宮谷一彦といえば、超絶技巧の旗手として名を馳せた人だが、物語作家としては今ひとつ見くびられていたのではないか。
『とうきょう屠民エレジー』は、都会の片隅でひっそり生きている中年の悲哀を描き切り、とにかくシブイ。劇画の一つの到達点と言えるだろう。一読をおススメしたい(…ところだが、入手困難なのがちょっと残念)。

Honesty is such a lonely word.
Everyone is so untrue.
オネスティ上杉のクリスマスエディットツアーがスケールアップして帰ってきた。過去2回クリスマス時期にエディットツアーを開催してきたクラシック作曲家で師範代の上杉公志。クリスマスシーズンは僕の出番と意気込んでいた上杉のツアーがコロナ禍で、実施見送りになってきた。今回、2019年以来3年ぶりのツアーになる。しかも、今回のオネスティー上杉はsuch a lonely manではない。心強い相棒であり、フードコーディネーターの番匠・若林牧子が自作のディナーを持ち込んで援軍として参加。初のクリスマスエディットツアー&ディナーショーになる。
照明が落とされた本楼に参加者がつどい、「アヴェ・マリア」の演奏によりツアーはスタート。参加者をうっとりとさせたところで、音楽と編集を重ねるワークショップが始まった。重ねると言ったが、音楽も「編集」なのだというのが上杉が伝えたいことだ。
最初のワークは自己紹介だが、スペシャルツアーでは、自己紹介もスペシャルになる。クリスマスで思い出される一曲を添えてくださいというお題が出された。それぞれが選んだ曲は、ハレルヤ、ユーミン、マライヤ・キャリー、ワム、あわてんぼうのサンタクロース、We wish your Merry X’mas、ケンタッキーのCMソングなど。上杉は即興で次々に紹介される曲を演奏する。この自己紹介、寄物陳思ならぬ寄曲陳思である。歌に乗せて語ることで、それぞれの時代や思い出が引き出された。
編集のプロセス解説では、冒頭の「アヴェ・マリア」を一音という情報から組み合わせ、構造化、作曲という段階に分節化する。音をつなげながら仕上がるまでを表現することで、「編集」解説も違った顔を見せる。情報の「地」と「図」の説明も、音楽のバリエーション、変奏曲になる。モーツァルトの「きらきら星変奏曲」が、一つのモチーフをどのように「地」を動かしているのかを、上杉は熟練した手品師のような手つきで示して見せた。
休憩時間はお待ちかね。若林による編集ディナーでのもてなしになる。こちらも編集思考素で意外な組み合わせが意識されている。あんぽ柿にクリームチーズとブラックペッパー、プルーンにベーコンと春巻きの皮包み、りんごとブルーチーズ、鴨とオレンジのバルサミコ仕立て、ドイツパンにキングサーモン、蓮根フライに明太子ポテトサラダ、砂肝コンフィにロマネスコの一種合成のオンパレードに、モッツァレラ・バジル・トマトの三位一体。盛りすぎる編集接待が若林の真骨頂である。
ラストワークは、本楼ならではのブックワークプレゼント。それぞれが選んだ一冊をペアで持ち寄り、そこにオブジェがプラスワンされて、クリスマスプレゼントに仕立てる。鈴木大拙を5年後の私たちにという夫婦もいれば、焼物の写真集を日本を学びたい西洋人に、かわいい江戸絵画は歴史好きな高校生に贈られた。情報はいかようにもつなげることができるのが編集の妙味である。短時間のワークでも編集思考素を使えば、不思議な贈り物に変わる。
オネスティ上杉のX’masエディットディナーショー、華麗に過剰に夢心地に大団円。次回の開催は来年のお楽しみである。
吉村堅樹
僧侶で神父。塾講師でスナックホスト。ガードマンで映画助監督。介護ヘルパーでゲームデバッガー。節操ない転職の果て辿り着いた編集学校。揺らぐことないイシス愛が買われて、2012年から林頭に。
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コメント
1~3件/3件
2025-09-18
宮谷一彦といえば、超絶技巧の旗手として名を馳せた人だが、物語作家としては今ひとつ見くびられていたのではないか。
『とうきょう屠民エレジー』は、都会の片隅でひっそり生きている中年の悲哀を描き切り、とにかくシブイ。劇画の一つの到達点と言えるだろう。一読をおススメしたい(…ところだが、入手困難なのがちょっと残念)。
2025-09-16
「忌まわしさ」という文化的なベールの向こう側では、アーティスト顔負けの職人技をふるう蟲たちが、無垢なカーソルの訪れを待っていてくれる。
このゲホウグモには、別口の超能力もあるけれど、それはまたの機会に。
2025-09-09
空中戦で捉えた獲物(下)をメス(中)にプレゼントし、前脚二本だけで三匹分の重量を支えながら契りを交わすオドリバエのオス(上)。
豊かさをもたらす贈りものの母型は、私欲を満たすための釣り餌に少し似ている。