編集かあさんvol.18 おせちのクワイ

2021/01/22(金)10:13
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「子どもにこそ編集を!」
イシス編集学校の宿願をともにする編集かあさん(たまにとうさん)たちが、
「編集×子ども」「編集×子育て」を我が子を間近にした視点から語る。
子ども編集ワークの蔵出しから、子育てお悩みQ&Aまで。
子供たちの遊びを、海よりも広い心で受け止める方法の奮闘記。



 2020年のチャレンジ野菜

 「あのジャガイモみたいな、茶色くて、芽みたいなのが飛び出してる野菜」。おせち料理に入っているものといえば? お正月を振り
返る作文を一緒に書いている時、長女(7)に尋ねると、黒豆の次にクワイがでてきた。
 今年のおせち作りでもっともスポットライトがあたったのがクワイだった。始まりは2019年の年末。植物が好きな長男(13)が、2020年はクワイを育ててみるといい、スーパーで買ったものから良さそうなものを種芋として土の中に保存したことだった。
 いつ植え付けるか、どんな土がいいのか。栽培マニュアル本は見つからず、ネットで情報を探す。まとまっているサイトはなく、家庭菜園ブログ、大阪の地場野菜になっている吹田クワイのPRサイトや取材記事など、あちこちにあたる。ファーマーズマーケットの農家さんにもちょっと話を聞く。
 栽培化されるまえの雑草オモダカの生態もあわせて考えると、どうも水田そのものが適しているらしい。バケツに水をはって泥づくりから始めた。
 5月1日、植え付け。一週間ほどして水面からポツンと芽が頭を出した。「尖ってる!」。おせちの食材は生きていたのだった。
 茎が伸び、葉が開いた。切れ込みが鋭い。他の野菜にはない涼しげな立ち姿は目に美しく、梅雨の長雨の中でもっとも元気そうであった。
 盛夏、茎や葉だけでなく水中にも茎を伸ばしはじめる。
「この先にたぶんクワイの食べるところができるんだな」。
 集めた情報と照合しながらあれこれ予想する。すぐに確かめられないのが根菜系の野菜に特有のおもしろさだ。 

 

クワイの芽

勢いよく伸びる地下茎

 

 アメリカでクワイ?

「英語版ウィキペディアにもクワイ載ってた」。
 いつ収穫したらいいのかなど、継続して調べているうちに海外のサイトまで見るようになっていた。
 えっ、アメリカでクワイなんて栽培されてるのかな。でも無かったら、アメリカ在住の人、おせちにクワイを入れられないよね。これまで考えたことのない問いに一気に連想エンジンがフル回転する。
「日本のウィキペディアと写真も違うし、記事量も少ない」。一緒に見ると別名arrowheadとなっている。直訳すると「矢じり」。庭のクワイの葉を見れば、まさに矢じり型で腑に落ちた。
 学術的にはSagittaria sagittifoliaと呼ぶらしい。サジタリア。サジタリウスといえばいて座である。これも矢のイメージとつながっているようだ。

 

キツネの顔にも見えるクワイの葉


 ウィキペディアの歩き方については私よりも心得ていて、23か国語でクワイのページがあるとぱっと見て把握し、これは少ないほうだから「やっぱりマイナーな言葉なんだと感じた」と言う。
 スペイン語、フランス語、アラビア語などもざっとクリックして見てみるが、編集途中だったりして充実しているとは見えなかった。各国で少しずつ写真が違うのは、注意のカーソルの違いを示しているようだ。
 日本のページで焦点があたっているのは可食部の塊茎だが、欧州のページでは花の写真が多い。鑑賞用であるという記述もあった。
 「今育ててる日本のクワイと同じ種についての記事かどうかも、不確かなところがある」と長男はどこまでも慎重である。
 庭のクワイには花が咲かず、比較して確かめることはできなかった。

 

 

 収穫し、食べる

 クワイの葉は意外なことに秋、黄葉した。そして自然に枯れていった。
 食べる日はお正月と決まっている。ではいつ収穫すればいいのか。あれこれ考えて、12月14日に掘り出すことに決めた。
 芽を折らないように気をつけながら泥の中を探すと、塊茎が7つ出てきた。「青いね」。青色が鮮やかな野菜はめずらしい。クワイ・ブルーと名づけた。

 

収穫

泥をぬぐうと鮮やかな青色


 大晦日、調理にあたって重さを計ってみた。46グラム。種芋が約18グラムだったので半年かけておよそ28g増えたことになる。これだけでは少ないので、買ったものとあわせて煮物にした。
 味見すると、ホクリとした歯触りで、独特のほろ苦さが後から来た。広島産のものと比べて味は遜色ない。育ててみて、それほど手間のかからない野菜であることがわかった。
 もしかしたら大昔はもっと普通に食べられていたのかもしれないという仮説が浮かぶ。サツマイモなどの美味しい芋が他の国から入ってきて、いつしか食べられなくなった。でも飢饉など、いざという時にはこれも食べられるのだという知恵を伝承するために、「芽が出る」という縁起担ぎが考案され、おせちに入れられ続けているのかもしれない。おせちは情報の箱舟だったのだ。
 カズノコって魚の卵なの、どうして食べるの? 長女が尋ねてくる。マメにっていうけどなぜ大豆じゃなくて黒豆なんだろうと大人も新たな問いを思いつく。おせちの中身は毎年ほとんど変わらないけど、話す内容は少しずつ変わっていく。

 

46グラムをおせちに


  • 松井 路代

    編集的先達:中島敦。2007年生の長男と独自のホームエデュケーション。オペラ好きの夫、小学生の娘と奈良在住の主婦。離では典離、物語講座では冠綴賞というイシスの二冠王。野望は子ども編集学校と小説家デビュー。