冬ざるる空に、良寛の舞う      田中泯ダンス公演「外は、良寛。」

2022/12/17(土)11:04
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 終演後の拍手に応える田中泯さんの手には、マイクがあった。

 「初日があけました。もう、うれしくって…」

 顔がほころんでいる。踊りの「外は、良寛。」を世に送り出した喜びを打ち明ける。ダンサーはあまりしゃべらないものだが、泯さんは終演後に語る。この日の口調は、毬がはずんでそれるみたいに、うれしさが飛び出してしまったみたいだ。

 

 『外は、良寛。』は、松岡校長の著作のなかでもファンの多い一冊。1993年に芸術新聞社から刊行され、現在は講談社文芸文庫に収められている。1995年の『フラジャイル』に先立って、松岡校長が、フラジリティの意味を問うた書といえる。良寛の書、歌、生活ぶり、人とのつきあい方、そのよって立つ景色といった諸相から「いま」が忘れてしまっている、でもかつて確かにあった意味を掘り起こして見せてくれる。

 

 この公演では、田中泯さんが語り部ならぬ「踊り部」となり、良寛の身体になって歩み、遊び、語り、書き、祈る。松岡校長のつむいだ言葉、さらには言葉以前の音がひびき、杉本博司さんの海の景色が表情を変え、本條秀太郎さんの音楽が遠くからおとずれ、山口源兵衛さんの衣は畏れをつれてくる。言葉になるやならずの音の破裂とともに身体がうごく。雪景色にダイブし、歌を追いかけ、泯さんが良寛になってゆく。やがて踊りはしまいにいたり、「外は、良寛。良寛だらけです。」と言い放つ。

 

 カーテンコールで舞台上によばれた校長は「最後、ナマ声でよかったね」と一言。録音の自分の声では気に入らなくって、と応じる泯さん。作品作りの裏側をチラリと見せる。泯さんからの最後のメッセージは、「みんなもっとナマの舞台を見て! いっぱい感じて、想像を広げて!」。そうなのだ。私たちには自分を突き飛ばし、遠くへ連れて行ってくれるものが不足している。どんなものなのか、予想しづらいものをこそ見てみたい。


「外は、良寛。」はあと、3回。本日12月17日(土)15:00、19:00、18日(日)15:00。

良寛に会って、良寛になる体験をぜひ。

 

公演の詳細はこちら。

踊り部 田中泯 「外は、良寛。」   東京芸術劇場 (geigeki.jp)

  • 原田淳子

    編集的先達:若桑みどり。姿勢が良すぎる、筋が通りすぎている破二代目学匠。優雅な音楽や舞台には恋慕を、高貴な文章や言葉に敬意を。かつて仕事で世にでる新刊すべてに目を通していた言語明晰な編集目利き。

コメント

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山田細香

2025-06-22

 小学校に入ってすぐにレゴを買ってもらい、ハマった。手持ちのブロックを色や形ごとに袋分けすることから始まり、形をイメージしながら袋に手を入れ、ガラガラかき回しながらパーツを選んで組み立てる。完成したら夕方4時からNHKで放送される世界各国の風景映像の前にかざし、クルクル方向を変えて眺めてから壊す。バラバラになった部品をまた分ける。この繰り返しが楽しくてたまらなかった。
 ブロックはグリッドが決まっているので繊細な表現をするのは難しい。だからイメージしたモノをまず略図化する必要がある。近くから遠くから眺めてみて、作りたい形のアウトラインを決める。これが上手くいかないと、「らしさ」は浮かび上がってこない。

堀江純一

2025-06-20

石川淳といえば、同姓同名のマンガ家に、いしかわじゅん、という人がいますが、彼にはちょっとした笑い話があります。
ある時、いしかわ氏の口座に心当たりのない振り込みがあった。しばらくして出版社から連絡が…。
「文学者の石川淳先生の原稿料を、間違えて、いしかわ先生のところに振り込んでしまいました!!」
振り込み返してくれと言われてその通りにしたそうですが、「間違えた先がオレだったからよかったけど、反対だったらどうしてたんだろうね」と笑い話にされてました。(マンガ家いしかわじゅんについては「マンガのスコア」吾妻ひでお回、安彦良和回などをご参照のこと)

ところで石川淳と聞くと、本格的な大文豪といった感じで、なんとなく近寄りがたい気がしませんか。しかし意外に洒脱な文体はリーダビリティが高く、物語の運びもエンタメ心にあふれています。「山桜」は幕切れも鮮やかな幻想譚。「鷹」は愛煙家必読のマジックリアリズム。「前身」は石川淳に意外なギャグセンスがあることを知らしめる抱腹絶倒の爆笑譚。是非ご一読を。

川邊透

2025-06-17

私たちを取り巻く世界、私たちが感じる世界を相対化し、ふんわふわな気持ちにさせてくれるエピソード、楽しく拝聴しました。

虫に因むお話がたくさん出てきましたね。
イモムシが蛹~蝶に変態する瀬戸際の心象とはどういうものなのか、確かに、気になってしようがありません。
チョウや蚊のように、指先で味を感じられるようになったとしたら、私たちのグルメ生活はいったいどんな衣替えをするのでしょう。

虫たちの「カラダセンサー」のあれこれが少しでも気になった方には、ロンドン大学教授(感覚・行動生態学)ラース・チットカ著『ハチは心をもっている』がオススメです。
(カモノハシが圧力場、電場のようなものを感じているというお話がありましたが、)身近なハチたちが、あのコンパクトな体の中に隠し持っている、電場、地場、偏光等々を感じ取るしくみについて、科学的検証の苦労話などにもニンマリしつつ、遠く深く知ることができます。
で、タイトルが示すように、読み進むうちに、ハチにまつわるトンデモ話は感覚ワールド界隈に留まらず、私たちの「心」を相対化し、「意識」を優しく包み込んで無重力宇宙に置き去りにしてしまいます。
ぜひ、めくるめく昆虫沼の一端を覗き見してみてください。

おかわり旬感本
(6)『ハチは心をもっている』ラース・チットカ(著)今西康子(訳)みすず書房 2025