おしゃべり病理医 編集ノート-嗅覚はワンちゃんレベル?!共感覚者の病理医

12/29(日)12:07
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  病理医として、日々の研鑽と人材育成のための内外での研修。

  二児の母として、日々の生活と家事と教育と団欒の充実。

  火元組として、日々の編集工学実践と研究と指導の錬磨。

  それらが渾然一体となって、インタースコアする

  「編集工学×医療×母」エッセイ。


 
 後輩のあすみちゃんとはおそらく前世は姉妹だったにちがいない。出張に着ていく服はしょっちゅうかぶるし、笑うツボは一緒だし、ダンナの名前も顔も似ている。それだけでなく、わたしと同様にやたらと鼻が利く。医師になろうと決める前は、調香師を本気で目指していたらしい。くんくんと鼻の穴を動かし、「香水、変えましたか」と訊いてくる。わたしも、院内の廊下に漂う残り香だけで、「あ、脳外科の〇〇教授が通ったな、消化器内科の△△さんの匂いだな」と、香りに特徴のある人物を嗅ぎ分けられる特技を持つ。
 
 培地に生えた細菌コロニーの匂いで菌の種類を同定するのも得意である。お線香っぽい匂いは緑膿菌、じゃがいもみたいな匂いは、クレブシエラ、というように匂いを頼りに様々な菌種を暗記して、臨床検査の専門医試験に臨み、実技入りの細菌検査の試験だけは高得点を獲得した。香りから、コロニーや菌体のカタチが頭の中に鮮やかに浮かび、感染症の原因菌を推定することもできる。実は、臓器にもそれぞれ特有の香りがある。いちばん香りの強いのは脳で、神経のまわりを取り囲む脂質に富んだ髄鞘(ミエリン)に由来する。
 
 我が家の愛犬まるちゃんには負けると思うけれど、わたしたち病理医は嗅覚をはじめとした五感をフル活用して検査に臨む。顕微鏡を覗いているイメージが強い病理医であるが、病理解剖も執刀するし、手術検体からガラススライド用に病変部をサンプリングする切り出しも行う。臓器の硬さを含めた手触りや香りを感じ、それらも細かく記録し、検索を進める。視覚偏重の仕事のように見えて、かなり全感覚を総動員させているようにも思う。


 細胞や組織の形態をみて、この組織、硬いね、というように、視覚からダイレクトに触知的な感覚が想起されることも少なくない。病理医はもしかしたら、共感覚が育てられる専門職かもしれない。ちなみにスキルス胃がんの「スキルス」は「硬性」を意味し、文字通り硬いがんである。切り出し時に実際に胃の壁が厚く肥厚している所見をみることもあるし、顕微鏡下でも、間質組織の多い「硬い組織像」を呈するのがスキルス胃がんである。

 

 千夜千冊541夜『共感覚者の驚くべき日常』にて、シトーウィックは、「科学は体験の全体を構成要素へと分解してしまうが、共感覚とは体験をその全体において提示する方法である」と言う。病理診断の科学的側面は、まさに病変から様々な異常所見を丹念に取り出し、それを分類しながら検討していくことである。病変の構成要素を分解しないと科学的な検証が難しいことも少なくない。特に昨今は、ゲノム医療が進み、肺がんの診断ひとつとっても、実にたくさんの遺伝子異常の項目をひとつずつ検証していくことが求められ、その結果に応じた治療戦略が決められている。しかし、それでその患者さんの肺がんについてわかったかというとそんなことはない。様々なファクターが複合的に関与しているひとつの「がんシステム」において、いくら構成要素に分類する精度を高めようとも、その「アイダ」は埋まらない。要素間の関係性は無数にあり、それを推論する力がひとりひとりの患者さんにベストな診療を提供するうえでは大切になってくる。

 
 だから、共感覚的な側面が病理診断にも必須であるとわたしは信じる。光学顕微鏡では、どんな遺伝子異常をそのがん細胞たちが抱えているかはわからないが、形態の異様さは、遺伝子異常の結果を饒舌に語っている。単一の遺伝子異常の有無だけでは計り知れない説得力を形態が表している。がん細胞の悲哀も感じられるし、それは宿主である患者さんの将来を超部分としてわれわれ病理医に見せてくれるものだ。暴力的なふるまいを見せるがん細胞を顕微鏡下で観察しながら、背筋が寒くなることもよくある。
 
 『共感覚者の驚くべき日常』とあるが、驚くべきことではないのかもしれない。シトーウィックも、最後にこんな仮説を呈示する。「共感覚は理性と情動がもともと共進化したことによって最初からあったもので、どんな人間にもそなわっているものだということである。ようするに共感覚は哺乳類が人類に進化したと同時に発生していたものだということになる」。おそらくどんな職業に携わっていても、全知覚が総動員して何かを感じた、という経験はきっとあるに違いないと思う。それを「長年の勘です、職人としての勘です」と表現しているだけかもしれない。
 
 共感覚を感じた時に、それを言語化する過程で何かが失われているだけなのかもしれない。言語化できないから、自分の共感覚性を認識できていない可能性もあるのではないだろうか。

 顕微鏡を眺めながら、病理診断書に記載する際にこぼれ落ちてしまいがちな「病理医の勘」について、どんなふうに患者さんの治療に活用できるのだろうかと考える。顕微鏡の向こうで不安げにわたしの診断を待っている患者さんに想いを馳せる。
 
 
「共感覚」
 
 視覚情報は強力であり、他の知覚が「死角」となって遮蔽されてしまいがちである。視覚情報を遮断することで、五感が連動されやすくなり、共感覚を取り戻せるかもしれない。

  • 小倉加奈子

    編集的先達:清少納言。病理医で、妻で、二児の母で、同居する親からみると娘、そして師範であり火元組。仕事も生活もイシスもすべて重ねて超加速する編集アスリート。増刷中の近著作『おしゃべりながんの図鑑』の直筆イラストも必見。