衣替えをするのでしょう。

虫たちの「カラダセンサー」のあれこれが少しでも気になった方には、ロンドン大学教授(感覚・行動生態学)ラース・チットカ著『ハチは心をもっている』がオススメです。
(カモノハシが圧力場、電場のようなものを感じているというお話がありましたが、)身近なハチたちが、あのコンパクトな体の中に隠し持っている、電場、地場、偏光等々を感じ取るしくみについて、科学的検証の苦労話などにもニンマリしつつ、遠く深く知ることができます。
で、タイトルが示すように、読み進むうちに、ハチにまつわるトンデモ話は感覚ワールド界隈に留まらず、私たちの「心」を相対化し、「意識」を優しく包み込んで無重力宇宙に置き去りにしてしまいます。
ぜひ、めくるめく昆虫沼の一端を覗き見してみてください。

おかわり旬感本
(6)『ハチは心をもっている』ラース・チットカ(著)今西康子(訳)みすず書房 2025