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―――[守]の稽古はいかがでしたか。
「略図的原型」のお題がありましたよね。プロトタイプ、ステレオタイプ、アーキタイプ。稽古の中で非常に面白かったのがこのお題でした。
―――「編集稽古019番:社長のプロトタイプ」ですね。
このお題では「社長」とか「エステ」とか「SNS」とか、そういう事例が出てきて、それぞれの言葉の中にプロトタイプとステレオタイプとアーキタイプがあると捉える。編集、すなわち意味を関係づけるというと、まず定義というのがあって、その定義を別の言葉の定義とつなげていくというふうに思っていたんですが、そうではないんだなと。
たしかに考えてみれば、頭の中で考えている時にそれをやっているなと思いました。でも、それはたまたまそうやっているだけで、「社長」や「SNS」を含めて、あらゆる言葉に略図的原型というものがあるとは思っていませんでした。そういうふうに、一つの言葉にある重層性というものについて、無意識に使っていることが非常に意識化されていったことが面白かったです。
[守]の場合、まさに型を守る、型通りにしなければならない時は、戸惑ったり、あんまり面白くないなと思うときもあるんだけれど(笑)。取りかかった時の印象と、それから実際にやってみた時の印象が変わっていくんですね。
―――「印象が変わっていく」という感覚は別のお題でもありましたか。
これがそうだなと思ったのは、「コンパイルとエディット」というお題です。これはコンパイル的な定義とエディティング的定義というのを組み合わせていくわけですが、その時にエディティング的定義が自分の中ですごく沢山でてきたんです。
コンパイルというのは、言い換えると、一人ひとりの人間が社会と共有している定義ですね。エディットは、自分がそこに付け加えられる定義。これを知っていると、言葉の使い方って恐くないんですね。それは自分なりの言葉の使い方ができるからですよね。
もちろん、他の人に対してそのことは説明しなければならないですけど、自分の使い方を広げていくことができることに気づくと、様々なことがもっと可能になるのではないかなと思いました。「やればできる」ということに気がつくことって、意外と大事なことです。
―――「やればできる」ですか。
[守]の稽古でも、「対にする」とか「3つにする」というお題がありましたね。それは普段からやっていることなんだけれど、非常に困難な場合もある。つまり、そこから対を見つけ出すのが困難だったり、どう考えてもそれを3つに分けるなんて、そんなことできるわけないでしょみたいなことがあるわけです。できそうなことと、できそうもないことがある。
でも、[守]ではけっこうそれをやらされる(笑)。そうすると、必要に迫られれば何でもできるということが実感として湧いてくる。絶対できないと思っているのに、やればできちゃうということがありうるんですね。[守]の段階からすでにそういうことを感じていました。
―――無意識でやっていたことも方法と型が意識できるようになると自信がつきますよね。優子先生は『インタースコア 共読する方法の学校』(春秋社)のご寄稿では「編集とは一言でいうと、自由を獲得するための方法」と書いていましたね。編集学校の教育メソッドを大学に持ち込むことはできると思いますか。
文章の指導に持ち込むことは可能だと思います。それからもう一つは、大量の本を読むとき。今、大学でやっている一般的な方法というのは、とにかく読んできなさい、発表しなさいというもの。こういう手順で読みなさいとか、方法を伝えないわけですね。それはまずい。イシスのように、手順を示す。そして、その手順で読んでみたらどうだったかを聞く。さらに、じゃあ別の手順で読んでみようかと次のステップを差し出す。
左『遊』創刊号
右上『遊』1002号(第2期) 右下『遊』1025(第3期)
―――優子先生は松岡校長と数十年の親交があるわけですが、編集学校に”松岡正剛らしさ”や”松岡メソッド”を最も感じたところはどこですか。
やっぱり、「交差する」ということかな。つまり、すべてがインタラクティブになっている。私は雑誌『遊』の時代から松岡正剛という人とその方法に興味を持ち続けてきました。当時はまだ大学生でしたが、その頃に感じていたことと今感じていることは基本的に同じです。それは何かというと、ジャンルを自分で決めなくてもいいということ。つまり、私はここにいるっていうことを決めなくていいという感覚ですよね。
これは特に研究を進めていきたいとか、勉強したいと思っているとやっちゃうことなんですね。先ほどもお話したことですが、研究者がやりがちな「狭く深く」です。この分野をやろうと。私の場合は、江戸文化に溺れていきました。専門分野を決めることはいいんだけれども、江戸文学とか、文学というジャンルを研究しなければならないと、そういうふうに思ったら最後です。
―――つねづね、松岡校長も「自分の専門は好奇心だ」と言っています。千夜千冊0886夜『エセー』(ミシェル・ド・モンテーニュ)では「自分を質に入れない」と。
ただし、研究者になる以上、最初はテーマを決めて大学院に入る。専任の先生について、論文を出すという手順を踏まなければ、学位はもらえませんよね。だから、学位という点では、こういうものだと割り切って論文らしいものを書けばいい。論文というのは手続きに過ぎないわけです。
私がこんなふうに考えるようになったのは松岡さんの世界に触れたことが大きかった。さまざまな分野は実は繋がっているんだ、自分をどこかに限定しなくていいんだ、と。
論文のようなお約束事は社会にいろいろありますが、私の頭の中がそうなっているかといえばそうではない。さっき言ったように、頭の中では一つのことをやると、どんどん別のことに触手が伸びていく。そうなってしまう構造がある。それを抑圧せずに表現する方法があることを教えてくれたのが『遊』の世界です。抑えなくていいんだよと松岡さんが示してくれた。
大学院を卒業して、28歳のときに専任講師になりました。ちょうど授業を受け持つようになったときに出会ったのが『アートジャパネスク』(講談社)です。それまでずっと研究し、見続けてきた江戸文化の図版が『アートジャパネスク』では全く違うものになっていた。一つはクローズアップ、それからもう一つは思いきって引くという手法です。こんな風に見ていいのかと驚きました。
ジャンルを超え、視野の拡大と縮小によって、さまざまな物事を縦横につなげていく。あるいは、自分の眼差しや頭脳を極小にしたり、極大にしたり、何をやってもいいんだという自由を与えてくれました。最初に受けたその感触は今でも変わらないです。
アート・ジャパネスク(全18巻/講談社)
つづく
金 宗 代 QUIM JONG DAE
編集的先達:モーリス・メーテルリンク
セイゴオ師匠の編集芸に憧れて、イシス編集学校、編集工学研究所の様々なメディエーション・プロジェクトに参画。ポップでパンクな「サブカルズ」の動向に目を光らせる。
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