聖なる顕現は必ず「しるし」をもっていた AIDA Season3 第3講後半

2022/12/12(月)00:17
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 大阪の空は快晴。「日本語としるしのAIDA」第3講・特別合宿の「嵐」は、一夜明けてますます勢力を強めた。

 

 安藤礼二氏の案内つきという、たいそう贅沢な四天王寺見学を堪能したのち、一行は近畿大学・アカデミックシアター内の「THE GARAGE」に集い、ひろびろとした空間を珍しげに眺めわたした。THE GARAGEは、モノづくりの街・東大阪を背負うがごとく “新たな価値創造に挑戦するモノづくりスペース” として立ち上げられた。業界を超えた共創の場「AIDA」の、合宿2日目の号令の場として、いかにもふさわしい。

 

 2日目の主役は、アニメーター20年・漫画家30年の経歴を持つ安彦良和氏。「ガンダム世代ド真ん中」が多数を占める座衆たちは、機動戦士ガンダムのアニメと、安彦氏の漫画制作風景を組み合わせたオープニング映像に身を乗り出した。

 

 映像に続き、松岡座長は「日本は、さまざまな “しるし” を世界からリデザインしている」と語った。日本のコミュニケーションの、根本の謎を解くための鍵や鍵穴としての “しるし”。輸入したコードをモードチェンジしていく過程で、日本化され再編集されてきた “しるし”。それは、ぱっと全貌を見通せる状態においてではなく、回遊式庭園の桂離宮に代表されるように、行為者が対象との関わりの中で出会う「顕れ」において、特に見出される。日本のマンガにあって、アメコミにないものは何か。そんな謎を抱えながら、座衆はTHE GARAGEを出て、まさに回遊式庭園を思わせる「DONDEN」へと向かった。


 昨日紹介したとおり、ビブリオシアターの2階に広がる「DONDEN」は、マンガを中核にして、関連するテーマの新書と文庫とを配置した作りになっている。点在する特注本棚はどこか曼陀羅にも似た見た目で、中央の大きな空間には「コアコミック」、ぐるりを囲む見出しごとに「キーコミック」、そして “しるし” としての「コマ」がある。

 

 座衆は、編集工学研究所スタッフのナビゲーションですべての棚を巡った。順路の途中では、特別棚担当の近大生(伊串さん・水上さん)が堂に入ったプレゼンテーションを披露し、自然な拍手が場を満たした。

 

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 2日目のメインイベントのひとつは、主役・安彦氏による[漫画で見る記号と古代史]の講義である。「菊と刀の大日本」の棚を背景に、この日のためのスライドとホワイトボードが用意され、ファン卒倒必至のライブペインティングも披露された。

 

「僕は、漫画は目から、正確には眉から描きはじめるんです。眉っていうのは、感情が非常に出るものですから。輪郭からは描きはじめない」。ホワイトボードにすいすいと対の眉、くりっとした瞳、鼻…。そこにはたちまちアムロがあらわれ、DONDENの「H-Topia」に、どっと歓声が巻き起こる。

 

「でもひとりだけ、目から描かないキャラがいるんです。シャアというんですけど。目が隠れているから、こいつだけは(ヘルメットの)角から描く。能面を被った役者みたいなもんで、こいつは表情を読まれまいとしているから、厄介なんです」。言い終わるか終わらないかのうちに、ホワイトボードにはシャアが意味ありげな笑みを浮かべて登場した。

 

 安彦氏は、シャアを題材として、マンガの記号的表現について語った。「こんなふうに口元が笑っているから余裕なのかなと見えますが、ここに汗をひとつ描くと」、ホワイトボードに雫型がひとつ足され、おおっ、とどよめきが広がる。「…内心動揺している。ふたつ描くと…もうピンチ。三つ四つ描くと、絶体絶命」。クスクスというさざめきが会場のそこかしこに上がる。「…もっといくと、ヘルメットに毛が生える。内心とっちらかっている」。シャアの情けない姿に、座衆はこらえきれず、満座の笑いが起こった。

 

 このようなマンガ的記号は、便利なだけではなく、日本特有の感情表現にも合っているのではないか、と安彦氏は仮説を打ち出した。日本人は、感情をあからさまに表情に出すことを、欧米ほどにはよしとしない。しかし、内心はけっこう動揺しているんだということを、マンガの汗のひとたらしが表現してくれる。これが非常に日本的なのではないか、と。記号的な日本のマンガのルーツとして「北斎漫画」が紹介されるに至り、安彦氏の仮説は非常に説得力をもって迫ってきた。

 

 テーマの後半「古代史」では、古事記や日本書紀の編集のおおらかさを指摘し「良い意味でのルーズさ、そこにつけいって、それらの記述に対する明らかな反証が出るまでは、丸ごと信じて借りてくる」という大胆な哲学が述べられた。昨日の安藤氏の折口論に負けず劣らず盛り上がり、そしてどこかでテーマが通底するようにも感じさせる、2日目のゲストセッションとなった。

 

 2日目のもうひとつのメインイベントとして、AIDA座衆と近大生による「DONDEN読みバトル」があった。エリートビジネスマン VS 近畿大学ヤングマシンガンズ、という壮大な煽りの入ったこのバトルについては、ぜひ別記事でご紹介したい。

 

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 合宿のラストを飾るのはもちろん、安藤氏・安彦氏・松岡座長の鼎談セッションである。話はまず、近大ビブリオシアターの結構に向かった。すべてをつまびらかに、白日の下に、フラットに明かそうとする世界の中で、このように戸惑いと発見に満ちた「迷う図書館」があることの面白さ、貴重さを、ゲストの二人がしみじみと讃えた。

 

 それは、冒頭の「顕れ」ともつながる。全貌の見えない迷路も、ある曲がり角まで進むと、少し先の景色が見えてくるものである。松岡座長は、その「出現」、あるいは「顕現(エピファニー)」を、我々はもっともっと味わうべきだと語り、最後の問いとして「顕れていくもの」に対する安藤氏・安彦氏の関心を尋ねた。

 

 大学で考古学を専攻していたという安藤氏は、縄文土器を例にして「自分自身の身近な問題を掘り下げていくことで、未知のものに出会う」ということの大切さを語った。土という極めて身近でありふれたものが、これもまた身近な火と出会うことで永遠に近い土器ができることの不思議、そうした顕れに、私たちは感受性高くありたいものである。安彦氏は、その「近さ」感覚について「山並みという共有財産」を取りあげた。安彦氏にとっての東京の不満は、山が見えないことであるという。山並みが見える場所に立ち、この稜線を昔から人が見ていたのだと実感すること、そうしたトポスが顕れを呼ぶのだと。


「日本語としるしのAIDA」第3講の合宿は、「顕れ」というキーワードを得て、大盛況のうちに幕を下ろした。次回、第4講は年明けの1月に「デザイン」をテーマとして開催される予定である。

 

 


  • 加藤めぐみ

    編集的先達:山本貴光。品詞を擬人化した物語でAT大賞、予想通りにぶっちぎり典離。編纂と編集、データとカプタ、ロジカルとアナロジーを自在に綾なすリテラル・アーチスト。イシスが次の世に贈る「21世紀の女」、それがカトメグだ。

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