マンガのスコア LEGEND10吉田秋生 『BANANA FISH』から『海街diary』まで

08/03(月)10:59
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■『蝉時雨のやむ頃』の衝撃

 

「海街diary」を読むまで、私は長らく吉田秋生のことを、勝手に「終わったマンガ家」認定してました。スミマセン。終っているどころか、コンスタントに作品を発表し続け、ヒットを連発していたにもかかわらず、絵柄や作風が昔と変わってしまったことを勝手に寂しがり「最近の吉田秋生は、もう吉田秋生じゃないな」なんてことを言ってました。

 

 それにしても2007年『蝉時雨のやむ頃』(小学館)が出たときの異様な盛り上がりは忘れられません。“あの”吉田秋生が帰ってきた、という思いを抱く人が、いかに多かったかを物語っています。

 この「蝉時雨のやむ頃」にはじまる連作短編は、「海街diary」というシリーズタイトルのもと、その後も描き継がれ、足かけ13年に渡る大河ストーリーに成長していきました。2015年には是枝裕和監督によって映画化もされています。

「海街diary」は一巻目のファーストインパクトがものすごく大きかったわけですが、その後もずっと高水準を維持しつづけ、あらためて吉田秋生の底力を思い知らされました。とにかく日常のディティールの掬い取り方が抜群に上手いですよね。吉田秋生ってこんなに上手かったっけ?いやいや、昔からずっと上手かったですよね。ちょっとナメてました。

 

 というわけで今回は、そんな「海街diary」の中から第一話の「蝉時雨のやむ頃」を模写してみようと思います。

 

吉田秋生「蝉時雨のやむ頃」模写

(出典:吉田秋生『蝉時雨のやむ頃』小学館)

 

 クライマックスに入る直前のページを描いてみました。このあとページをめくると、あの名シーンに突入します。そこへつなげるこのへんの【カット割り】は、なんてことないように見えて、もの凄く上手いですね。ゆったりしたテンポから徐々にコマを刻んでいき、急激に情感が盛り上がるように導いていっているのがわかると思います。こういうカッティングを映画でそのままやると、ちょっとあざとい感じがしてしまいますが、マンガだとすごくしっくりしますね。【マンガの文法】をよく使いこなしている人の描き方です。

【ロングとアップ】のバランスもよく、巧みに使い分けている印象です。このページの前はロングショットが続いていて、ここからバストショット→アップへと変化していきます。

 ところで2コマ目の顔が分かり易いと思いますが、ちょっと【左右の黒目の光の位置】がズレてますね。どういう意図があってそうしているのかわかりませんが、不思議な雰囲気を醸し出しています。

 しかし、それを除けば、クセのない滑らかなタッチだと思います。昔の吉田秋生は、もう少し均一な硬い線で、それがいかにも吉田秋生風という雰囲気を出していましたが、硬さが取れた分、クセも薄まったような気がします。

 

■タッチの変遷

 

『カリフォルニア物語』(小学館)から『夢みる頃をすぎても』(小学館)の諸作あたりまでの吉田秋生は、わりと普通の少女マンガの絵でした<1>。その後、タッチが変質し、ある時期から、大友克洋や江口寿史の影響がわりと分かりやすい形で現れ始めます<2>。『吉祥天女』(小学館)なんかは山岸凉子もちょっと入ってる気がしますね<3>。当時勃興していた最新のタッチを貪欲に吸収しようとしていたことがわかります。それでいて、単なる模倣という感じはせず、他の人とは間違えようのない吉田秋生タッチとでもいえるものを早くから持っていました。

 80年代半ばには、片岡義男「ボビーに首ったけ」のキャラデザインなどもしていますが、この頃の吉田秋生には、カラートーンの似合うオシャレでポップなイメージもありましたね。

 そしてもう一つ特徴的なのは、独特のイケメン顔。オオトモ的な東洋人顔と、バタ臭い欧米人顔が、絶妙にブレンドされた切れ長の眼のイケメンたちは、吉田秋生印を強く刻印するものでした。

 

■いくつもの顔

 

吉田秋生には『河よりも長くゆるやかに』(小学館)や『櫻の園』(白泉社)のような作品の他に『BANANA FISH』(小学館)に始まる、もう一つの大きな柱があって、要するに切れ長眼のイケメン達が活躍するノワールな世界です。ある時期から、そちらの方向に舵を切ってしまった印象があって、それと同時にペンタッチもずいぶん滑らかになって、「なんだかフツーのマンガ家になっちゃったなあ」という印象を持っていました。

「蝉時雨のやむ頃」の頃って、まだちょっと、それまでやってた路線の名残と言うか、ツヤツヤしたタッチが残ってるんですね。ところが連載が進むにつれ、入り抜きがどんどん取れていって、昔のような、すっきりした線に戻っていったのが面白いと思います。一番わかりやすいのが佳乃姉の髪の毛のタッチですが、それが彼女の恋人の変化とパラレルなんですね。末妹すずが最初に好きだった男の子がイケメンくんだったのが、そうでない子の方に変わったり、長女しゃち姉の最初の恋人が不倫のドロドロドラマだったのが、途中からホームドラマ風好青年に変わっていったのも、作品全体のトーンを象徴していたと思います。

 

「海街diary」は不定期連載、単行本も一年半に一冊ぐらいという比較的ゆったりとしたペースで進んでいき、最後は、とても見事な形で幕を閉じました。これは吉田秋生の作品歴の中でも傑出したものになったと思います。長いキャリアの中で多くの傑作を物してきた大ベテランが、ここにきて、またしても、凄いものを出してきたなと思いました。

 

 これから先の吉田秋生かどうなっていくのか、とても楽しみですね。

…なんて気楽に言うところが、また読者のわがままで貪欲なところでもありますが。

 

◆◇吉田秋生のhoriスコア◆◇◆

 

【カット割り】68 hori

いしかわじゅん氏は『櫻の園』あたりまでの吉田秋生はカット割りが下手だったと言っていますが(『マンガ夜話VOL.4』キネマ旬報社)、私の目にはデビューした時からずっと上手かったように見えます。

 

【マンガの文法】72 hori

この一連のシーンは、映画版には出てきません。これをそのまま映画にしても成立しないと考えた是枝監督の判断力は鋭いと思います。そのかわり、映画の方では、終盤に少しアレンジを変えた形で、ちょっといいシーンが用意されています。

 

【ロングとアップ】64 hori

えてして手癖により、どちらかに偏りがちです。

 

【左右の黒目の光の位置】80 hori

「海街diary」は全編にわたって、人物の瞳の光がズレています。なぜなのかはわかりません。誰か教えてください。

 

 

◎●ホリエの蛇足●◎●

 

 <1>少女マンガの絵

1980年の『戦後少女マンガ史』(ちくま文庫)の中で、米澤嘉博は「萩尾望都と倉田江美と樹村みのりをまぜてちょこっと劇画っぽくしたような」と評していますが、そのへんは私には判断できません。

 

<2>大友からの影響

『吉祥天女』や『河よりも長くゆるやかに』を描いていた83~84年頃が、オオトモ度数マックスの頃でしょうか。個人的には、この頃の絵は、わりと好きです。

 

<3>『吉祥天女』

大友顔のヒーローと、山岸顔のヒロインが、バトルを繰り広げるサイコサスペンス。めちゃめちゃ面白いです。

(『吉祥天女②』(小学館)より模写)

 

アイキャッチ画像:吉田秋生『海街diary』①~⑥小学館


  • 堀江純一

    編集的先達:永井均。十離で典離を受賞。近大DONDENでは、徹底した網羅力を活かし、Legendトピアを担当した。かつてマンガ家を目指していたこともある経歴の持主。画力を活かした輪読座の図象では周囲を瞠目させている。