おしゃべり病理医 編集ノート-わたし、ねじれてるんです

02/10(月)10:23
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 「為末くん、ハードル飛ぶとき、なんかねじれているよね」
 「あ、そうかもしれません。教科書的にはハードルに対してまっすぐに飛べって書いてあるんですけど、ぼくはなんというか、ねじれた方が自然な気がして…」
 
 YouTube『ツッカム正剛』で、為末大さんと松岡校長の対談を聴きながら、そうだそうだ、とうなづいた。人間の身体、ねじれてない部分なんてあるっけ?ねじれているのがフツーだもの。為末さんは、身体の声をちゃんと聞いているんだなぁ~
 
 まず、遺伝情報が格納されているDNAの形態が、そもそもものすごくねじれた構造をしている。二重らせんを構成する二本の鎖の間には、アデニン、グアニン、シトシン、チミンという4つの塩基があって、それぞれアデニンとチミン、グアニンとシトシンと相補的に結合している。アデニンとチミンの間は2個、グアニンとシトシンの間は3個の水素結合というのも決まっていて、結合の数のズレとそれぞれの塩基の立体的な分子構造の違いが、ねじれた構造に貢献している。
 
 二重鎖で構成された1本の線状DNAは1本の染色体を構成する。人間の細胞には46本の染色体があるから、46本の線状DNAがあることになるが、すべてのDNAをつなぎ合わせると約60億塩基対におよび、長さは2メートルほどになるという。
 2メートルにもなるDNAが約10マイクロメートル(1mmの100分の1です)前後の細胞の中に納まっているのは、ヒストンというたんぱく質のおかげである。DNAはヒストンによってねじりパンのようなカタチになって、細胞の核の中にぎゅぎゅっと収納されているのである。わたしたちは細胞レベルでねじれまくっているのだ。
 
 腸管もねじれている。胎生初期に、腸管はいったんへその緒の中に飛び出して270度反時計回りをし、ひねりが加わった状態でお腹のなかに収まる。そして、盲腸(小腸から大腸のつなぎめ部分にある腸で先端に虫垂がついています)が右下腹部に固定される。9か月経ってしっかり成長した胎児は、お母さんの産道の中を回転しながら生まれてくる。生命活動においては、いつでもどこでもねじれやひねりを伴う現象がいっぱいである。
 
 ハードルにかぎらず、身体を動かすこと全般においても同じことが言えそうだ。バレエやダンスで回転するときも上半身と下半身をひねることによる推進力を使う。サッカーのキックも野球のスイングも、上半身と下半身のひっぱりあう力をいかにボールに集中させるかがキモだろう。
 運動や感覚をつかさどる神経は、脳と脊髄の間にある延髄のところで交叉している。交叉についての理由については明らかにされていないが、進化の過程において、交叉した方が左右の動きを統合しやすい、といった、隠されたワケがあるのかもしれない。
 
 「ギャップ萌え」という言葉も、実はねじれたい願望のひとつかもしれない。普段はすごくクールな男の人に優しい言葉をかけられたりとか、かわいい笑顔を見せられたりすると、ころっといきそうになったりする(あ、わたしだけか)。
 
 「ねじれ現象」は、わたしたちにとって、フツーだし、心地の良いものなのだろう。日常生活では、物事がぴったりすることや、計画がまっすぐ、すっきり進むことを目標に努力することが多いかもしれないが、本当は、ねじれたり、ひねったり、ずれたりしてしまうことが生命の本質であり、情報の在り方なのだ。だから、ねじれることを前提としたうえで、それを活用する方法を考えた方がずっと面白い。実際、ねじれたいという人々の本能が文化を育んできているのではないだろうか。
 
 校長が「動向を彫った」と評するベルリーニの彫刻(1034夜)https://1000ya.isis.ne.jp/1034.htmlやバッハのフーガなどに認められるバロック的手法は、焦点のズレが織りなす楕円形の動きに、その官能の秘密があるのだろう。お笑いも、思いがけない方向からのひねりの効いたオチが笑いのツボをくすぐる。たとえば、サンドイッチマンのコントでは、花嫁への手紙が刑務所にいる父からのものであったりして、情報の「地と図」のズレが絶妙である。
 
 情報の「ねじれ」で存分に遊んでみる編集稽古がある。イシス編集学校の名物お題「ミメロギア」だ。「ミメロギア」とは、松岡校長の造語で、古代ギリシアの3大編集技法である「ミメーシス」(模倣)、「アナロギア」(類推)、「パロディア」(諧謔)の編集的特徴を生かしてつくった編集稽古である。コーヒーと紅茶、パスタと素麺、タモリとたけし、あるいは声と文字、というように一対の単語それぞれの前に形容する言葉を添えて、両者の言葉の類似や相違など関係性を際立たせていくという言葉遊びである。
 
 名ミメロギアは、以前の遊刊エディストの記事、https://edist.isis.ne.jp/list/稽古の花咲く43守番ボー名作選/をご覧いただくといいだろう。どの作品にも「ねじれ現象」がアクセントとして効いている。たとえば、パスタと素麺に、「イタリアのパスタ、日本の素麺」としても、まっすぐすぎてねじれもひねりもなく面白くない。名作選からいくつか抜粋してみると、
 
地中海のパスタ・瀬戸内海の素麺(はぐくみ温線教室・石田貴子)
太陽のパスタ・風の素麺(あさってサンダル教室・羽根田月香)
 
というように、直球ではない言葉を選ぶことによって豊かなイメージを読み手に届けてくれる。いずれの作品もとても爽やかで心地良い。この関係は、幾何の問題を解く際、補助線を一本引いたことで、一気に図形の相似関係がクリアに見えてくるときの快感と似ていると思う。つまり「ねじれ現象」とは、ふたつの情報のどこかに焦点を当て、その二点間に対角線を引くことであると言い換えることもできる。ふたつの情報の間に隠れていた「ねじれ関係」を見出す。それは価値を創造するものである。舞踊でもスポーツでもアートでもお笑いでも、そこに今まで見たことのない新しい関係性を発見したときに、人は心を動かされるのだろう。
 
 あぁ、わたしたちは、もともとねじれているし、もっともっとねじれたいのね。
 
情報はねじれたい

  • 小倉加奈子

    編集的先達:ナシーム・ニコラス・タレブ。病理医で、妻で、二児の母で、同居する親からみると娘、そして師範であり火元組。仕事も生活もイシスもすべて重ねて超加速する編集アスリート。増刷中の近著作『おしゃべりながんの図鑑』の直筆イラストも必見。