宮谷一彦といえば、超絶技巧の旗手として名を馳せた人だが、物語作家としては今ひとつ見くびられていたのではないか。
『とうきょう屠民エレジー』は、都会の片隅でひっそり生きている中年の悲哀を描き切り、とにかくシブイ。劇画の一つの到達点と言えるだろう。一読をおススメしたい(…ところだが、入手困難なのがちょっと残念)。

交通事故で頭に金属を埋め込まれた少女が、自動車に対して異常な性愛を感じるようになる。カンヌでパルムドールを受賞した映画『TITANE チタン』の主人公は、社会倫理が徹底的に欠如した存在として描かれた。J・G・バラード原作でデビッド・クローネンバーグが映画化した『クラッシュ』に影響を受けた作品だ。テーマはハイパージェンダーの文脈で語られることが多いようだが、彼女のセクシャリティやモラリティはマン・マシーン化が加速した私たちの未来像を見せられているようでもある。
IoTが社会インフラ化し、身体が常時接続されるIoC(Internet of Cells)が絵空事ではない近未来。デジタル・マン・マシーンたちの社会はどこへ向かうのか。
ビッグテックによる監視資本主義への警鐘が鳴らされる一方で、メタヴァースやデジタル・エグジットといった動きに現代の中世化が見えると指摘するのは、メディア美学者の武邑光裕さんである。武邑さんによるISIS FESTA「情報の歴史21を読む」は5/18(水)19:30開催。エディションと合わせると、NEXTデジタルワールドが見えるはずだ。
エディションの帯には、「知がデジタル化し、私はサイボーグ化する。ほんとに?」とある。この惹句を受けるように、エディション内の千夜のリードにも疑問形が並ぶ。「電子端末がだんだん自立していった。ほんとに?」「プレゼンスの本質と輪郭は、ナマの心身と計算機械との融合からしか見えてこない。ほんとに?」「SNSと企業と客とコミュニティ。この四つが重なる決定的な際があるはずだ。ほんとに?」。
デジタル社会の未来像、リアル=ヴァーチャルな編集的世界像が思想哲学されないままに、私たちは「電子の社会」を生きようとしている。このエディションで問われる「?」にあなたであればどう答えるだろうか。まずは目次を紹介しよう。
前口上
第一章 デジタルただいま準備中
新戸雅章『バベッジのコンピュータ』8夜
フリードリヒ・キットラー『グラモフォン・フィルム・タイプライター』529夜
ポール・レヴィンソン「デジタル・マクルーハン』459夜
ハーバート・サイモン『システムの科学』854夜
ジェーム・E・カッツ&マーク・オークス編『絶え間なき交信の時代』948夜
ドン・タプスコット『デジタルチルドレン』92夜
土屋大洋『ネット・ポリティックス』1118夜
小川晃通『アカマイ』1582夜
坂内正夫監修『ビッグデータを開拓せよ』1601夜
第二章 サイボーグ化する
ノーバート・ウィーナー『サイバネティックス』
トマス・リッド『サイバネティクス全史』867夜
ジェームズ・サクラ・アルバス『ロボティクス』1662夜
ロドニー・ブルックス『ブルックスの知能ロボット論』1665夜
ダナ・ハラウェイ『猿と女とサイボーグ』1140夜
アンディ・クラーク『生まれながらのサイボーグ』1790夜
石黒浩『アンドロイドサイエンス』1688夜
第三章 インターネット全盛
アレクサンダー・R・ギャロウェイ『プロトコル』1756夜
ドミニク・チェン『インターネットを生命化するプロクロニズムの思想と実践』1577夜
ローレンス・レッシグ『コモンズ』719夜
ヤコブ・ニールセン『ウェブ・ユーザビリティ』
森健『グーグル・アマゾン化する社会』1162夜
マイケル・ファーティック&デビッド・トンプソン『勝手に選別される世界』1604夜
エリック・スティーブン・レイモンド『伽藍とバザール』677夜
武田隆『ソーシャルメディア進化論』1496夜
第四章 文明/電子機関/人工知能
池田純一『ウェブ文明論』1513夜
ジャロン・ラニアー『人間はガジェットではない』1513夜
松尾豊『人工知能は人間を超えるか』1603夜
ジェイムズ・バラッド『人工知能』1602夜
ダニエル・コーエン『ホモ・デジタリスの時代』1764夜
追伸 デジタル世界観は、まだ提案されていない
千夜千冊エディション『電子の社会』角川ソフィア文庫
2022年4月25日発売 1540円(税別)
チャールズ・バベッジの階差機関に始まるデジタル化の歴史を通観するのが第一章である。この進化と進渉の中途で、デジタルデバイスやシステムが私たちにもたらすものに疑問符を挟む必要性を示唆している。
第二章は、フィードバックを加えてシステムを作動させる「サイバネティクス」がキーワードだ。ロボット、サイボーグ、アンドロイドから人間を思考する。なかでもダナ・ハラウェイの「サイボーグ宣言」が新たなパースペクティブを提示した。
もはや全盛を超えて我々の日常であるインターネット。コモンズ、ユーザビリティ、ソーシャルメディア。その基盤、思想から注文、試行までが第三章になる。なかでもその世界定めに近い、ギャロウェイの『プロトコル』は、デジタル時代のワールドモデルを考える上でも欠かせない見方になっている。
ラスト第四章では、AIDAシーズン2のゲスト講師でもあった池田純一さんの『ウェブ文明論』から、VRの祖ラニアー、AI、そしてiGEN世代と、これからのデジタルワールドが展望される。ジャロン・ラニアーには『万物創生をはじめよう』という近著があるが、果たして我々はメタヴァースに新たな創世記を刻めるのか。ほんとに?
次代のデジタル世界観は、まだ提案されていない。それはリアル=ヴァーチャルな別様の世界観とともに提示されるべきものだろう。編集倫理とともにある編集的世界像をどう描くのか。知的日常を形づくるための内の編集工学エンジンと外の編集工学インターフェイスはどう設計されるべきか。
まずは『電子の社会』をマストアイテムに、『文明の奥と底』『デザイン知』『少年の憂鬱』『編集力』を合わせ読むことからどうぞ。
吉村堅樹
僧侶で神父。塾講師でスナックホスト。ガードマンで映画助監督。介護ヘルパーでゲームデバッガー。節操ない転職の果て辿り着いた編集学校。揺らぐことないイシス愛が買われて、2012年から林頭に。
【オツ千ライブ!】9/9 20時より 1854夜 佐藤優『国家論』配信
千夜千冊絶筆篇 1854夜 佐藤優『国家論』をオツ千ライブでおっかけ! 千夜坊主の吉村堅樹と千冊小僧の穂積晴明による「おっかけ千夜千冊ファンクラブ」こと、オツ千!。1854夜 佐藤優『国家論』、オツ千LIVEを9/9 […]
【知の編集工学義疏】第3章 <情報社会と編集技術>のキーワード
今こそ、松岡正剛を反復し、再生する。 それは松岡正剛を再編集することにほかならない。これまでの著作に、新たな補助線を引き、独自の仮説を立てる。 名づけて『知の編集工学義疏』。義とは意見を述べること、疏とは注釈をつけ […]
【知の編集工学義疏】第2章 <脳という編集装置>を加速させる
松岡正剛が旅立って一年。 今こそ、松岡正剛を反復し、再生する。 それは松岡正剛を再編集することにほかならない。これまでの著作に、新たな補助線を引き、独自の仮説を立てる。 名づけて『知の編集工学義疏』。義とは意見を […]
千夜千冊エディション『少年の憂鬱』に松岡正剛の編集の本来を読み解くべし。花伝所の放伝生が取り組んだ図解を使って、20分の予定時間を大幅にオーバーして、永遠の少年二人がインタラクティブに、そして「生」でオツ千します。 発熱をおしてやってきた小僧・穂積は大丈夫か? 坊主・吉村の脱線少年エピソードは放送可能か? エディション『少年の憂鬱』をお手元に置いてご鑑賞ください。
【知の編集工学義疏】第1章 <編集の入口>をダイジェストする
松岡正剛を反復し、再生する。聖徳太子の「三経義疏」に肖り、第一弾は編集工学のベーステキストでもある『知の編集工学』を義疏する。連載の一回目は、第一部である「編集の入口」をテーマに「第一章 ゲームの愉しみ」を読み解き、「編集」のいろはを伝える。2022年講義のダイジェスト映像とともにご覧ください。
コメント
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2025-09-18
宮谷一彦といえば、超絶技巧の旗手として名を馳せた人だが、物語作家としては今ひとつ見くびられていたのではないか。
『とうきょう屠民エレジー』は、都会の片隅でひっそり生きている中年の悲哀を描き切り、とにかくシブイ。劇画の一つの到達点と言えるだろう。一読をおススメしたい(…ところだが、入手困難なのがちょっと残念)。
2025-09-16
「忌まわしさ」という文化的なベールの向こう側では、アーティスト顔負けの職人技をふるう蟲たちが、無垢なカーソルの訪れを待っていてくれる。
このゲホウグモには、別口の超能力もあるけれど、それはまたの機会に。
2025-09-09
空中戦で捉えた獲物(下)をメス(中)にプレゼントし、前脚二本だけで三匹分の重量を支えながら契りを交わすオドリバエのオス(上)。
豊かさをもたらす贈りものの母型は、私欲を満たすための釣り餌に少し似ている。