[髪棚の三冊vol.3]エディスト的ブロックチェーン考(情報代謝と価値の流通)4-1

12/22(日)14:13
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[髪棚の三冊vol.3]

デザインは「主・客・場」のインタースコア。エディストな美容師がヘアデザインの現場で雑読乱考する編集問答録。


髪棚の三冊vol.3 エディスト的ブロックチェーン考(情報代謝と価値の流通)
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『エンデの遺言』(河邑厚徳+グループ現代、NHK出版)2000年
『ブロックチェーン・レボリューション』(ドン・タプスコット+アレックス・
タプスコット、ダイヤモンド社 )2016年
『クラブとサロン』(NTT出版)1991年
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■ヒトの生む価値

 

 私が「地域通貨」の実践を初めて取材したのは、まだSNSのようなニューロネットワーク型メディアがブレイクする前夜、2007年のことだった。 
 当時私はタウン誌やローカルFM等のメディアを借りて、サロンに出入りする「人が運ぶ物語」に注目したドキュメンタリー風の情報発信を試みていた。もちろんサロンのブランディングを意識したプロジェクトではあったけれど、経済的なリターンを期待した宣伝戦略の一環というよりは、人と人との交流によって織りなされるセレンディップな価値を時代や社会のなかで描出して行かなくてはならない、という美容師としての切実な危機感に突き動かされた問題提起だった。
 思えば21世紀初頭の2つのディケイドは、等身大のセンスと拡張するイメージの相克だった。もちろん「感性」と「想像」は一繋がりに動くものなのだが、テクノロジーの進展はこれらの連関を必ずしも充実させる方向へ運んではいないように見える。
 美容業界全体を思えば「モノがもたらす恩恵」は重要なファクターなのだが、サロンの現場では「ヒトの生む価値」こそが優先されるべきであるのは言うまでもない。けれどファッションというものは、どうしたってヒトよりもモノへ意識のカーソルが向かいやすい。美容業を商売と割り切るならそれで構わないだろう。けれどそれでは「ヒトの暮らし」をデザインすることには届かない。美容師は、せめてモノの動向とヒトの営みを等距離で俯瞰する視線を常備しておきたい。

 

 さて、日本で「地域通貨」の考えが広まるキッカケとなったのは『エンデの遺言』(1999年/NHK)だった。
 念のため注釈しておくと、エンデとは映画『ネバーエンディング・ストーリー』や『モモ』の原作を書いたファンタジー作家ミヒャエル・エンデのことである。いわば「ドイツの宮崎駿」と言えばイメージしやすいだろうか。
 エンデは物語の力を借りて、今はまだ目に見えないけれど将来直面するであろう人類の危機を問うた。「危機」と言っても核戦争による人類滅亡のようなハリウッド的終末論ではなく、先進工業国が当たり前に享受している生産と消費を「成長の強制」だと痛罵し、資本主義社会を支える金融構造に異議を申し立てたのだ。
 現代における通貨には1)交換の媒体、2)価値の尺度、3)価値の保存、4)投機的利益の道具、5)支配の道具、などの機能が混在している。これをエンデは「例えばパン屋でパンを買う購入代金としてのお金と、株式取引所で扱われる資本としてのお金は、二つの異なった種類のお金である」と喝破した。
 お金自体が商品として売買されると、その価値はグロテスクに自己増殖して行く。いったいその価値はいつ、どこで、誰が負担しているのか?これは何かの犠牲を伴う黒魔術である。このままお金を求め、使い続けるのなら、やがて人間は自然から手酷いしっぺ返しを受けるだろう。
 エンデのこのラストメッセージがNHKによって報道されるや、各地で「地域通貨」「老化するお金」といった考え方に基づく実践的な試みが雨後の筍のように萌芽して行った。

 

 

 湘南茅ヶ崎エリアの有志によって運営されている地域通貨「ビーチマネー」(https://beachmoney.jp)は、地域の環境美化のための労働奉仕を経済的な価値の創出と結びつけるエコロジカルな取り組みだ。海岸清掃の折にゴミに紛れて拾われる七色のビーチグラスを、地域に呼びかけて協力店を募って割引クーポンのような機能を持たせている。ローカルサーファーの堀直也くんが、海と人と店を繋ぐために尽力した。
 ビーチマネーは、どちらかといえばビーチクリーンや地域内交流の活性に重きを置いた啓蒙キャンペーンだ。流通規模が限定されていることもあって、通貨としての機能が脆弱であることも否めない。けれど、エンデの言う「黒魔術」とは反対のベクトルを指向する点でユニークな試みだと言えるだろう。
 何しろ原資は資本主義社会が廃棄したゴミなのだ。金や石油やダイヤモンドのように自然界の希少資源を消耗させることはないし、いつか海岸廃棄物が一掃されれば新規の通貨発行は停止されるからインフレも起こらない。何よりも「Think globally, act locally」を実践しようとする営為そのものが「ヒトの生む価値」に他ならないだろう。

 

 ところが問題は、この「ヒトの生む価値」がしばしば「ヒトの求める価値」とすれ違うことにある。
 人間の営みは誰にとってもどんな場面でも絶対的に尊いのだが、その労力は客観的に計測、計算されない限り資本価値としては計上されない。まして私たちの多くは7世代先の不確かな未来へ投資するよりも、目の前の生活の安定や向上を優先しがちである。
 それでも湘南のビーチマネーがささやかながらも付加価値を生んでいるのは、そこに投機的な利益が見込める金融市場があるからではない。「海岸清掃に奉仕してくれてご苦労さま」という純粋なねぎらいの想いを、共同体のなかで分散しながら共有しているからである。つまりビーチマネーが媒介しているのは商品やサービスなどの資本価値ではなく、人によって判断基準の異なるような、ナイーブで不定形の価値なのだ。
 このような儚くて地味な、けれど豊かで多様な価値を、私たちは社会の中でどう評価して行ったら良いのだろう。そのとき、どんな評価システムが有効なのだろう。そうしたスコアリング問題への回答が「次世代の通貨」には求められている。

 

 

[髪棚の三冊vol.3]エディスト的ブロックチェーン考
1)ヒトの生む価値
2)価値の測り方
3)情報リテラシーの作法
4)情報から価値を生む


  • 深谷もと佳

    編集的先達:最相葉月。自作物語で朗読ライブ、ブラonブラウスの魅せブラ・ブラ。レディー・モトカは破天荒な無頼派にみえて、人情に厚い。趣味は筋トレ。編集工学を体現する世界唯一の美容師。