ムネモシュネの恩寵 OTASIS 

11/24(日)12:53
img

 『記憶術全史‐ムネモシュネの饗宴』(講談社選書メチエ)という本を数カ月ほど前からずっとデスクに置いてある。著者は西洋美術史やルネサンス思想史を専門とする若手研究者の桑木野幸司氏、昨年(2018年)末に出た比較的あたらしい本である。 

 

 本書を初めて書店で見かけたとき、瞬間的に「放ってはおけない」と感じた。誰もが膨大な記憶容量の電子機器手元に置けるようになったこの21世紀「記憶術」に対して切実な関心をいまどき寄せる人がいるとすれば、「世界記憶力選手権」に挑むような記憶のアスリート、もしくはイシス編集学校の「離」の受講生か指導陣くらいだろう。私こそが読者になるべ本だ! などという妄想に突き動かされてすばやく手に取り、買い物カゴに入れた。あっというまに読み終えたが、ちょうどそのころ第13季「離」が開講したこともあって、その後もずっと参考書として手元におき、機会があれば声文会などの場で千離衆に紹介してきた。 

 

 「記憶術」は、記録メディアとしてもっともプリミティブな紙の調達すらまだまだ困難な古代ギリシア時代、長広舌の弁論を完全暗記するための術として生まれた。建築物のように構造的 “loch(ロキ)”=「場」を設定し、そこに豊かなイメージを賦活しながら言葉や情報をひとつずつ配置し、長編のシナリオや論述を丸ごと暗記するというものである。 

 

 松岡正剛は、この「記憶術」をたいへん重視してきた。「記憶術」がたんなる暗記術ではなく想起術にもなっていること、そのために「場」を重視し、そこにイメージ連想に富んだ情報の結び目をつくっていくこと、それがレトリックの発生や編集の「型」の発生とも連動していたことなどは、「編集工学」や「編集術」の直接的なヒントにもなってきたようだ。 

 イシス編集学校で、入門の段階から「注意のカーソル」を動かすことを徹底指導するのも、記憶と想起のための脳内の「場」を明確に意識させるという意図があるためなのだろう。「離」ではもう少し踏み込んで、イメージ結合=アルス・コンビナトリアとともに「記憶術」を学んでもらうことになっている 

 

 「記憶術」の意義や歴史を学ぶための参考書といえば、何といってもフランセス・イエイツの『記憶術』やパオロ・ロッシの『普遍の鍵』、さらに千夜千冊で採り上げられたメアリー・カラザースの『記憶術と書物』などがあるが、いずれも古本でしか手に入らずしかも大部で高価、なかなか気軽に読めるものではなかった。そんななか、『記憶術全史』はソフトカバーで値段も手ごろ、しかも日本人著者の手によるものなのですんなり読みやすい。 

 

 著者の桑木野氏は本書の方針について、イエイツやロッシが重視したいわゆる神秘主義的・オカルト的記憶術にはあえて深入りせず、ルネッサンス時代に復活して大流行を見た「世俗的記憶術」に焦点をあてたとしている 

 ルネッサンス時代は、印刷術や製紙技術の発達によって、それまでに比べればうんと大量の知識情報に容易に接することができるようになった。それならもはや大量情報を脳内に詰め込む「記憶術」なんか顧みられなくなりそうなのだが、じつはそうではなかった。むしろ、情報洪水に呑み込まれることなく、思考力や発見力を養い自発的に知的生産をしていくため必須のポータブルスキルとして、「記憶術」が再び脚光を浴びたのだ。 

 桑木野氏は、この復興された「記憶術」をルネッサンス時代のビジネススキルに見立てることで、情報洪水に頭の上まで浸りきっているわれわれ現代人に、知的に愉快なヒントを与えようとしてくれているようだ。 

 

 本書のサブタイトルにあるムネモシュネは、ギリシア神話に登場する記憶の女神であり、学芸をつかさどるミューズたちの母とも呼ばれた。バーバラ・ウォーカー『神話・伝承辞典』には「まだ文字のなかった時代に暗記で学んだ聖なる物語を語るとき、誤りを犯さないように助けを求めて、ムネモシュネの名を呼んだ」とある。 

 記憶がなければ、物語も歴史も知識も継承されず、学問も芸術も生まれなかった。編集だって生まれなかった。しからば、ムネモシュネは、隠れた編集の母、世界読書の母でもあろう。なかなか意のままにならない編集を成就させるためにも、ときどきは、ムネモシュネのご加護と恩寵を祈ってみたほうがいいのかもしれない。 

 

 

追記:先だって、古巣の私立大学図書館の司書の皆さんに対して、「記憶と想起」をテーマにしたワークショップをやらせていただいた折り、「記憶術」のおもしろさについてもちょっぴり混ぜてみた。11月9日に開催された感門之盟 第13季「離」退院式では、松岡が「記憶と想起」をテーマにビジュアル資料を駆使した校長校話を披露した。記憶の鍵穴をつぎつぎとひらきながら連綿とアナロジーをつないでいく、「記憶術ライブ」のようだった。 

 


  • 太田香保

    編集的先達:レナード・バーンスタイン。慶応大学司書からいまや松岡正剛のビブリオテカールに。事務所にピアノを持ちこみ、楽譜を通してのインタースコア実践にいとまがない。離学衆全てが直立不動になる絶対的な総匠。

  • ムネモシュネの超克 OTASIS

    私が『記憶術全史』をずっと手元に置き続けてきたのは、じつはいうと「離」のためだけではない。記憶の女神ムネモシュネの薄情ときまぐれを何とか超克したいという、ある悩ましい事情のせいである。この数カ月、ピアノの発表会にむけて […]

  • 千夜千冊交響曲 OTASIS

    年末刊行予定の「千夜千冊エディション」の編集制作が着々と進んでいる。タイトルはズバリ『編集力』。イシス編集学校の必携にすべく、松岡正剛が尋常ならざる気合を込めていることもあって、これまでおおよそ400~420ページを堅 […]

  • 丁々発止の万葉レゾナンス OTASIS

    総勢8人の知者たちが「万葉集」の魅力を好き放題に書き下ろした新書『万葉集の詩性(ポエジー)』がKADOKAWAから緊急出版された。「令和」の提案者として注目を集めている中西進センセイの呼びかけに応じて、ドイツ文学の池内 […]

  • 起承転結に絶句する OTASIS

    文章を組み立てるための基本の型といえば、イシス編集学校では「いじりみよ」。でも世の中では、文章の型といえばまだまだ「起承転結」が圧倒的に優勢だろう。日本人でこの四字熟語を知らない人はほとんどいないはずだと思う。学校で「 […]

  • バーンスタインな日々 OTASIS

    イシス編集学校には、師範や師範代たちがそれぞれ恋情を抱いてきた「編集的先達」を告白しあう文化がある。徹して多情多恋派である私は、3年前はオリエンタリズムの告発者にしてピアノ弾きでもあるエドワード・サイード、2年前はアナ […]