花伝の手習い。漫然と漠然、問いとズレにはじまる現実変成力。

2023/02/18(土)18:55
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「即応指南」スペシャル、オンライン稽古が行われた。巷はバレンタインの夜だが、先日行われたエディットツアーを丸ごとリバースしようと、先峰吉井優子花伝師範が乗り出した。花伝所を放伝したあとも新師範代は次期51[守]へ向けて研鑽をつづけている。研鑽ということばは、深く究めるという同じ意味の字が二つ組み合わさって出来ている。重ねる・続ける・深める・積む。

師範代登板になることへの漫然とした不安はすでに吹っ切れたものの、それぞれのもつ課題は漠然としている。つい正解を導きだそうとしてしまうもの、表面的になぞってしまうもの。回答の奥にある意図を取り出すことは、なかなか難しい。そう感じるのも無理はない。なぜなら教室はナマであり学衆と回答という相手があってはじめてアフォーダンスが生まれ、問感応答返のやりとりがたつ。前後の対話や一つではない回答の順序や飛躍ぶりにこそらしさが現れる。読み手の得意手や不得手が自己のエディットモデルとして実感となるのはここからだ。

 

ゾウ談のあと、さっそくいくつかの[守]のお題に取り組んでいく。

おのおのが学衆となってチャットに回答を挙げ、その回答の中から、気になったものを一つ選び「WHY」と「HOW」をインタビューによって掴んでみようという試みだ。師範代の思考プロセスを話者、読者、観察者、リスナー、あらゆる立場を参加者が擬く。

 

お題:コンビニにないもの。

選ばれた回答:雨 

 

編集学校のお題はユニークで、ないものを挙げる問いがある。

見えにくい思考のプロセスをなぞるために稽古では、回答が導かれた筋道を明らかにしてみようと言語化を試みた。

インタビュアーもインタビューイも新師範代がつとめる。

 

本間 「こんばんは。久しぶりです。回答で“雨”ってことですけど、商品の外にあるものですね。」

奥富 「ぱっとみたときに、野良猫とかありえないものがたくさん飛び込んできまして。」

本間 「あった方がいいんですかね、雨。」

参加者「・・・」

奥富 「雨は要らないんだけど、農家さんにとっては、雨キットとかジョウロとか、いいですよね。要らないっていうよりは、あってもいいかも。」

本間 「ないもの、というとマイナスのイメージだけどね、傘立てとか、お店の内から外へも視界を広げるの、いいですね。」 

奥富 「コンビニが『大きな傘』みたいなもの、とも言えますよね。コンビニに入れば、雨は遮断されるしね。」

本間 「内と外を隔てるものとか、道行の途中とか。」

新垣 「役割としては、ある。まるっきりないものを探すのは大変、どの《地》からみるのかですね。」

 

この感、交わし合うこと3分余り。インタビューを聞き入っている参加者はそれぞれ指南をその場で書ききる。通常一時間かかる指南が即応だけにたった3分少々で書き上げる。まくらことばも、時節の挨拶も省略だ。

 

「雨はコンビニには要らないけど、雨グッズで喜ぶ人がいると自分以外の人を思い浮かべて選んだところに奥富さんのあたたかさが表れています。コンビニを大きな傘と言い換えたところで、一気に想像が膨らみました。」新垣師範代

 

「『コンビニ』の『雨宿り』という【機能】にも注意のカーソルがあたり、プロフィールとなりました。」水野師範代

 

「最近雨や雪が多いので、雨、気になります。雨、たしかにコンビニにないですね。雨はないほうがいいとも思いますが、雨が降らないとき、農家さんにとってはコンビニで調達できたらいいですね。《地》をずらしましたね。」山本師範代

 

「奥富さんのアタマの中にふるいがかかってないものだけど、あったらいいなという可能性を広げてくださいました。雨グッズ、あったら助かる人がいるかもですね。自動ドアが内と外の世界をつないでいるのかもしれませんね。」大塚師範代

 

賞味30分のスピードワーク、書いて語る。語りをさらに言い換える。新師範代は回答のどこに着目して、どんな言葉を選ぶのか瞬時に反応してみせた。言葉を通して見方が広がる。フィードバック・ループによって、教える側が学ぶ側にもなる。主客の反転とはこのプロセスのことだ。雨がフックとなって、知っているはずのコンビニが変化する。

「即」の妙味。編集稽古にはわかるとカワルが同時多発し、見方はつねに破れていく。明快なインストラクションによって、視界はひらけていく。指南は何度でもおいしい。

 

  • イシス編集学校 [花伝]チーム

    編集的先達:世阿弥。花伝所の指導陣は更新し続ける編集的挑戦者。方法日本をベースに「師範代(編集コーチ)になる」へと入伝生を導く。指導はすこぶる手厚く、行きつ戻りつ重層的に編集をかけ合う。さしかかりすべては花伝の奥義となる。所長、花目付、花伝師範、錬成師範で構成されるコレクティブブレインのチーム。

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コメント

1~3件/3件

川邊透

2025-06-30

エディストの検索窓に「イモムシ」と打ってみたら、サムネイルにイモムシが登場しているこちらの記事に行き当たりました。
家庭菜園の野菜に引き寄せられてやって来る「マレビト」害虫たちとの攻防を、確かな観察眼で描いておられます。
せっかくなので登場しているイモムシたちの素性をご紹介しますと、アイキャッチ画像のサトイモにとまる「夜行列車」はセスジスズメ(スズメガ科)中齢幼虫、「少し枯れたナガイモの葉にそっくり」なのは、きっと、キイロスズメ(同科)の褐色型終齢幼虫です。
 
添付写真は、文中で目の敵にされているヨトウムシ(種名ヨトウガ(ヤガ科)の幼虫の俗称)ですが、エンドウ、ネギどころか、有毒のクンシラン(キョウチクトウ科)の分厚い葉をもりもり食べていて驚きました。なんと逞しいことでしょう。そして・・・ 何と可愛らしいことでしょう!
イモムシでもゴキブリでもヌスビトハギでもパンにはえた青カビでも何でもいいのですが、ヴィランなものたちのどれかに、一度、スマホレンズを向けてみてください。「この癪に触る生き物をなるべく魅力的に撮ってやろう」と企みながら。すると、不思議なことに、たちまち心の軸が傾き始めて、スキもキライも混沌としてしまいますよ。
 
エディスト・アーカイブは、未知のお宝が無限に眠る別銀河。ワードさばきひとつでお宝候補をプレゼンしてくれる検索窓は、エディスト界の「どこでもドア」的存在ですね。

堀江純一

2025-06-28

ものづくりにからめて、最近刊行されたマンガ作品を一つご紹介。
山本棗『透鏡の先、きみが笑った』(秋田書店)
この作品の中で語られるのは眼鏡職人と音楽家。ともに制作(ボイエーシス)にかかわる人々だ。制作には技術(テクネ―)が伴う。それは自分との対話であると同時に、外部との対話でもある。
お客様はわがままだ。どんな矢が飛んでくるかわからない。ほんの小さな一言が大きな打撃になることもある。
深く傷ついた人の心を結果的に救ったのは、同じく技術に裏打ちされた信念を持つ者のみが発せられる言葉だった。たとえ分野は違えども、テクネ―に信を置く者だけが通じ合える世界があるのだ。

山田細香

2025-06-22

 小学校に入ってすぐにレゴを買ってもらい、ハマった。手持ちのブロックを色や形ごとに袋分けすることから始まり、形をイメージしながら袋に手を入れ、ガラガラかき回しながらパーツを選んで組み立てる。完成したら夕方4時からNHKで放送される世界各国の風景映像の前にかざし、クルクル方向を変えて眺めてから壊す。バラバラになった部品をまた分ける。この繰り返しが楽しくてたまらなかった。
 ブロックはグリッドが決まっているので繊細な表現をするのは難しい。だからイメージしたモノをまず略図化する必要がある。近くから遠くから眺めてみて、作りたい形のアウトラインを決める。これが上手くいかないと、「らしさ」は浮かび上がってこない。