自ら編み上げた携帯巣の中で暮らすツマグロフトメイガの幼虫。時おり顔を覗かせてはコナラの葉を齧る。共に学び合う同志もなく、拠り所となる編み図もなく、己の排泄物のみを材料にして小さな虫の一生を紡いでいく。
物語は自由になる方法だ。といっても、物語を書いてスッキリする、というものではもちろんない。
イシス編集学校では物語編集技法を学ぶ機会がある。ひとつは応用コース[破]。物語母型にそって映画を翻案し、新たな物語を創出する。[破]で学んだ物語編集技法をさらに深めるのが[遊]物語講座だ。4ヶ月で短編・中編5本の物語を創作する。
物語編集は関係性を動かす強力な方法だと語るのは、物語講座第二綴を受講し、現在、作家活動を行っている服部奈々子さんだ。
服部さんは2018年に芳納珪の名で書いた『天ノ狗(アメノキツネ)』(光文社文庫)でデビュー。Webで多数の作品を発表しつつ、版画作家としても活動されるマルチプレイヤーでもある。
―――服部さんのデビュー作『天ノ狗』を拝読しました。ストーリーは和風ファンタジーで、キャラクターはライトノベルなのに、日本書紀引用から物語がはじまるんですよね。
ありがとうございます。私、伝奇が好きなんですよ。すべてが創作より、何かしら歴史的に存在したものを入れると物語に厚みが出るので、今回は日本書紀を使いました。
―――伝奇好きなんですか。そして、つくられる版画はファンタジーですね。

ははは。そうですね。
―――小説家と版画家という組み合わせは珍しいと思うのですが。
そうかもしれませんね。私は、武蔵野美術大学造形学部空間演出デザイン学科で、商業空間のデザインを学んでたんです。でもアート作品をつくりたいと思いまして、版画サークルで木版画を始めたのが版画のはじまりです。
―――そうすると、物語を書き始めたのは編集学校以降でしょうか。
実は小学校のころから書いていたんです。友達と交換日記ならぬ交換小説ですね。相手が書いた物語の続きを書いていくというものです。その後は中学、高校でもマンガを書いていました。
―――小学生から書いていたのですか。では、物語を書くことはお手のものですね。
いやー、小学生の頃などは好きなアニメの真似でした。[破]で物語の構造を理解して書いてみて、方法で書けるのだと思いました。その流れで『天ノ狗』の原型を書いていましたが、出版した内容とはだいぶ違います。出版のきっかけはWebで作品を公開したからだったのですが、公開までにかなりの推敲をしました。
―――どのような推敲をしたのですか。
はじめて書いたときは物語の型のひとつの「往還構造」だけで書いていました。主人公が行って帰ってくるだけです。大きなドラマがなかったので、対立構造を加えたり、ナレーターを変えたりしました。
今、ハッキリ言えるのは、型を使わないと物語にならないんです。だから型を身体の中に取り入れておくことが大事になります。そういう意味では物語講座で型に則って書く訓練ができました。
―――物語講座は、[破]とは違うアプローチで物語を書きますよね。新聞記事から落語、ミステリー、幼な心の物語を書き分けたり、イメージ写真から物語を描いたり、歴史をもとに物語を仕上げたりします。
そうですね。トリガーショット(イメージ写真から物語を創作)はアイデアを出すのに役立っています。今、Webで公開している『赤ワシ探偵シリーズ』は、写真ではなく私がつくった版画をもとに物語を書きました。版画の場面は物語のどこにしようかな、と書いていったんです。物語講座を経験したからこそ、できる方法かもしれません。

『赤ワシ探偵シリーズ』はじまりの版画
―――物語講座での経験が今の執筆にもつながるんですね! 私も物語講座を受講して、こんなに楽しい講座があったのか、と思ったのですが、服部さんはどうでしたか?
確かに楽しかったです。まあ、型を使わなくてはいけないとか、決められた文字数で物語を完成させないといけない大変さはありましたね。こんな文字数でミステリーを書かないといけないの? って思いました(笑)。
―――中編も短編も書きますものね。
そうですね。次々に物語を書くのは大変ですが、本当に面白かったです。最後までちゃんと書ききったという達成感もありますし、書ききったからこそ物語の書き方もわかりました。
それに世界をつくれるのが特に楽しいです。頭の中にあるモヤモヤしたものが現実として存在し、キャラクターの人生をつくれるのは他にはない喜びです。
私はキャラクターの行動原理を考えて書くのですが、そうするとキャラクターが生きて話し出してきて、自ずと物語が動くんです。
―――キャラクターも服部さんがつくり出した情報の一つですよね。どうやったらキャラクターが自発的に動き出すのでしょう。
キャラクターが動くようにするのは最初は難しかったです。この場面でこう盛り上がりたいと考えると、キャラクターがその通りに動いてくれないんです。彼らが発する会話もうまくいかない。強引になるんです。
―――どうやって乗り越えたのですか。
キャラクターの物語における役割、例えば主人公なのか悪役なのか師なのかを考えたり、生きてきた背景を考えたり、時おり私がやりたかったことをプラスしましたね。変身したかったので、それをこのキャラクターに付けようって。
それをもとに、このキャラクターはこの場面ならこう言うな、と考えるとうまくいきました。
―――なるほど。ストーリーだけでなく、ストーリーとキャラクターの両方が連動しているんですね。
それに、物語をつくるのはお弁当づくりとも言えます。
―――お弁当ですか!?
版画ならこの紙の中に世界をつくります。お弁当みたいに色とかバランスをみていくんです。物語もそうですね。字数や物語構造の中で、キャラクターやシーンを配置します。そうすると、それぞれのキャラクターが個性的に動き出すんです。その配置がとても難しくもありましたが、磨いていきたいですね。
―――今後のお弁当づくりは、どうされるんでしょうか。
はい。これからも版画もつくるし、物語も書いていきます。絵を描く人の文章は、その人の絵が思い浮かぶんです。この後は、作家であり画家である仲間と本を出す予定です。
ムーミンの作者であるトーベ・ヤンソンなどといった、小説と挿絵の両方を手がけているたくさんの先達に背中を押してもらいながら創作活動を続けていきます。

デビュー作の『天ノ狗』と服部さん
服部さんは物語を紡ぐとき、ワールドモデル(世界)とキャラクターをつくりこみ、シーンにのせると物語が動き出すと語った。キャラクターが自律的に関係を変えていったのだ。
自分と誰か、自分と会社、自分と世界……。自分と「何か」のアイダには何らかの関係性がある。そういった自分と世界の関係性を動かすことのできる方法が「物語編集」にはある。
物語講座第十三綴は2020年10月に開講する。詳しくはこちらから
衣笠純子
編集的先達:モーリス・ラヴェル。劇団四季元団員で何を歌ってもミュージカルになる特技の持ち主。折れない編集メンタルと無尽蔵の編集体力、編集工学への使命感の三位一体を備える。オリエンタルな魅力で、なぜかイタリア人に愛される、らしい。
「典を祭り、問答をひらく夕べ」酒上夕書斎×別典祭スペシャル ―『日本・江戸・昭和』三問答を語り尽くす―
十一月の夕刻、「典(ふみ)」をめぐる風が、編集工学研究所・本楼にひらりと立ちのぼります。 イシス編集学校の新しいお祭――「別典祭」。 多読アレゴリア一周年、そして松岡正剛校長の一周忌に心を寄せ、「典」すなわち“本”そのも […]
田中優子を揺さぶった一冊――石牟礼道子『苦海浄土』を読む夕べ|酒上夕書斎 第五夕[10/28(火)16:30〜 YouTube LIVE]
2か月ぶりに帰ってくる「酒上夕書斎」。 海外出張を経て、田中優子学長の語りの熱も、さらに深まっている。 第五夕で取り上げるのは、石牟礼道子の名作『苦海浄土』。 工場廃水の水銀が引き起こした水俣病――文明の病 […]
玄月音夜會 第五夜|井上鑑 ― 本楼初のグランドピアノ。言葉の余白に音が降る
本楼にグランドピアノが入る――史上初の“事件”が起こる。 井上鑑が松岡正剛に捧ぐ、音と言葉のレクイエム。 「玄月音夜會」第五夜は、“言葉の船”が静かに音へと漕ぎ出す夜になる。 すでにお伝えしていた「玄月音夜會」に、ひとつ […]
夜の深まりに、ひそやかに浮かぶ月。 その光は、松岡正剛が歩んだ「数寄三昧」の余韻を照らし出します。 音とことばに編まれた記憶を、今宵ふたたび呼び覚ますために―― 玄月音夜會、第五夜をひらきます。 夏から秋へ […]
ひとつの音が、夜の深みに沈んでいく。 その余韻を追いかけるように、もうひとつの声が寄り添う。 松岡正剛が愛した「数寄三昧」を偲び、縁ある音楽家を招いてひらく「玄月音夜會」。 第四夜の客人は、邦楽家・西松布咏さんです。 […]
コメント
1~3件/3件
2025-11-18
自ら編み上げた携帯巣の中で暮らすツマグロフトメイガの幼虫。時おり顔を覗かせてはコナラの葉を齧る。共に学び合う同志もなく、拠り所となる編み図もなく、己の排泄物のみを材料にして小さな虫の一生を紡いでいく。
2025-11-13
夜行列車に乗り込んだ一人のハードボイルド風の男。この男は、今しがた買い込んだ400円の幕の内弁当をどのような順序で食べるべきかで悩んでいる。失敗は許されない!これは持てる知力の全てをかけた総力戦なのだ!!
泉昌之のデビュー短篇「夜行」(初出1981年「ガロ」)は、ふだん私たちが経験している些末なこだわりを拡大して見せて笑いを取った。のちにこれが「グルメマンガ」の一変種である「食通マンガ」という巨大ジャンルを形成することになるとは誰も知らない。
(※大ヒットした「孤独のグルメ」の原作者は「泉昌之」コンビの一人、久住昌之)
2025-11-11
木々が色づきを増すこの季節、日当たりがよくて展望の利く場所で、いつまでも日光浴するバッタをたまに見かける。日々の生き残り競争からしばし解放された彼らのことをこれからは「楽康バッタ」と呼ぶことにしよう。