ハイパープランニングに”ニーズ”はあるか? hyo-syoちゃんねるvol.8

2023/02/03(金)14:10
img NESTedit

「破」はただの学校ではない。

 

「破」の方法にこそ、

編集を世界に開く力が秘められている。

 

そう信じてやまない破評匠ふたりが、

教室のウチとソトのあいだで

社会を「破」に、「破」を社会につなぐ編集の秘蔵輯綴。


 

4か月にわたり、さまざまな文章を書く鍛錬を続けてきた49破も残り10日しかない。学衆たちはここまでに培った力を総動員して、「プランニング編集術」という破の奥座敷に坐すカリキュラムに挑んでいる。テーマは「ハイパーミュージアム構想」。しかし、ハイパーとはいったいどういうことなのか。そこが悩みどころである。

 


評匠Nも、いつも悩む。ミュージアムに足を運んで、悩む。

 

いかにも東京ならではの、淡青の空が晴れ晴れと広がった1月2日、評匠Nは上野の東京国立博物館にいた。長谷川等伯の松林図屏風を観に行ったのだ。

 

素晴らしい画である。当たり前だ。ん?だが、それは本当に見ているのだろうか?私はほんとうに素晴らしいと思っているのだろうか。松林図屏風に限らず、美術館や博物館に行くといつも、このあまのじゃくな問いに悩まされる。

 

ネットでは、松林図屏風にこういう解説が載っている。

・等伯の代表作で近世水墨画の傑作である。
・画面全体に霧が立ちこめ、左隻の松林は右端の雪山まで奥深く続き、右隻では向かい合った林がたがいに傾いて地面の起伏を暗示する。
・ひんやりとした霧の中を歩いていると黒い影が現れ、松林に囲まれていて、かすかに山の頂が望まれる。
・一瞬の体験を永遠にとどめたような、静まり返った光景は、わびの境地ともいえる世界である。
・等伯が私淑した中国・南宋時代の画僧牧谿の、自然に忠実たろうとする思想と水墨技法が、日本で到達し得た希有の例である。(「e国宝」サイトの解説より抜粋)

 

格調高い解説だ。何度かこの画を見てきたし、等伯にまつわる本も読んだから、教養あるいは知識としてこの内容はよくよくわかっている。実物を見て、それを確認して悦に入るスノビズムも正直に告白すればないわけではない。

 

しかし、それではまるで松林図屏風を観たのではなく、自分の知識を確かめただけではないだろうか?あるいは解説を書いてくれた学芸員の知識を確認しただけではないか?だが、ミュージアムとはそんなことのためにあるのではないはずだ。この既成名作概念にとらわれずに、ほんとうに、自由に見ることは、楽しむことはできないのだろうか。そのためには何をすればいいのだろうか。

 

読者のなかにも、美術館や博物館で、そういう迷宮に入り込んだ人もいるはずだ。自分が好きで、いや「数寄」で選んだものこそ、既成概念にとらわれずに自由に楽しむことができるかどうか。そのためのルーティーンを持っている人も多いだろう。

 

このことは名作名画に限らない。たとえば「コップ」というものに、私たちは既成概念を持っている。だが編集稽古によってその既成概念を脱して、多様な可能性を示唆しうることは学ぶことができる。「たわし」でもできる。「扇子」でもできる。「鉛筆」でもできるだろう。既成概念を脱することには名作もたわしも関係ない。

 

さて、「プランニング編集術」のお題は、ハイパーミュージアムをプランすることである。立場は観客の反対側だが、ぜひ、そのようなあまのじゃくな悩みを抱えた観客が自由に楽しめる、既成概念を離れてモノを見ることができるミュージアムを考えるのだ。

 

クライアントのニーズに応えるだけのプランはつまらない、と「プランニング編集術」では指南が飛ぶ。だが、どんなニーズに応えるべきかを敢えていうならば、既成名作概念、既成モノ概念を脱したいと願っている来館者の、自由に、ほんとうに、心ゆくまで見たいと思っているニーズだ。これはビジネスの尺度だけでは測れない。その高度なニーズに応えられるか。結果は突破日に、そして3月18日・19日の感門之盟「P1グランプリ」で決まる。

  • 中村羯磨

    編集的先達:司馬遼太郎。破師範、評匠として、ハイパープランニングのお題改編に尽力。その博学と編集知、現場と組織双方のマネジメント経験を活かし、講
    座のディレクションも手がける。学生時代は芝居に熱中、50代は手習のピアノに夢中。

  • 50破知文術の新たなる生態

    「破」はただの学校ではない。   「破」の方法にこそ、 編集を世界に開く力が秘められている。   そう信じてやまない破評匠ふたりが、 教室のウチとソトのあいだで 社会を「破」に、「破」を社会につなぐ編 […]

  • 50破セイゴオ知文術へ、”全集中”はじまる。 50破hyo-syoちゃんねるvol.1

    「破」はただの学校ではない。   「破」の方法にこそ、 編集を世界に開く力が秘められている。   そう信じてやまない破評匠ふたりが、 教室のウチとソトのあいだで 社会を「破」に、「破」を社会につなぐ編 […]

  • P1グランプリ迫る! 審査員発表!

    3月19日、感門之盟「律走エディトリアリティ」の2日目に開催される49破P1グランプリ。出場する3教室は、フィギュアをテーマにした「ちちろ夕然教室」、はさみをテーマにした「まんなか有事教室」、そしてほうきをテーマにした「 […]

  • クロニクルの力、物語の瀬を渡る hyo-syoちゃんねるvol.6

    「破」はただの学校ではない。   「破」の方法にこそ、 編集を世界に開く力が秘められている。   そう信じてやまない破評匠ふたりが、 教室のウチとソトのあいだで 社会を「破」に、「破」を社会につなぐ […]

  • 破、ハイパー!破、ブラボー! hyo-syoちゃんねるvol.5

    「破」はただの学校ではない。   「破」の方法にこそ、 編集を世界に開く力が秘められている。   そう信じてやまない破評匠ふたりが、 教室のウチとソトのあいだで 社会を「破」に、「破」を社会につなぐ […]

コメント

1~3件/3件

川邊透

2025-06-30

エディストの検索窓に「イモムシ」と打ってみたら、サムネイルにイモムシが登場しているこちらの記事に行き当たりました。
家庭菜園の野菜に引き寄せられてやって来る「マレビト」害虫たちとの攻防を、確かな観察眼で描いておられます。
せっかくなので登場しているイモムシたちの素性をご紹介しますと、アイキャッチ画像のサトイモにとまる「夜行列車」はセスジスズメ(スズメガ科)中齢幼虫、「少し枯れたナガイモの葉にそっくり」なのは、きっと、キイロスズメ(同科)の褐色型終齢幼虫です。
 
添付写真は、文中で目の敵にされているヨトウムシ(種名ヨトウガ(ヤガ科)の幼虫の俗称)ですが、エンドウ、ネギどころか、有毒のクンシラン(キョウチクトウ科)の分厚い葉をもりもり食べていて驚きました。なんと逞しいことでしょう。そして・・・ 何と可愛らしいことでしょう!
イモムシでもゴキブリでもヌスビトハギでもパンにはえた青カビでも何でもいいのですが、ヴィランなものたちのどれかに、一度、スマホレンズを向けてみてください。「この癪に触る生き物をなるべく魅力的に撮ってやろう」と企みながら。すると、不思議なことに、たちまち心の軸が傾き始めて、スキもキライも混沌としてしまいますよ。
 
エディスト・アーカイブは、未知のお宝が無限に眠る別銀河。ワードさばきひとつでお宝候補をプレゼンしてくれる検索窓は、エディスト界の「どこでもドア」的存在ですね。

堀江純一

2025-06-28

ものづくりにからめて、最近刊行されたマンガ作品を一つご紹介。
山本棗『透鏡の先、きみが笑った』(秋田書店)
この作品の中で語られるのは眼鏡職人と音楽家。ともに制作(ボイエーシス)にかかわる人々だ。制作には技術(テクネ―)が伴う。それは自分との対話であると同時に、外部との対話でもある。
お客様はわがままだ。どんな矢が飛んでくるかわからない。ほんの小さな一言が大きな打撃になることもある。
深く傷ついた人の心を結果的に救ったのは、同じく技術に裏打ちされた信念を持つ者のみが発せられる言葉だった。たとえ分野は違えども、テクネ―に信を置く者だけが通じ合える世界があるのだ。

山田細香

2025-06-22

 小学校に入ってすぐにレゴを買ってもらい、ハマった。手持ちのブロックを色や形ごとに袋分けすることから始まり、形をイメージしながら袋に手を入れ、ガラガラかき回しながらパーツを選んで組み立てる。完成したら夕方4時からNHKで放送される世界各国の風景映像の前にかざし、クルクル方向を変えて眺めてから壊す。バラバラになった部品をまた分ける。この繰り返しが楽しくてたまらなかった。
 ブロックはグリッドが決まっているので繊細な表現をするのは難しい。だからイメージしたモノをまず略図化する必要がある。近くから遠くから眺めてみて、作りたい形のアウトラインを決める。これが上手くいかないと、「らしさ」は浮かび上がってこない。