九天のパブロ・カザルス、松永真由美の「音楽と編集」〈九天組長インタビュー file3〉

2019/12/19(木)09:54
img

九州にゆかりがあれば、九州在住でなくとも九天玄氣組に志願できる。千葉の船橋市在住の松永真由美さんもその一人で、母親の出身地が大分県の佐伯市であることから、九天の仲間となった。会計事務所に勤めながらチェロの奏者として活躍中の松永さん。チェロ奏者とは知っていたが、これまでの歩みを聞いて驚いた。子供の頃から全国レベルで活躍するチェロ奏者だったのだ!(Top写真:お店のBGMとしてピアノとチェロで演奏中)

 

ーーチェロはいつから始めたのですか。

 

小学3年生の3月に、小学校の合奏クラブに入ってからです。チェロを弾くようになったのは、4年生のときに指導者の佐治薫子先生から「あなた、これね」と渡されて、ずっとチェロ一筋です。私の所属していた船橋市立前原小学校の合奏クラブは、公立でありながら全国コンクールで連続優勝するほどの名門で、伝統を守るのが自分たちの役割だと、みんな懸命でした。佐治先生からは「できないのなら、100回練習すればできるようになる。それでもできなければ1000回練習すればできる」と厳しく指導されていました。とくに質のいい音を聞き分ける耳の力を徹底的に叩き込まれましたね。

 

ーー小学生にして本格的ですね。全国レベルを維持し続ける秘訣ってありましたか。

 

先輩が後輩を指導するしくみが確立していました。指導役になるのは5年生からで、一人の先輩に一人の“弟子”がつきます。私にも多いときは7人ぐらい弟子がいました。教える/教わる立場が逆転するのは、ちょっと編集学校の師範代と学衆の関係に似ているかも。

 

それから、白井誠先生という外部のおじさん指導者の存在が大きかったですね。2週間に1度、練習に来てくれる木更津の楽器店の人なんですけど、いつもズボンのポケットに手ぬぐいをぶらさげる山下清みたいな風貌の、ちょっと変なおじさんでした。白井先生が来たときは練習のあとに遊びの時間があって、けんけん相撲やおせんべい割り(手ぬぐいに巻いたせんべいを額にあて、新聞紙を丸めた棒で叩き割ったら勝ち)、スイカ割りなんかして大盛り上がり。練習には集中するけど、その時間ははっちゃける。毎回楽しみでした。

 

ーー“変なおじさん”ですか。そういうおじさんとは親しくなるべきだと、松岡校長もよくおっしゃいます。ある意味マレビトでもありますね。

 

確かにそうですね。白井先生のことは今でもよく思い出します。すごいなあと思ったのは、一人ひとりの個性を見抜いていたこと。合奏クラブには80人ぐらいいるのに全員にあだ名をつけて、その人にあったアドバイスやフォローをしてくれていました。私はなぜか「豪傑」というあだ名でした(笑)。20年ほど前に亡くなりましたが、恩師です。小学校を卒業したあとも、合奏クラブの卒業生有志で立ち上げた地元の楽団「ウインドミルオーケストラ」に入り、ずっと楽団のチェロ奏者として活動しています。

 

 

ウインドミルオーケストラ(指揮:現田茂夫氏)。松永さんはチェロの前から2列目の白いシャツの女性

 

 

ーーチェロという楽器はオーケストラの中でどんな位置づけですか。

 

フルートやバイオリンは旋律を奏でる場面が多いけれど、チェロはそうではありません。普段は低い音が出せるから縁の下の力持ち的な立ち位置ですが、たまーにおいしいとこ取りで、旋律を一瞬かっさらっていくこともある、表現の幅の広い楽器です。全体を俯瞰しながら、おいしいところは、ふっと取っていく(笑)。それぞれの楽器が自己主張しすぎるとだめです。ステージ上では、楽器それぞれのキャラクターのせめぎ合い。だから、私は本番では常に冷静で、もう一人の自分が自分を見ています。パブロ・カザルスも自分の演奏を全部覚えているといいますが、私も演奏が終わったあとはふりかえりができます。

 

ーー楽器という多彩なキャラクターを編集する現場が演奏会なんですね。もう一つ、別の楽団に入っているそうですが。

 

「アモルファス合奏団」という、千葉大学管弦楽団の卒業生の有志で立ち上げた楽団でも活動しています。アモルファスに入って衝撃を受けたのは、ウインドミルオーケストラとの違いです。変な言い方だけど、「少々ずれがあっても楽しんでいいんだな」と思えたというか(笑)。みんな音楽が好きというのがわかるし、楽しそうなんですよ。それまで一糸乱れぬ演奏でなくちゃ弾いちゃいけない、と思い込んでいたので。演奏が楽しくなったのはアモルファスに入ってからです。活動を続けていく中で洗練されてきましたし、今はプロのオーケストラでも弾いたことのないような、世界初演や日本初演などの埋もれた楽譜を探して演奏する、オタク道まっしぐらの楽団になってきました。この方向性の違う二つの楽団を楽しんでいます。

 

 

アモルファス合奏団は毎年秋に定期演奏会を開催している。どんな曲を聴けるのか楽しみだ

 

 

ーー音楽活動と編集学校はどのようにクロスしていったのですか。

 

大学卒業後、就職して社内結婚。出産後、ある子育てネットワークで知り合ったママ友から、この本が面白いよ、と紹介されたのが、仙台の出版社カタツムリ社発行の『覚醒のネットワーク』(上田紀行著)でした。千夜千冊にも登場する加藤哲夫さんが主宰していた版元です。同社のブックレットに松岡正剛著『編集革命』もあって、そこで始めて松岡校長の存在を知ります。さらに、イシス編集学校を紹介してくれたのは、カタツムリ社が主宰する考現学交換会で知り合った伊東雄三さんでした。「今度、編集学校という面白い学校ができるよ」と。伊東さんは1期生として入門、私は7[守]でようやく入門しました。

 

ーー当時、とくに印象に残っていることは。

 

7[守]は熊本の建築家・入江雅昭師範代の「ガッテン知弁教室」で、師範は田中晶子さん(現:花伝所長)。同じ教室に田中さつきさん(のちに師範代/九天玄氣組)がいました。熊本で汁講を開いたときは、佐々木千佳さん(学林局局長)がお子さん連れで参加、お子さんと編集稽古のようなやりとりをしていたので、すごい人がいるものだと思ったことを覚えています。

 

ーーその後、7[破]、14[破]、3[離]、風韻、物語講座と続きますね。編集稽古を通じて見えてきたことはありましたか。

 

私、クロニクルを作るのが好きなんだなーと(笑)。それから歴史が好きになりましたね。背景がわかると見え方が変わり、根っこや奥が見えてくる。今ここで起きていることは、過去のなにかに関係している。九天玄氣組では宮坂千穂さんが朱舜水を軸に研究する「舜天海」というチームがあって、私は鄭成功を調べていたんですが、そこから台湾と日本の関係に興味を抱くようになりました。

 

ーー初の師範代は20[守]「みさきカザルス教室」ですね。小学校の合奏クラブでは弟子に教えていたわけですが、コーチングという意味で気づきはありましたか。

 

師範代になるまでは、相手に全部伝えないといけないと思っていたけど、相手にそれを受け入れる土壌がなければ、伝わるものも伝わらない。今思えば、小学生のときは、相手にすべてを伝えて自己満足していたんだと思います。タイミングも重要です。いまはキャッチボール的にやりとりをするようになりました。

 

ーー九天玄氣組に入ることになったのは…。

 

3離の万酔院で別番だった中野組長から、声をかけてもらったんですよ。それまで九天玄氣組っていうのがあるよとは聞いていたけれど、「どうして声をかけてくれないのだろう」と思っていたくらいで(笑)。九州にゆかりがあるんだから、入って当然と思っていたというか。

 

ーーお誘いするのが遅くなって失礼しました(汗)。さて、今の活動に編集をどう生かしていますか。 

 

編集の用語をすべて音楽用語や音楽での経験に重ねるくせがあります。例えばここに楽譜があったとして、制約の中でどこかの音を長く弾いたら、次の音は短くすればいいとか。楽器を弾くときに編集は生かせるし、もっといえば編集を理解するとき音楽に置き換えると理解しやすいんです。松岡校長にそうお話したら驚かれていましたけど(笑)

楽譜の通りにやってもつまんないんです。どの音が大事で、どこを伝えたいから、ここから盛り上がるんだと読んでいく。指揮者からも「大事なところを強調するためには、ちょっと早く出したり、大きく出したり、音程を高めにとる」とか教えてくれる。これって編集と同じじゃないですか。音楽と編集は重なります。

 

ーーずばり音楽は編集ですね。最後にこれから取り組みたいことはありますか。

 

九天の関東在住の組員さんを中心に小さな企画をたくさんやりたいよね、という話も出ているので、乗っかりたいですね。そしてもうひとつ、小学生の頃にご指導いただいた白井誠先生の人生をクロニクルで追ってみたい。表に出る人ではなかったから、実現できるかわからないけど、ずいぶん前から考えています。

 

ーーそれはぜひ着手してほしいですね! 演奏会は関東のみでしょうけど、いつか聴きに行きたいなあ。今日はありがとうございました。

 

 

 

★ウインドミルオーケストラ:windmill-orchestra.mystrikingly.com

 

★アモルファス合奏団:www.m-magai.net/amo

 

 


(インタビューを振り返って)

松永さんは、九天では関東エリアと九州をむすぶ要人であると同時に、九天の事務局「舵星連」では会計も担当してくださっています。2年前より呉式太極拳にもハマり、毎週稽古に通っているそうです。「太極拳も極めると楽器を弾くときに生かせる。演奏も力を抜くことが大事なので」ーーつまり編集学校の編集術も太極拳も、すべてチェロの演奏というフィルターを通して体に馴染ませているのだから、徹底しています。九天玄氣組には楽器を嗜む人も増えているので、九天合奏団の結成も夢ではないかもしれません!?  その時は松永さんに厳しくご指導いただきましょう。

 

 

(受講歴など)

【学衆】

7[守]ガッテン知弁教室(入江雅昭 師範代 田中晶子 師範)

7[破]Q段活用教室(立岡 茂 師範代 相京範昭 師範)

14[守]窯変みさき教室(竹島陽子 師範代 稲本健治 師範)

3[離]万酔院(相京範昭 別当師範代 中野由紀昌 別番)

8[花]からたち道場(奥野 博 師範)

2[座]草枕座(小池純代 師範)

2[綴]ヴァリス羅生門文叢(田中俊明 師範 赤羽卓美 師範)

24[破]鎌倉イ短長教室(小池和弘 師範代 森井一徳 師範)

序 マンタ号(空井郁男 序師)

 

【師範代】

20[守]みさきカザルス教室(野崎和彦 師範)

24[守]雨情玄天教室   (岡本 尚 師範)

25[破]雨情玄天教室   (関 富夫 師範)

 

帝京大学共読ナビゲーター 2018年、2019年

 

 


  • 中野由紀昌

    編集的先達:石牟礼道子。侠気と九州愛あふれる九天玄氣組組長。組員の信頼は厚く、イシスで最も活気ある支所をつくった。個人事務所として黒ひょうたんがシンボルの「瓢箪座」を設立し、九州遊学を続ける。

  • セイゴオ大絶賛!九天玄氣マガジン『龍』デジタルブック 公開へ

    「大義名分は年始挨拶だけど、実態は校長松岡正剛への恋文? それとも直訴状!?」とほくそ笑みながら企画から制作まですべての指揮をとるのは、九州支所「九天玄氣組」組長の中野由紀昌である。九天の年賀作品は、発足した2006年 […]

  • 鹿児島とアジアの面影を描く〜小川景一「風景の守破離」展

    鹿児島には一風変わったヤツがいる。    男の名は、小川景一。アートディレクター、デザイナー、絵師、唐通事、庭師(修行中)…幾つもの顔を持つ彼は、イシス編集学校九州支所・九天玄氣組の仲間だが、じつは組員とはち […]

  • 恋心ゆらめく「ホンとの話」を司書に託して【目次読書から共読へ】

       学校図書館の司書は日々、生徒と本との出会いをとりもつ要(かなめ)として、本と向き合っている。本を介して世界を広げ、深く掘り、考えてみないかと、さりげなく背中を押してくれる。そんな司書たちが一堂に会する場で […]

  • 「ヒョウタンから編集工学」九天組長の初語り

    福岡アジア美術館アートカフェ(福岡市)で2月18日に開催される「ひびきの旅」トークイベントに、イシス編集学校九州支所「九天玄氣組」組長の中野由紀昌がゲスト出演する。ホストは作曲家の藤枝守氏、場を仕立てるのはアートカフェ […]

  • 15年ぶりに九天玄氣組Webサイト刷新!

    本卦「沢天夬」 之卦「雷天大壮」    「勢いだけでやる時期は過ぎた。情に流されず野性の次へ行け」。2022年の年初め、この卦をこう読み解いたのは、福岡の組員·新部健太郎(26[守])。年始にはこうして、九天玄 […]