おしゃべり病理医 編集ノート-バレリーナは分節化のプロ

12/11(水)14:14
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  病理医として、日々の研鑽と人材育成のための内外での研修。

  二児の母として、日々の生活と家事と教育と団欒の充実。

  火元組として、日々の編集工学実践と研究と指導の錬磨。

  それらが渾然一体となって、インタースコアする

  「編集工学×医療×母」エッセイ。



 週1回、バレエのレッスンに通うのが習慣である。子どもたちや仕事の都合によって行けないことも少なくないが、レッスンに通えるということは、わたしと家族の健康のバロメータでもある。
 

 某有名バレエ団が運営しているスタジオなので、先生は全員、プロのバレエダンサー。みな、細いのに力強く、しなやかな身体をしている。あまりに美しい身体をしているので、ついぼんやり見惚れる。見惚れていると順番が頭に入らず、先生に怒られる。

 

 バレエは、どこの国の教室に行っても、だいたい同じようなレッスンを受けることができる。「型」が決まっているからだ。バーレッスンからセンターレッスンへ。バーの支えで身体の軸の位置を確認したら、手すりを放し空間を大きく使う練習へ向かう。優しくゆっくりした動きから、力強い跳躍や回転へ。だいたい1時間半のレッスンには、一貫した流れがある。「型」にしたがった稽古を継続すれば、バレエダンサーのような身体になれる(理論上)。


 ダンサーの身体をMRI検査で調べてみると、代表的インナーマッスル、腸腰筋の太さが一般の人の3倍あったという話を聞いたことがある。なるほど、だからあんなに激しく回転したり跳躍したりしても、身体の芯がぶれないわけだ。

 
 型によって身体を自在に動かせる。型を守ることで思考が自由になる。編集稽古とバレエのレッスンはとても似ている。お姫様になり切って優雅な音楽に身体を乗せる心地よさをはじめ、おさないわたしが夢中になった理由はいくつかあったと思うが、型を守ることで美しく動けるようになる稽古の面白さは、三つ子のわたしの魂にしっかり植えつけられたようで、イシスの編集稽古も、わたしのココロとカラダに合っていた。
 
 バレエの動きは、型の「組み合わせ」(アンシェヌマンという)で成り立っている。アンシェヌマンは、編集の型で意識する「分節化」に近い。分節化は、「分けてつなげること」。型と型をつなげて、ひとつの流れのある動きにしていくことが、踊るということである。
 
 人間の運動機能は、筋肉と関節の連動で成り立っている。人間の身体も関節によって分節化されているのだ。バレエに限らず、プロのダンサーやスポーツ選手は、「身体の分節化」の達人である。足の指の小さな筋肉の動きさえも別々に感じとり、協調させ、関節の向きや位置を巧みに編集し、自分の身体の限界に近いパフォーマンスを魅せてくれる。
 
 文章を書く場合も同じである。選んだ言葉をどのように紡いでいくかによって、文脈が浮き出てくる。分節化によって文章のモードが立ち上がっていき、それが吉本ばななの世界観を作り、村上春樹の文体になっていく。翻訳されたとしても各々のメッセージやモードが伝わるのは、類まれな分節化のなせる技なのだろう。
 
 クラシック・バレエの有名な演目に「白鳥の湖」がある。白鳥の腕の動かし方はバレエの中でもかなり独特である。いつもの腕のポジションや動きの型とは異なる筋肉と関節の連動が求められる。「型破り」な動きなのである。
 肘の関節は、骨盤や肩関節など、あらゆる方向に可動域がある「球関節」と異なり、「蝶番関節」といって基本的に屈曲と伸展という一方向の動きしかできない。ただ、前腕と上腕の筋肉をうまく分節化して使うことで、肘関節をあらゆる向きに揺らしながら、白鳥の羽の動きを模した優美な動きを表現することができる。まるで腕から肘関節自体が無くなってしまったかのように。いや、前腕や上腕に無数の関節が生じたかのように。
 
 千夜千冊1200夜『ヘルダーリン全集』https://1000ya.isis.ne.jp/1200.htmlには、ヘルダーリンの詩についてこんなふうに説明されている。
 
  ヘルダーリンの詩には「パラタクシス」というものがある。
  パラタクシスというのは、文節やフレーズが対同して連なっていく
  という方法で、どんな部分も主述的な従属関係になっていずに、
  互いが互いを照らしあうようになっている。
 
 プロのダンサーの中でもとりわけ主役を張るようなプリンシパルダンサーの踊りは、ヘルダーリンの詩のような「パラタクシス」的魅力がある。筋肉と関節のフラジャイルな協調と対立関係と、その緊張と弛緩のリズムによって織りなされる動きの残像が、空間を支配する。
 ヘルダーリンの詩もダンサーの身体も音楽を奏でられるのだ。分節化の芸術ともいえる。
 
 「あのね、胸は開いても、みぞおちのお肉はちゃんと奥に閉まって」
 「プリエは深く、膝から足裏までの伸びを感じて。ほら、肩の力を抜いて」
 「この文章、連想が飛び過ぎて論旨がつながっていません」
 
 バレエにおいても文体編集においても、分節化の芸術への道は険しく遠い。でも、日々の稽古は必ずや結実するもの。今日もがんばろう。
 
身体的分節化

  • 小倉加奈子

    編集的先達:ナシーム・ニコラス・タレブ。病理医で、妻で、二児の母で、同居する親からみると娘、そして師範であり火元組。仕事も生活もイシスもすべて重ねて超加速する編集アスリート。増刷中の近著作『おしゃべりながんの図鑑』の直筆イラストも必見。