身体×言葉×音楽のインタースコア――松岡竜大のISIS wave#03

2023/04/11(火)08:30
img CASTedit

イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変える、仕事を変える、日常を変える――。

 

松岡竜大さんは稽古の人である。イシスで学び始めたのとほぼ同時に、合気道を習い始めた。松岡竜大さんは音楽の人である。プロのギタリストであり、鹿児島でレッスンを行っている。松岡竜大さんは読書の人である。千夜千冊の連載を欠かさず読み、そこから派生した書物を蒐集、言葉をノートに記録する。イシスの稽古を通して、関心のあることに向かう時に読書を取り入れるようになった。

 

イシス受講生がその先の編集的日常を語る、新しいエッセイシリーズ。第3回は、「松岡竜大さんが合気道の外稽古の最中に体感したこと」をお届けします。

 

■■森の中で音楽が聞こえてくる

 

 少しぐらい寒さが厳しくても、冬の風は心地よい。鹿児島祥平塾で合気道を学び始めてすぐに、近くの公園で外稽古を始めた。より自由度を高くしたせいか、頬を柔らかく愛撫する風を感じる様になる。身体を操作するよりも、その風を途切れない様に感じた方がよい。身体の外側と内側がひとつになる
 火照りを整えるために、城山の遊歩道を登る。ここで、風は森全体を響かせる息吹になる。指揮者の居ない、偶然(ハプニング)が奏でるオーケストラ。遠くから、何かが気配を伴って摺り足の様に近づいて来るその時、武満徹の “弦楽のためのレクイエム” が聞こえてくる。

 

《音によって組み立てられる、抽象的な構造の美を至上とするヨーロッパの音楽に対して、日本の伝統音楽は、音によって構築するというよりは、一音の中に、変化する動きの相をとらえ、それを聴き出そうとする、移ろいゆく変化を何よりも大事にして、そこに「さわり」というような、独自な美意識が生じた》(『武満徹エッセイ選 言葉の海へ』小沼純一編、ちくま学芸文庫)

 

 木々は、大地に強く深く根を伸ばし、先端を柔らかくし、風の抵抗を受けきる事で、躍る。
 合気道は脱力が基本にある。能動的な脱力とは、主体性を捨て、ふにゃふにゃする事ではない。武満徹が、西洋と日本、異なった二つの音楽を自己の感受性の内に培養するといったように、矛盾を解消するのではなしに、その対立を自己の内部に激化するといったように、二項同体(清沢満之)で世界を捉えることではないだろうか。
 夜の森で風を聞くたびに感じるものとは別に、改めて武満徹の音楽を聴いてみる。

 

《僕はたくさんの中から一を聴く様に努力したいと思うのです。一つの音にも世界を聴きたいです》(『武満徹対談選 仕事の夢 夢の仕事』小沼純一編、ちくま学芸文庫)

 

 箏曲家の宮城道雄は、都会の真中に住んでいて、海の潮鳴りを聞いていると言った。からだは都会の真ん中に置きながらも、魂だけは遥か海辺に遊ぶことができた。宮城道雄も一つの音に世界を聴いていた。この様な意識の在り方を貫く日本という方法があるに違いない。
 
 今日も風が途切れないよう風を感じて走る。

▲松岡竜大さんのギタースタジオ。音楽空間に書物がインタースコアされている。

 

武満徹は「耳の言葉」で文章を書いている、と松岡正剛は道破しました。おそらく松岡竜大さんは、「風の言葉」で書いているのでしょう。書物に「胸を預けて」読むというよりも、「躰を預けて」読む。そしてベース(B)からターゲット(T)へと向かう過程で重奏的にプロフィール(P)を描き、〝何かの気配〟から日本という方法の面影をたちあらわせました。言葉と身体と音楽をインタースコアさせた竜大さんのエッセイを読んでいると、ウツとウツツとを二項同体させ肚に宿し、腸が千切れるように唄った瞽女・小林ハルの門付けの唄を思い出します。


文・写真提供/松岡竜大(46[守]角道ジャイアン教室、46[破]多項セラフィータ教室)
編集/角山祥道、羽根田月香

 

  • エディストチーム渦edist-uzu

    編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。

  • 『ケアと編集』×3× REVIEWS

    松岡正剛いわく《読書はコラボレーション》。読書は著者との対話でもあり、読み手同士で読みを重ねあってもいい。これを具現化する新しい書評スタイル――1冊の本を3分割し、3人それぞれで読み解く「3× REVIEWS」。 さて皆 […]

  • 寝ても覚めても仮説――北岡久乃のISIS wave #53

    コミュニケーションデザイン&コンサルティングを手がけるenkuu株式会社を2020年に立ち上げた北岡久乃さん。2024年秋、夫婦揃ってイシス編集学校の門を叩いた。北岡さんが編集稽古を経たあとに気づいたこととは? イシスの […]

  • 目に見えない物の向こうに――仲田恭平のISIS wave #52

    イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変える、仕事を変える、日常を変える――。 仲田恭平さんはある日、松岡正剛のYouTube動画を目にする。その偶然からイシス編集学校に入門した仲田さんは、稽古を楽しむにつれ、や […]

  • 『知の編集工学』にいざなわれて――沖野和雄のISIS wave #51

    毎日の仕事は、「見方」と「アプローチ」次第で、いかようにも変わる。そこに内在する方法に気づいたのが、沖野和雄さんだ。イシス編集学校での学びが、沖野さんを大きく変えたのだ。 イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変 […]

  • 『NEXUS 情報の人類史 下』×3× REVIEWS

    松岡正剛いわく《読書はコラボレーション》。読書は著者との対話でもあり、読み手同士で読みを重ねあってもいい。これを具現化する新しい書評スタイル――1冊の本を3分割し、3人それぞれで読み解く「3× REVIEWS」。  歴 […]

コメント

1~3件/3件

山田細香

2025-06-22

 小学校に入ってすぐにレゴを買ってもらい、ハマった。手持ちのブロックを色や形ごとに袋分けすることから始まり、形をイメージしながら袋に手を入れ、ガラガラかき回しながらパーツを選んで組み立てる。完成したら夕方4時からNHKで放送される世界各国の風景映像の前にかざし、クルクル方向を変えて眺めてから壊す。バラバラになった部品をまた分ける。この繰り返しが楽しくてたまらなかった。
 ブロックはグリッドが決まっているので繊細な表現をするのは難しい。だからイメージしたモノをまず略図化する必要がある。近くから遠くから眺めてみて、作りたい形のアウトラインを決める。これが上手くいかないと、「らしさ」は浮かび上がってこない。

堀江純一

2025-06-20

石川淳といえば、同姓同名のマンガ家に、いしかわじゅん、という人がいますが、彼にはちょっとした笑い話があります。
ある時、いしかわ氏の口座に心当たりのない振り込みがあった。しばらくして出版社から連絡が…。
「文学者の石川淳先生の原稿料を、間違えて、いしかわ先生のところに振り込んでしまいました!!」
振り込み返してくれと言われてその通りにしたそうですが、「間違えた先がオレだったからよかったけど、反対だったらどうしてたんだろうね」と笑い話にされてました。(マンガ家いしかわじゅんについては「マンガのスコア」吾妻ひでお回、安彦良和回などをご参照のこと)

ところで石川淳と聞くと、本格的な大文豪といった感じで、なんとなく近寄りがたい気がしませんか。しかし意外に洒脱な文体はリーダビリティが高く、物語の運びもエンタメ心にあふれています。「山桜」は幕切れも鮮やかな幻想譚。「鷹」は愛煙家必読のマジックリアリズム。「前身」は石川淳に意外なギャグセンスがあることを知らしめる抱腹絶倒の爆笑譚。是非ご一読を。

川邊透

2025-06-17

私たちを取り巻く世界、私たちが感じる世界を相対化し、ふんわふわな気持ちにさせてくれるエピソード、楽しく拝聴しました。

虫に因むお話がたくさん出てきましたね。
イモムシが蛹~蝶に変態する瀬戸際の心象とはどういうものなのか、確かに、気になってしようがありません。
チョウや蚊のように、指先で味を感じられるようになったとしたら、私たちのグルメ生活はいったいどんな衣替えをするのでしょう。

虫たちの「カラダセンサー」のあれこれが少しでも気になった方には、ロンドン大学教授(感覚・行動生態学)ラース・チットカ著『ハチは心をもっている』がオススメです。
(カモノハシが圧力場、電場のようなものを感じているというお話がありましたが、)身近なハチたちが、あのコンパクトな体の中に隠し持っている、電場、地場、偏光等々を感じ取るしくみについて、科学的検証の苦労話などにもニンマリしつつ、遠く深く知ることができます。
で、タイトルが示すように、読み進むうちに、ハチにまつわるトンデモ話は感覚ワールド界隈に留まらず、私たちの「心」を相対化し、「意識」を優しく包み込んで無重力宇宙に置き去りにしてしまいます。
ぜひ、めくるめく昆虫沼の一端を覗き見してみてください。

おかわり旬感本
(6)『ハチは心をもっている』ラース・チットカ(著)今西康子(訳)みすず書房 2025