寄り道する藤井聡太―51[守]師範エッセイ (3)

2023/04/22(土)12:07
img CASTedit

将棋棋士・藤井聡太六冠は、なぜ勝ち続けるのか。その背景にあるのははたして「AI」なのか。それとも?
開講間近の第51期の[守]師範が、型を使って各々の数寄を語るエッセイシリーズ。3人目の師範角山祥道は、編集的な思考を用いて藤井聡太六冠の強さの秘密にきり込みます。


 

 将棋界はAI抜きに語れなくなっている。

 AIが最善手=正解を出し、勝負の形勢を評価値として可視化する。棋士はAIで研究し、AIと対局し腕を磨く。棋士にとって必要なのは、盤ではなくPCだ。

 生成AIに左右される世界。これは他人事ではない。amazonのアルゴリズムはユーザーごとにお勧め本を提示し、グーグルのAIは届けるニュースを選別する。米国や日本の一部新聞記事はすでにAIによって作成され、昨年末には「AIを用いて描く文学賞」も創設された。「創造的に書く」ことすら、AIに浸食されている。

 AIの最先端でもある棋界でトップに立つのが、藤井聡太六冠だ。最年少記録を次々と塗り替える20歳の青年を、今さら説明する必要はないだろう。王将戦のタイトル戦で羽生善治挑戦者を退けたのも記憶に新しく、現在は名人戦と叡王戦のWタイトル戦に臨んでいる。世間の印象は、藤井=AIの申し子、だろう。

 

 人の思考は、出発点のベース(B)から目標点のターゲット(T)へと向かう。このBからTに向かう「あいだ」に浮かぶ姿・形・様子を、編集工学ではプロフィール(P)と呼び、ここに多様性や多義性、多彩さの可能性をみる。この「BPTは」、イシス編集学校が大事にする方法のひとつだ。

 AIは、このPを省く。スタート(B)からゴール(T)までの最短ルートを導き出すのだ。効率化を重視するグルーバリズムと相性がいいのはそのせいだ。棋士がAIの示す手順を記憶するのも、途中の省略で成り立っている。ところが藤井は、BからTのあいだで「寄り道」をする。

 

 2勝2敗で迎えた王将戦第5局もそうだった。52歳のレジェンド・羽生善治と藤井の大一番は、序盤からハイペースで進んだ。羽生が用意した作戦に乗った藤井だったが、1日目の昼、41手目で、手がピタリと止まった。細い指で扇子をくるくる回す。宙を見上げる。盤面に目を戻すと、体を小刻みに前後に揺する。

 昼食休憩も入れれば、3時間に及ぶ長考の末、藤井が選んだのは、AIが示さない手だった。評価値は大きく下がったが、想定外の手に、羽生が大長考に陥り、対応を誤った。終盤のまぎれはあったけれど、41手目の反AI的寄り道が、勝利をたぐり寄せた。

 

 明らかに藤井は、途中で寄り道をするためにAI研究を用いている。例えば定跡。経験知から導き出された最短ルートのはずだが、藤井は事も無げに違う道を進む。そしてそのことを楽しんでいる。この時の話し相手に、AIを用いているのだ。

 ああなるほど。藤井聡太の将棋は、AIの正解を暗記するような「従属関係」ではなく、AIとの「共存関係」にあったのか。圧倒的な強さの秘密はここにあった。

 藤井聡太六冠(現在は七冠)は、こんな付き合い方もあるよ、とAIとの新たな関係構築の一手を指し示してくれていた。

 

(アイキャッチ 51[守]師範・阿久津健)

▲第72期王将戦の記念扇子。発売開始時間を待って、その瞬間にポチッとしたことは言うまでもない。

 


■51[守]師範エッセイ

○阿曽祐子×美生柑「美生柑というダントツ
○相部礼子×坂本龍一「24時間生活者に潜む、たくさんのわたし

○角山祥道×藤井聡太「寄り道する藤井聡太
○稲垣景子×壁「ボルダリングはギシシとオノマトペ

○佐藤健太郎×食べ歩き「食べ歩く、軸、動く

○阿久津健×Fat lava「ファットラヴァ~組み合わせの実験器

  • 角山祥道

    編集的先達:藤井聡太。「松岡正剛と同じ土俵に立つ」と宣言。花伝所では常に先頭を走り感門では代表挨拶。師範代登板と同時にエディストで連載を始めた前代未聞のプロライター。ISISをさらに複雑系(うずうず)にする異端児。角山が指南する「俺の編集力チェック(無料)」受付中。https://qe.isis.ne.jp/index/kakuyama

  • スコアの1989年――43[花]式目談義

    世の中はスコアに溢れている。  小学校に入れば「通知表」という名のスコアを渡される。スポーツも遊びもスコアがつきものだ。勤務評定もスコアなら、楽譜もスコア。健康診断記録や会議の発言録もスコアといえる。私たちのスマホやP […]

  • フィードバックの螺旋運動――43[花]の問い

    スイッチは押せばいい。誰もがわかっている真理だが、得てして内なるスイッチを探し出すのは難しい。結局、見当違いのところを押し続け、いたずらに時が流れる。  4月20日の43期[花伝所]ガイダンスは、いわば、入伝生たちへの […]

  • 【多読アレゴリア:勝手にアカデミア】勝手に映画だ! 清順だ!

    この春は、だんぜん映画です!  当クラブ「勝手にアカデミア」はイシス編集学校のアーキタイプである「鎌倉アカデミア」を【多読アレゴリア24冬】で学んで来ましたが、3月3日から始まるシーズン【25春】では、勝手に「映画」に […]

  • 【多読アレゴリア:勝手にアカデミア③】2030年の鎌倉ガイドブックを創るのだ!

    [守]では38のお題を回答した。[破]では創文した。[物語講座]では物語を紡いだ。では、[多読アレゴリア]ではいったい何をするのか。  他のクラブのことはいざ知らず、【勝手にアカデミア】では、はとさぶ連衆(読衆の通称) […]

  • 【多読アレゴリア:勝手にアカデミア②】文化を遊ぶ、トポスに遊ぶ

    「鎌倉アカデミア」は、イシス編集学校のアーキタイプである。  大塚宏(ロール名:せん師)、原田祥子(同:お勝手)、角山祥道(同:み勝手)の3人は、12月2日に開講する【勝手にアカデミア】の準備を夜な夜な進めながら、その […]

コメント

1~3件/3件

山田細香

2025-06-22

 小学校に入ってすぐにレゴを買ってもらい、ハマった。手持ちのブロックを色や形ごとに袋分けすることから始まり、形をイメージしながら袋に手を入れ、ガラガラかき回しながらパーツを選んで組み立てる。完成したら夕方4時からNHKで放送される世界各国の風景映像の前にかざし、クルクル方向を変えて眺めてから壊す。バラバラになった部品をまた分ける。この繰り返しが楽しくてたまらなかった。
 ブロックはグリッドが決まっているので繊細な表現をするのは難しい。だからイメージしたモノをまず略図化する必要がある。近くから遠くから眺めてみて、作りたい形のアウトラインを決める。これが上手くいかないと、「らしさ」は浮かび上がってこない。

堀江純一

2025-06-20

石川淳といえば、同姓同名のマンガ家に、いしかわじゅん、という人がいますが、彼にはちょっとした笑い話があります。
ある時、いしかわ氏の口座に心当たりのない振り込みがあった。しばらくして出版社から連絡が…。
「文学者の石川淳先生の原稿料を、間違えて、いしかわ先生のところに振り込んでしまいました!!」
振り込み返してくれと言われてその通りにしたそうですが、「間違えた先がオレだったからよかったけど、反対だったらどうしてたんだろうね」と笑い話にされてました。(マンガ家いしかわじゅんについては「マンガのスコア」吾妻ひでお回、安彦良和回などをご参照のこと)

ところで石川淳と聞くと、本格的な大文豪といった感じで、なんとなく近寄りがたい気がしませんか。しかし意外に洒脱な文体はリーダビリティが高く、物語の運びもエンタメ心にあふれています。「山桜」は幕切れも鮮やかな幻想譚。「鷹」は愛煙家必読のマジックリアリズム。「前身」は石川淳に意外なギャグセンスがあることを知らしめる抱腹絶倒の爆笑譚。是非ご一読を。

川邊透

2025-06-17

私たちを取り巻く世界、私たちが感じる世界を相対化し、ふんわふわな気持ちにさせてくれるエピソード、楽しく拝聴しました。

虫に因むお話がたくさん出てきましたね。
イモムシが蛹~蝶に変態する瀬戸際の心象とはどういうものなのか、確かに、気になってしようがありません。
チョウや蚊のように、指先で味を感じられるようになったとしたら、私たちのグルメ生活はいったいどんな衣替えをするのでしょう。

虫たちの「カラダセンサー」のあれこれが少しでも気になった方には、ロンドン大学教授(感覚・行動生態学)ラース・チットカ著『ハチは心をもっている』がオススメです。
(カモノハシが圧力場、電場のようなものを感じているというお話がありましたが、)身近なハチたちが、あのコンパクトな体の中に隠し持っている、電場、地場、偏光等々を感じ取るしくみについて、科学的検証の苦労話などにもニンマリしつつ、遠く深く知ることができます。
で、タイトルが示すように、読み進むうちに、ハチにまつわるトンデモ話は感覚ワールド界隈に留まらず、私たちの「心」を相対化し、「意識」を優しく包み込んで無重力宇宙に置き去りにしてしまいます。
ぜひ、めくるめく昆虫沼の一端を覗き見してみてください。

おかわり旬感本
(6)『ハチは心をもっている』ラース・チットカ(著)今西康子(訳)みすず書房 2025