鳥山明は『Dr.スランプ』の連載終了後、ただちに次の連載に取りかかりました。ご存じ『ドラゴンボール』です。
ところがこの作品、当初はさほど人気が出ませんでした。やはりあれほどのイノベーションを起こした作家に、二発目はないよな、という思いを抱かせたものです。背表紙の図柄をつなげるお遊びなどから推察するに、人気の有無にかかわらず、最低7巻分は続けさせてもらえることになっていたのでしょうか。しかし逆に言うと、それ以上は続ける気もなかったとも言えます。
奇跡が起きたのは、おそらく編集部の意向によるテコ入れで、バトル要素を導入してからです。これは当時の鳥山明の作家的資質からして、どう見ても無理のある方針転換でした。
ところがこれが瓢箪から駒で、鳥山明は突如として、もう一つの隠れた才能を開花させてしまいます。天才的な画力とギャグセンスに瞠目されながら、圧倒的ストーリーテラーとしての才能が彼の中に眠っているとは誰も気がついていませんでした。おそらく本人でさえも。
さて、編集学校には「たくさんのわたし」というお題がありますね。これは、自分の中に眠る意味のネットワークを取り出していこうというお題なのですが、「わたし」は誰なのかと、あらためて考えてみると、とてもぼんやりと曖昧であることに気がつくと思います。「わたし」の属性というものが、どこかのイデア空間に、ひと揃い浮かんでいるわけではなく、「○○なわたし」と規定した瞬間に、それが生み出されるのですね。
しかも、それは自分一人だけの力で引き出せるものではありません。環境や状況、やむにやまれぬ外部要因を繰り込みながら、それは展開されていくものなのです。
鳥山明先生も、誰からも何も言われなければ、そのままアメコミ風のハイブロウなマンガを描き続けていたでしょう。それを、Dr.マシリトこと鳥嶋記者からの忠告のもと作風を改造していった結果、おとぼけ博士のドタバタギャグマンガが誕生し(だから『Dr.スランプ』なのです)さらに主人公を博士ではなく、こっちの女の子の方にしなさい、などと言われながら、ブラッシュアップを重ねていったわけです。
そして『ドラゴンボール』も、今イチ人気が伸びないのでバトル入れなさいとか言われ「いやだなあ」と(たぶん)思いながら、ちょろっと「天下一武道会」なんてものを始めたら、たちまちアンケートでトップを取ってしまい「これ、これ、こっちでいきましょう」などと言われているうちに、あれよあれよという間に、あのようなモンスターコンテンツが誕生してしまったのでした。
『ドラゴンボール』のバトルマンガとしての新しさは主人公のキャラですね。それ以前の戦うヒーローたちは、もう少し泥臭く歯を食いしばって頑張ってるイメージでした。
悟空は闘いが始まると「オラ、わくわくするぞ」と言っていた。これは当時ちょっと新鮮でした。今となっては「わくわくする」キャラは完全にクリシェと化しましたが、それを作ったのが『ドラゴンボール』だったのではないか。
これは、オリンピック選手が、日本のために、というよりも「楽しみたい」とか「気持ちい~」とか言うようになった流れと同時並行的です。
とにかく徹底的に天衣無縫でイノセントな童子が大暴れする、というパターンはここから始まり、その後、多くのバトルマンガがこの路線を踏襲して行くようになりました。
現在、鳥山明は実作からは遠ざかりましたが、相変わらずの世界的人気に答える形で、新作アニメやスピオフ作品などにアイディア提供の形で協力し続けているようです。
アイキャッチ画像:鳥山明『ドラゴンボール』27巻・集英社
マンガのスコア LEGEND03鳥山明①画力スカウター無限大の破壊者
マンガのスコア LEGEND03鳥山明②たくさんの「わたし」
堀江純一
編集的先達:永井均。十離で典離を受賞。近大DONDENでは、徹底した網羅力を活かし、Legendトピアを担当した。かつてマンガ家を目指していたこともある経歴の持主。画力を活かした輪読座の図象では周囲を瞠目させている。
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