美生柑というダントツー51[守]師範エッセイ(1)

2023/04/18(火)12:38
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どのような情報も何らかの編集を経てそこにあります。既になされた編集を見抜き、新たな組み換えを起こすことを可能にするのがイシス編集学校の基本コース[守]の15週間です。硬くなってしまった思考回路を柔らげ、世界の見え方をめっぽう面白くする[守]の38の型。開講間近の第51期の[守]師範が、型を使って、銘々の数寄を語るエッセイシリーズをお届けします。初回は、師範阿曽祐子が美生柑をダンドリ編集の型で語ります。


 

 美生柑を食べるためには、細心の注意をもって手を動かすことが肝要だ。その段取りは皮剥きから始まる。厚いのにしなやかな黄色い皮は、みかんのように手で剥くことができる。両手こぶし大の体内には、豊かな果汁と柔らかな果肉を湛える。注意深くふたつに割って、丁寧に房を分ける。果汁が漏れそうになる。ここが踏ん張りどころだ。甘さと酸っぱさと爽やかさ、この三位一体を実現する汁を一滴も失いたくない。ひとつずつ袋を開くように薄皮を剥いたら、慎重に素早く、口に運ばなくてはいけない。僅かでも力の入れ方を間違えると、果汁が零れ落ちる。

 

 子どもの頃、私たちは身の回りのあらゆるもの手に取っては動かした。ときには口に入れたり、引きちぎったりして、母親をハラハラさせたものだ。私たちは、手を通して物と出会ってきた。手を動かすことで、その物を理解してきた。手は、物を迎え入れながら、その物のかたち、大きさ、肌ざわり、硬さ、重さ、温かさといった性質を知っていく。それは、同時に自分の輪郭を知ることでもあり、物との接触面にあらわれでる新たな自分との出会いでもある。事物との協働作業を連綿と繰り返しながら、私たちは生きる世界を広げてきた。

 

 ここ数年、新型コロナウィルスの感染対策という大義名分のもと、私たちの手は制約を受け続けた。事あるごとに、消毒液を吹きかけられ、自由に動かすことを妨げられた。思い起こせば、それ以前からも、文字を書くことがキーボードを打つ作業に代わられ、お絵描きはマウスパッドの操作に代わられた。かつては五本の指で、道具を通して接触面から伝わってくる振動を感じながら、手加減をしたものだが、いまやそこにあるのは、無機質で一様な工業製品の手触りばかりだ。

 

 「手当て」「手さぐり」「手ぐすね」「手本」「手紙」と「手」のつく言葉が非常に多い。松岡正剛は、日本にとって手は大きなものだという。「たなごころ」という言葉がある。「手に心」の文字通り、私たち日本人は、手に心を感じようとしてきた。美生柑と手による真剣で繊細な協働作業、その果てに広がる新たな宇宙。寒さに弱い美生柑は、他の柑橘よりも遅めの春に登場する。目下、美生柑の旬到来だ。手を伸ばさずにはいられない。

(アイキャッチ 阿久津健)

 


◆イシス編集学校 第51期[守]基本コース◆

日程:2023年5月8日(月)~ 2023年8月20日(日)

詳細・申込:https://es.isis.ne.jp/course/syu


◆51[守]師範陣によるエディットツアー、限定15名募集中!◆   

 「あなたに潜む編集術~硬直した思考を柔らかくする~」 
日時:2023年4月23日(日)14:00~15:30

詳細・申込:https://es.isis.ne.jp/admission/experience

 

  • 阿曽祐子

    編集的先達:小熊英二。ふわふわと漂うようなつかみどころのなさと骨太の行動力と冒険心。相矛盾する異星人ぽさは5つの小中に通った少女時代に培われた。今も比叡山と空を眺めながら街を歩き回っているらしい。 「阿曽祐子の編集力チェック」受付中 https://qe.isis.ne.jp/index/aso

コメント

1~3件/3件

山田細香

2025-06-22

 小学校に入ってすぐにレゴを買ってもらい、ハマった。手持ちのブロックを色や形ごとに袋分けすることから始まり、形をイメージしながら袋に手を入れ、ガラガラかき回しながらパーツを選んで組み立てる。完成したら夕方4時からNHKで放送される世界各国の風景映像の前にかざし、クルクル方向を変えて眺めてから壊す。バラバラになった部品をまた分ける。この繰り返しが楽しくてたまらなかった。
 ブロックはグリッドが決まっているので繊細な表現をするのは難しい。だからイメージしたモノをまず略図化する必要がある。近くから遠くから眺めてみて、作りたい形のアウトラインを決める。これが上手くいかないと、「らしさ」は浮かび上がってこない。

堀江純一

2025-06-20

石川淳といえば、同姓同名のマンガ家に、いしかわじゅん、という人がいますが、彼にはちょっとした笑い話があります。
ある時、いしかわ氏の口座に心当たりのない振り込みがあった。しばらくして出版社から連絡が…。
「文学者の石川淳先生の原稿料を、間違えて、いしかわ先生のところに振り込んでしまいました!!」
振り込み返してくれと言われてその通りにしたそうですが、「間違えた先がオレだったからよかったけど、反対だったらどうしてたんだろうね」と笑い話にされてました。(マンガ家いしかわじゅんについては「マンガのスコア」吾妻ひでお回、安彦良和回などをご参照のこと)

ところで石川淳と聞くと、本格的な大文豪といった感じで、なんとなく近寄りがたい気がしませんか。しかし意外に洒脱な文体はリーダビリティが高く、物語の運びもエンタメ心にあふれています。「山桜」は幕切れも鮮やかな幻想譚。「鷹」は愛煙家必読のマジックリアリズム。「前身」は石川淳に意外なギャグセンスがあることを知らしめる抱腹絶倒の爆笑譚。是非ご一読を。

川邊透

2025-06-17

私たちを取り巻く世界、私たちが感じる世界を相対化し、ふんわふわな気持ちにさせてくれるエピソード、楽しく拝聴しました。

虫に因むお話がたくさん出てきましたね。
イモムシが蛹~蝶に変態する瀬戸際の心象とはどういうものなのか、確かに、気になってしようがありません。
チョウや蚊のように、指先で味を感じられるようになったとしたら、私たちのグルメ生活はいったいどんな衣替えをするのでしょう。

虫たちの「カラダセンサー」のあれこれが少しでも気になった方には、ロンドン大学教授(感覚・行動生態学)ラース・チットカ著『ハチは心をもっている』がオススメです。
(カモノハシが圧力場、電場のようなものを感じているというお話がありましたが、)身近なハチたちが、あのコンパクトな体の中に隠し持っている、電場、地場、偏光等々を感じ取るしくみについて、科学的検証の苦労話などにもニンマリしつつ、遠く深く知ることができます。
で、タイトルが示すように、読み進むうちに、ハチにまつわるトンデモ話は感覚ワールド界隈に留まらず、私たちの「心」を相対化し、「意識」を優しく包み込んで無重力宇宙に置き去りにしてしまいます。
ぜひ、めくるめく昆虫沼の一端を覗き見してみてください。

おかわり旬感本
(6)『ハチは心をもっている』ラース・チットカ(著)今西康子(訳)みすず書房 2025