松岡校長、百円ショップで世界の断片を読み解く。

2020/03/15(日)04:15 img
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 本楼とオンラインを編み込んだハイブリッドな感門之盟は、すでに9時間が経過していた。44[守]、43[破]、32[花]、12[綴]とすべての感門を終えた会場の熱気は、オンライン越しにも伝わってくる。時刻は20時40分。いよいよ校長校話である。登壇する松岡校長の顔はほころんでいる。場が醸成した証しである。

 

 テーマは「あやかり編集力」。「あやかるという文字は“肖”と書く。あゆ、あう。つまり何かが離れない、連携するという意味がある」と松岡校長は切り出し、編集人生のはじまりは、母親の鏡台にあったと語り始めた。

 

 「鏡台には母親だけが知っている何かがある。鏡台の上に置かれていたコンパクトも子供にはなんだかよくわからない。アイラッシュカーラーなんて手にとってみると妙な感覚が残る。母親の鏡台ごと記憶のトポスとなる。これが物にあやかるということです」

 

 物にあやかるとはいかに。感門之盟で講話をするために数日前、向かった先は百円ショップだった。一見なんだかわからないものを十数点品厳選してきたという。松岡校長が百円ショップで買い物する姿なんて想像しにくいけれど、そこは松岡正剛、あくまでも編集的視点で品定めをする。

 

 

 選び抜いた百均の品々を会場のビジョンに映し出した。

 「これは何に見える?」

 会場の面々は画像を食い入るように見つめるが、見当がつくものと、つきにくいものがある。それらは試験管の一輪挿しと木枠のスタンド、キッチンのゴミ袋フック、排水口の金具、ピン、スコップ型のティースプーン、アイブロー用のチップ、つけ爪などであったが、そもそも画像だとサイズ感はわからないし、撮影する角度、並べ方でもまた違って見える。

 

 「つけ爪ならつけ爪という既存の言葉で留めてしまいがち。アーキタイプ、プロトタイプ、ステレオタイプで見ようとしない。これらは普遍的な何かを持っているし、世界の断片でもある。たとえばつけ爪を系統樹にしてみれば生物進化学にもなりうる。あやかり編集力に関心があるのなら、そこまでいってほしい」

 

 守のお題「コップの使い方」を思い出した人も多いだろう。部屋にも台所にも街にも世界の断片が溢れている。形骸化されてしまっている概念の編集は、卒門・突破した後にこそ試される。「肖る」という字にあやかった校長校話は、当該期だけでなく編集学校に関わるすべての学徒に向けた「初心」の問い直しともなった。

 

 

 

 

  • 中野由紀昌

    編集的先達:石牟礼道子。侠気と九州愛あふれる九天玄氣組組長。組員の信頼は厚く、イシスで最も活気ある支所をつくった。個人事務所として黒ひょうたんがシンボルの「瓢箪座」を設立し、九州遊学を続ける。

コメント

1~3件/3件

川邊透

2025-06-30

エディストの検索窓に「イモムシ」と打ってみたら、サムネイルにイモムシが登場しているこちらの記事に行き当たりました。
家庭菜園の野菜に引き寄せられてやって来る「マレビト」害虫たちとの攻防を、確かな観察眼で描いておられます。
せっかくなので登場しているイモムシたちの素性をご紹介しますと、アイキャッチ画像のサトイモにとまる「夜行列車」はセスジスズメ(スズメガ科)中齢幼虫、「少し枯れたナガイモの葉にそっくり」なのは、きっと、キイロスズメ(同科)の褐色型終齢幼虫です。
 
添付写真は、文中で目の敵にされているヨトウムシ(種名ヨトウガ(ヤガ科)の幼虫の俗称)ですが、エンドウ、ネギどころか、有毒のクンシラン(キョウチクトウ科)の分厚い葉をもりもり食べていて驚きました。なんと逞しいことでしょう。そして・・・ 何と可愛らしいことでしょう!
イモムシでもゴキブリでもヌスビトハギでもパンにはえた青カビでも何でもいいのですが、ヴィランなものたちのどれかに、一度、スマホレンズを向けてみてください。「この癪に触る生き物をなるべく魅力的に撮ってやろう」と企みながら。すると、不思議なことに、たちまち心の軸が傾き始めて、スキもキライも混沌としてしまいますよ。
 
エディスト・アーカイブは、未知のお宝が無限に眠る別銀河。ワードさばきひとつでお宝候補をプレゼンしてくれる検索窓は、エディスト界の「どこでもドア」的存在ですね。

堀江純一

2025-06-28

ものづくりにからめて、最近刊行されたマンガ作品を一つご紹介。
山本棗『透鏡の先、きみが笑った』(秋田書店)
この作品の中で語られるのは眼鏡職人と音楽家。ともに制作(ボイエーシス)にかかわる人々だ。制作には技術(テクネ―)が伴う。それは自分との対話であると同時に、外部との対話でもある。
お客様はわがままだ。どんな矢が飛んでくるかわからない。ほんの小さな一言が大きな打撃になることもある。
深く傷ついた人の心を結果的に救ったのは、同じく技術に裏打ちされた信念を持つ者のみが発せられる言葉だった。たとえ分野は違えども、テクネ―に信を置く者だけが通じ合える世界があるのだ。

山田細香

2025-06-22

 小学校に入ってすぐにレゴを買ってもらい、ハマった。手持ちのブロックを色や形ごとに袋分けすることから始まり、形をイメージしながら袋に手を入れ、ガラガラかき回しながらパーツを選んで組み立てる。完成したら夕方4時からNHKで放送される世界各国の風景映像の前にかざし、クルクル方向を変えて眺めてから壊す。バラバラになった部品をまた分ける。この繰り返しが楽しくてたまらなかった。
 ブロックはグリッドが決まっているので繊細な表現をするのは難しい。だからイメージしたモノをまず略図化する必要がある。近くから遠くから眺めてみて、作りたい形のアウトラインを決める。これが上手くいかないと、「らしさ」は浮かび上がってこない。