一瞬の皹・日々の一旬 読み切り第一回 本棚のイワザル

01/09(木)13:41
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視線が鏑矢となってひゅるるるると空気を震わし、突き刺さった灰色の壁の傍に膨満した猿がいた。もしそのまま猿に突き刺さっていたら、ぱつんと腹が破裂し、今まで云わずにため込んでいたことが噴き出したことだろう。イワザルは怒るでもなく、顎の前で両手を合わせたまま、じっとわたしを見ていた。むっつりと物問いたげな顔に、わたしは頭を20度ほど傾けて小さな会釈をした。イワザルの御座す木の台は、繧繝縁とはいかないまでも彼の威厳を示すのに十分な高さがあり、膨れ上がった体と土瓶を支えていた。だれかを待っているのか?わたしでもよいのか?というのも、イワザルは合掌した手をほどいて土瓶に手を添え、空いた手でいっしょに飲まないかと手招きしたからである。しかし、それも悪くない。この奇妙な邂逅を肴に、知の枝がからみあう本の森の中で。

向かい側のスツールを示されて、わたしは腰をおろした。わたしは疲れてはいなかったし、眠くもなかった。むしろ、背骨から全身の血管の隅々まで冷水が駆け巡るような心地さえしていた。イワザルは前かがみになると、ふたつの杯に土瓶のどぶろくを縁まで満たし、そのひとつをわたしに渡した。乳白色の液面に微かな泡たちが群れていた。

わたしたちは無言で杯を口に運んだ。樟脳の香り、インクの味、粘膜を鼓舞する微炭酸たち。イワザルは灰色の壁にもたれかかっていた。わたしはスツールから両足をだらりと伸ばし、足首を交差させ、前頭葉からぽっこり突き出た樟脳が、つんとくる刺激とともにストレスをイレースする、などと解剖学のテキストに落書きした昔の独善気質が唐突によみがえったのに乗じて、あなたはいつも、ここでどんなことをしてるんですか、とイワザルに訊いたのだった。イワザルは口角についた酒のしずくを、指の腹で軽くぬぐった。彼はいかにも意味ありげな視線をわたしに放ったが、それは鏑矢のように大仰な音をたてることなく、ひっそりと腑に落ちた。間があってイワザルは、昼間よりも静かな夜のほうが好きだ、とだけ呟いた。静かならば、飛び交っている鏑矢の音色を邪魔するものはないからね。

それから、堰を切ったようにイワザルは話し始めた。芳香に満ちた空気に、イワザルの口腔からはじけた微炭酸が添えられ、わたしは本に眠る金脈のこと、ページの襞の奥深くに埋蔵されているあらゆる希少なものについて聴き、イワザルの太っ腹がみるみるしぼみ、どうしてそうなったのかはわからないが、わたしをミザルキカザルとしていた目と耳の瘡蓋がぽろりと剥げ落ち、四方に絶え間なく放たれている鏑矢の軌跡と音色をはじめて捉えたのだった。

 

~型に拠れば~

 

本棚の隙間に、猿の置物がある。注意のカーソルを猿に向け、機能と要素を確かめる。要素は膨れた腹であり、傍らに土瓶、威厳を醸す高台。機能として、口に手を添えるような素振り。何か言いたいことがありそうだ。それで腹が膨れているのか。ならば彼はイワザルであろう。何を言いたいかは、ここでは伏せておく。ではミザル・キカザルはどうする?ミザル・イワザルは観察者(主人公)としよう。見えない・聞こえないという機能があることは、目と耳に蓋をする要素があるということか。では、この猿との出会いで瘡蓋が取れる変化を物語るとしよう。ワールドモデルは本棚(知の森)とし、主人公の視点であるからオムニプレゼントで進めねばならない。したがって、ナレーターは主人公自身となる。

物語のトリガーは、猿との出会い。実際には、本棚の猿の写真をトリガーショットとする。原郷は、現実世界。注意のカーソル(視線)を鏑矢と喩えることで、主人公は一瞬にして旅立つ足のカメラ・目のカメラ・心のカメラのうち、目のカメラを応用した耳のカメラ(聴覚)で鏑矢を強調、「突き刺さる・突き刺さらない」という分岐を考え、「突き刺さらない」場合を添えてさらに強調。「顎の前で両手を合わせる仕草・土瓶と高台・物問いたげな顔・手招き」といった猿の機能と要素を列挙し、主人公の心情の変化を心のカメラで追っていく。主人公ははっきりと目的を察知したわけではないが、何かしらの意義を察知し、猿と向き合う覚悟を決める。これが主人公にとっての小さな闘争となる。覚悟は、「この奇妙な邂逅を肴に、知の枝がからみあう本の森の中で」というワールドモデル比喩により強調、闘争に挑む心地よい緊張感を、「背骨から全身の血管の隅々まで冷水が駆け巡るような心地」「乳白色の液面に微かな泡たちが群れる」といた比喩により強調する。舌のカメラ(味覚)で樟脳の香り・インクの味・微炭酸を捉え、樟脳という漢字から大脳(前頭葉)を連想する。飲酒により緊張から弛緩へ転ずる機能(緊張・弛緩の分岐)として、「両足をだらりと伸ばし」、

「樟脳を脳の一部として、解剖学のテキストに落書き」を書き添える。

猿との会話は、本との対話の比喩である。そのため、猿の腹にあるものは「本の知」となる。ここで、気づきと理解を「腑に落ちる」と換言し、鏑矢が落ちていく様として捉えた。その瞬間、鏑矢もまた「主人公の視点」から「本の知」へ切り替わる。主人公が本の知に気づき、ミザル・イワザルが解消される様を彼方からの帰還として、小さな物語は終焉する。


  • 宮前鉄也

    編集的先達:古井由吉。グロテスクな美とエロチックな死。それらを編集工学で分析して、作品に昇華する異才を持つ物語王子。稽古一つ一つの濃密さと激しさから「龍」と称される。病院薬剤師を辞め、医療用医薬品のコピーライターに転職。