編集用語辞典 01 [編集稽古]

2020/01/15(水)10:29
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 雨が降りしきるなか、京都の伝統行事、五山送り火のライブで松岡正剛校長と共演したのが、樹木希林だった。彼女の遺作となった『日日是好日』では、黒木華の演じる女子学生が、お茶の先生役の樹木希林のもとに通う。「音をたてて飲むのって、ヘン」だと感じていた主人公は、やがてお稽古を通してかけがえのない大切なことに気づいていく。

 

 日本の芸事や武芸で培われた古き良き知恵は、「稽古」に集約されている。「古(いにしえ)を稽(かんが)える」。稽古とは「古」に学び、今なすべきことを知ること。稽古にはことごとく型がついてまわる。歴史の波に洗われ、なおここに息づく先達の志や思いが凝縮された「方法」を身体に通すために、型がある。型でまねて、うつして、わたす。世阿弥が「稽古」をもって芸能を学ばせたやり方だ。型は、受け継がれた記憶のエッセンスであり、先達のメッセージの扉を開く鍵、先達の形見である。

 

 イシス編集学校では、編集術の型を身体に通すためのお題が、インターネットで配信される。これに学衆が答えると、師範代から指南が返る。このやりとりをネット上の教室の全員が共有する。
いにしえからの情報を、あるいは身の周りの情報をどのように理解し、記憶し、そこからどのように発想し、表現するのか。編集の型は、唯一の正解の周りに豊かに広がっていた可能性の海原へと誘い、私たちのアナロジーの力を蘇らせる。視点がずれ、情報の見方が変わると、新しい意味や価値の発見があり、自分が変わる。方法が分かる。「かわるとわかる」「わかるとかわる」体験を幾度も味わう稽古を通して、情報編集の奥が徐々に開けられていく。

 

 学衆が編集の型を学ぶいっぽうで、師範代は、花伝所で鍛錬した「却来」――どんな回答も受容するプロフィールを辿る。学衆の関心や興味を掘り起こし、それに合わせて編集の型を照合させたり、言い換えたりして、題意と関係づけていくのである。相手やその場に応じてどのようにも舞を変える「問・感・応・答・返」で行き来しながら、真似び、学び合う。師範代は最初から正解をもってはいない。学衆とのコミュニケーションで発見していくのだ。お互いの息遣いを感じ取り、面影を辿る。師範代も学衆も揺らぎを起こし、共振し、それまでの自分を手放す。偶然さしかかる知をチャンスにして生かしていくうちに、教室では、稀有な相互作用、鏡像作用、相補作用が起こり、一座建立となる。

 

 

千夜千冊第1508夜『世阿弥の稽古哲学』西平直

  • 丸洋子

    編集的先達:ゲオルク・ジンメル。鳥たちの水浴びの音で目覚める。午後にはお庭で英国紅茶と手焼きのクッキー。その品の良さから、誰もが丸さんの子どもになりたいという憧れの存在。主婦のかたわら、翻訳も手がける。

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コメント

1~3件/3件

川邊透

2025-06-17

私たちを取り巻く世界、私たちが感じる世界を相対化し、ふんわふわな気持ちにさせてくれるエピソード、楽しく拝聴しました。

虫に因むお話がたくさん出てきましたね。
イモムシが蛹~蝶に変態する瀬戸際の心象とはどういうものなのか、確かに、気になってしようがありません。
チョウや蚊のように、指先で味を感じられるようになったとしたら、私たちのグルメ生活はいったいどんな衣替えをするのでしょう。

虫たちの「カラダセンサー」のあれこれが少しでも気になった方には、ロンドン大学教授(感覚・行動生態学)ラース・チットカ著『ハチは心をもっている』がオススメです。
(カモノハシが圧力場、電場のようなものを感じているというお話がありましたが、)身近なハチたちが、あのコンパクトな体の中に隠し持っている、電場、地場、偏光等々を感じ取るしくみについて、科学的検証の苦労話などにもニンマリしつつ、遠く深く知ることができます。
で、タイトルが示すように、読み進むうちに、ハチにまつわるトンデモ話は感覚ワールド界隈に留まらず、私たちの「心」を相対化し、「意識」を優しく包み込んで無重力宇宙に置き去りにしてしまいます。
ぜひ、めくるめく昆虫沼の一端を覗き見してみてください。

おかわり旬感本
(6)『ハチは心をもっている』ラース・チットカ(著)今西康子(訳)みすず書房 2025

川邊透

2025-06-17

私たちを取り巻く世界、私たちが感じる世界を相対化し、ふんわふわな気持ちにさせてくれるエピソード、楽しく拝聴しました。

虫に因むお話がたくさん出てきましたね。
イモムシが蛹~蝶に変態する瀬戸際の心象とはどういうものなのか、確かに、気になってしようがありません。
チョウや蚊のように、指先で味を感じられるようになったとしたら、私たちのグルメ生活はいったいどんな衣替えをするのでしょう。

虫たちの「カラダセンサー」のあれこれが少しでも気になった方には、ロンドン大学教授(感覚・行動生態学)ラース・チットカ著『ハチは心をもっている』がオススメです。
(カモノハシが圧力場、電場のようなものを感じているというお話がありましたが、)身近なハチたちが、あのコンパクトな体の中に隠し持っている、電場、地場、偏光等々を感じ取るしくみについて、科学的検証の苦労話などにもニンマリしつつ、遠く深く知ることができます。
で、タイトルが示すように、読み進むうちに、ハチにまつわるトンデモ話は感覚ワールド界隈に留まらず、私たちの「心」を相対化し、「意識」を優しく包み込んで無重力宇宙に置き去りにしてしまいます。
ぜひ、めくるめく昆虫沼の一端を覗き見してみてください。

おかわり旬感本

(6)『ハチは心をもっている』ラース・チットカ(著)今西康子(訳)みすず書房 2025

大沼友紀

2025-06-17

●記事の最後にコメントをすることは、尾学かもしれない。
●尻尾を持ったボードゲームコンポーネント(用具)といえば「表か裏か(ヘッズ・アンド・テイルズ:Heads And Tails)」を賭けるコイン投げ。
●自然に落ちている木の葉や実など放って、表裏2面の出方を決める。コイン投げのルーツてあり、サイコロのルーツでもある。
●古代ローマ時代、表がポンペイウス大王の横顔、裏が船のコインを用いていたことから「船か頭か(navia aut caput)」と呼ばれていた。……これ、Heads And Sailsでもいい?
●サイコロと船の関係は日本にもある。江戸時代に海運のお守りとして、造成した船の帆柱の下に船玉――サイコロを納めていた。
●すこしでも顕冥になるよう、尾学まがいのコメント初公開(航海)とまいります。お見知りおきを。
写真引用:
https://en.wikipedia.org/wiki/Coin_flipping#/media/File:Pompey_by_Nasidius.jpg