【多読ジム×青林工藝舎】遅咲きの大傑作『夕暮れへ』 メディア芸術祭優秀賞受賞

2023/03/13(月)12:00
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 待ちに待った[多読ジム season14・春]が、4月10日から始まる(現在募集中)。
 今回も多読ジムでは、出版社コラボ企画が発動する。三冊の本をつないでエッセイを書く「三冊筋プレス」の“オプションお題”である(豪華賞品つき)。太田出版、工作舎、春秋社、MEditLabに続く第5弾は、青林工藝舎だ。

https://edist.isis.ne.jp/just/tadokuseason14/

 

 青林工藝舎は、伝説の漫画雑誌『ガロ』の元編集者が立ち上げた版元だ。現在は漫画雑誌『アックス』などを発行する。

 『ガロ』を立ち上げたのは、漫画家の白土三平ら。水木しげるの商業誌デビューも、この『ガロ』だった。つげ義春『ねじ式』、白土三平『カムイ伝』、林静一『赤色エレジー』、杉浦日向子『合葬』、内田春菊『南くんの恋人』、やまだ紫『しんきらり』……。掲載漫画を挙げればキリがないが、日本の漫画の潮流のひとつを、『ガロ』は間違いなく作っていた。
 その青林工藝舎が推す、「コラボ作品」がこれだ。
 第22回メディア芸術祭マンガ部門優秀賞と第48回日本漫画家協会賞優秀賞をW受賞した傑作、齋藤なずな『夕暮れへ』である。

 

■齋藤なずなの描く「飾らない日常」


 齋藤なずなさんは、存在自体が希有な漫画家だ。
 デビューは40歳。相当な遅咲きで、これだけでも相当に珍しい。しかも家族の介護などが重なり、長く漫画から離れていた。『夕暮れへ』は20年振りに、しかも70歳を過ぎて刊行された単行本なのである。
 「ブランクがある」というだけなら、それでもまだ稀ではない。希有たらしめているのは、その描く世界にある。

○単行本『夕暮れへ』目次

夕暮れへ
沖の稲妻
インコの神
ドッグフードを買ってお家に帰ろう
カウントダウン
螺鈿の舟
銀杏
スカートの中
トラワレノヒト
ぼっち死の館
[解説]呉智英

 

いったいどんな世界なのか。
 『夕暮れへ』を手掛けた、青林工藝舎の編集者・手塚能理子さんに伺った。

▲青林工藝舎の手塚能理子さん。雑誌『アックス』のキャラ(作:ファミリーレストラン)と共に。

 

――齋藤なずなさんの作品世界の特徴は何でしょう?

手塚能理子さん
手塚能理子さん
ストーリーの完成度の高さは、稀に見るものがあります。絵も非常にうまい。といっても意外な世界や派手な物語を描いているのではありません。飾らない日常を、さりげなく描写している。どこにでもありそうな情景なのに、人の心を揺さぶるのです


――それはなぜだと思いますか?
手塚能理子さん
手塚能理子さん
きっと台詞のチョイスが素晴らしいのだと思います。ご本人に伺うと“適当にやってるだけよ”と笑うのですが、そんなことはありません。難しい言葉を選んでいないのに、台詞のひとつひとつが、子どもの頃の記憶や恋愛の切なさ、老いの哀しみと結びついているのです。絵はリアルで、どこか艶っぽい。言葉と絵が、こちらの心の中にすーっと入り込んできます


 表題作「夕暮れへ」は、公園にふらっと立ち寄った中年男性の話だ。男は、地面で割られていた池の氷を目にする。男の記憶は、少年時代へと飛ぶ。夕暮れ、路地の奥、アバズレと陰口を叩かれるオンナ……。少年は、オンナの求めに応じて、睡蓮鉢の中の氷を割る。たったそれだけのことなのに、忘れられない。オンナの声、なまめかしい唇、氷の感触、割れた音。
 不思議なことに、この男の「おさな心」は読み手のそれと重なり、心の奥底を刺激する。

▲表題作「夕暮れへ」。少年はオンナに何を見たのか。

 

 齋藤なずなさん本人から、メッセージも届いた。

「夕暮れへ」の最も特徴的なことは、描きたいことを描きたいように描いたという点です。掲載誌がメジャーなマンガ誌ではなかったのであまり読者の受けということを考えずに描きました。
「夕暮れへ」から「スカートの中」までの8点は、『話の特集』というかつてはかなり人気のミニコミ誌で読者層がマンガ誌とは異なっていたこと。「トラワレノヒト」は働いていた大学の助手が手掛けていた半同人誌的な雑誌。「ぼっち死の館」は『アックス』という昔の『ガロ』の流れをくむ、どちらかといえばオルタナ系の雑誌で、どれもなんの制約もなく描かせてもらえました。
 ということで、もっとも私らしきものを表出できた、又、長くマンガを描くことから離れていたせいで錆びついていたマンガへの情熱を生き返らせてくれた大切な一冊です。

齋藤なずな

 

 20年振りの単行本『夕暮れへ』は、刊行されるやすぐに評判を呼び、メディア芸術祭マンガ部門優秀賞と日本漫画家協会賞優秀賞をWで受賞した。漫画界が、「齋藤なずな」を再発見した瞬間だった。
 『夕暮れへ』は、他でもない「あなた」に発見されることを待っている。

 


Info


◎<多読ジム> season14・春「三冊筋プレス」オプションお題
 出版社コラボ企画【多読ジム×青林工藝舎】

 

∈コラボ出版社
 青林工藝舎

 

∈トレーニングブック
 ◇齋藤なずな『夕暮れへ』(呉智英・解説)

 

∈参加資格
 <多読ジム> season14・春 ◆ 受講者

 

∈『夕暮れへ』販売サイト(※送料無料)
 青林工藝舎 アックスストア https://axstore.net/

 

∈佳作受賞者の賞品(エントリー作から佳作を選出)
 1.齋藤なずな先生サイン色紙
 2.青林工藝舎オリジナル湯飲み
 3.[遊刊エディスト]に作品掲載

 


◎<多読ジム> season14・春 ★ 絶賛募集中!


2023年4月10日(月)~6月25日(日)

※申込締切日=2023年4月3日

 

 ★――お申込みはこちら:https://es.isis.ne.jp/gym

 

∈MENU
  <1>ブッククエスト :デヴィッド・ボウイの30冊
  <2>三冊筋プレス  :歌う3冊
     ◆オプションお題・多読コラボ=青林工藝舎
  <3>エディション読み:『サブカルズ』

 

∈DESIGN the eye-catching image
 山内貴暉

  • 角山祥道

    編集的先達:藤井聡太。「松岡正剛と同じ土俵に立つ」と宣言。花伝所では常に先頭を走り感門では代表挨拶。師範代登板と同時にエディストで連載を始めた前代未聞のプロライター。ISISをさらに複雑系(うずうず)にする異端児。角山が指南する「俺の編集力チェック(無料)」受付中。https://qe.isis.ne.jp/index/kakuyama

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コメント

1~3件/3件

川邊透

2025-07-01

発声の先達、赤ん坊や虫や鳥に憑依してボイトレしたくなりました。
写真は、お尻フリフリしながら演奏する全身楽器のミンミンゼミ。思いがけず季節に先を越されたセミの幼虫たちも、そろそろ地表に出てくる頃ですね。

川邊透

2025-06-30

エディストの検索窓に「イモムシ」と打ってみたら、サムネイルにイモムシが登場しているこちらの記事に行き当たりました。
家庭菜園の野菜に引き寄せられてやって来る「マレビト」害虫たちとの攻防を、確かな観察眼で描いておられます。
せっかくなので登場しているイモムシたちの素性をご紹介しますと、アイキャッチ画像のサトイモにとまる「夜行列車」はセスジスズメ(スズメガ科)中齢幼虫、「少し枯れたナガイモの葉にそっくり」なのは、きっと、キイロスズメ(同科)の褐色型終齢幼虫です。
 
添付写真は、文中で目の敵にされているヨトウムシ(種名ヨトウガ(ヤガ科)の幼虫の俗称)ですが、エンドウ、ネギどころか、有毒のクンシラン(キョウチクトウ科)の分厚い葉をもりもり食べていて驚きました。なんと逞しいことでしょう。そして・・・ 何と可愛らしいことでしょう!
イモムシでもゴキブリでもヌスビトハギでもパンにはえた青カビでも何でもいいのですが、ヴィランなものたちのどれかに、一度、スマホレンズを向けてみてください。「この癪に触る生き物をなるべく魅力的に撮ってやろう」と企みながら。すると、不思議なことに、たちまち心の軸が傾き始めて、スキもキライも混沌としてしまいますよ。
 
エディスト・アーカイブは、未知のお宝が無限に眠る別銀河。ワードさばきひとつでお宝候補をプレゼンしてくれる検索窓は、エディスト界の「どこでもドア」的存在ですね。

堀江純一

2025-06-28

ものづくりにからめて、最近刊行されたマンガ作品を一つご紹介。
山本棗『透鏡の先、きみが笑った』(秋田書店)
この作品の中で語られるのは眼鏡職人と音楽家。ともに制作(ボイエーシス)にかかわる人々だ。制作には技術(テクネ―)が伴う。それは自分との対話であると同時に、外部との対話でもある。
お客様はわがままだ。どんな矢が飛んでくるかわからない。ほんの小さな一言が大きな打撃になることもある。
深く傷ついた人の心を結果的に救ったのは、同じく技術に裏打ちされた信念を持つ者のみが発せられる言葉だった。たとえ分野は違えども、テクネ―に信を置く者だけが通じ合える世界があるのだ。