編集かあさん 「深い学び」とオンライン

05/29(金)09:19
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ダイコンの花

「子どもにこそ編集を!」
イシス編集学校の宿願をともにする編集かあさん(たまにとうさん)たちが、
「編集×子ども」「編集×子育て」を我が子を間近にした視点から語る。
子ども編集ワークの蔵出しから、子育てお悩みQ&Aまで。
子供たちの遊びを、海よりも広い心で受け止める方法の奮闘記。


 箱を開けると、ダイコンは3本入っていた。

 なかほどが少しふくれた、上から下まで白いダイコンが2本、赤くて短いダイコンが1本。
 関西ではなかなか手に入らない白首ダイコンの一つである三浦大根を埼玉県の「ほたるファーム」さんに注文したのだが、やや旬が過ぎていたので2本おまけしてくださったのである。

方領大根、茜山三月大根、三浦大根

 

 白いののもう一本は「方領大根」、赤いのは「茜山三月大根」と書いてあるよと長男(12)と声をかけると立ち上がって見にきた。それから「方領大根、この間、本で読んだかも」と、本棚から『日本の品種はすごい うまい植物をめぐる物語』(竹下大学著、中公新書)を出してきた。

 えっ、知ってたの?


「ほとんど絶滅したって本には書いてあったから、届いてびっくりした」と本を開く。確かに「第六章 ダイコン―遺伝子の想像を超えた品種たち」の小見出しに、尾張大根、宮重大根と並んで方領大根と書かれている。

『日本の品種はすごい』(竹内大学著、中公新書)

『日本の品種はすごい』(竹内大学著、中公新書)

 

 次の晩、方領大根を煮ものにして食べた。青首ダイコンより繊維が目立たず、甘くしっとりした食感で美味しい。では、なぜ白首ダイコンがすたれてしまったのか。

 本を開く。結節点になったのは1979年に本州を襲った巨大台風だった。特に三浦大根の産地の被害が甚大で、苗が全滅してしまったのである。現金収入を確保するために、イチかバチかで青首ダイコンを蒔いてみることになった。青首ダイコンは海水を被った土でも育ち、農家の危機を救った。生育がはやく、中ぶくれしていない形状ゆえに収穫作業が格段に楽だということ、段ボールに詰めて運搬しやすいという評判が一気に広まり、切り替えが一気に進んだのであった。さらに、種苗会社によってウィルス耐性を持つ品種が開発されたことが決定打になった。

 

 ダイコンについてもう一つ、目を引くトピックスが書かれていた。
 2014年は平安時代からずっと生産量トップだったダイコンが、キャベツにその座を譲ったのである。洋食の広まり、とりわけ漬物需要の激減が背景にある。種苗に関わる人たちにとっては「ついに」という思いで受け止められた、日本野菜史に刻まれる出来事だった。

 長男は小3ごろから小6に至るまで、さまざまなダイコンの長さや重さを計測したり、種から育てて記録をつけたりしてきた。相当、知識を持っているということはわかっていたが、方領大根が届かなければ、学びがここまで深まっていることに気がつかないところだった。
 
 もう一本のおまけ、茜山三月大根はサラダにした。すぐ検索してみたらしい。「種苗屋さんのページ以外は詳しい情報がほとんど出てこなかった。かなり珍しいダイコンみたい。どうして育てようと思い立ったんだろう」と想像をめぐらせていた。

小3の時に作っていた「日刊やさい新聞」と「毎日植物」

 

 ダイコンを送ってくれたほたるファームさんは、長男のオンラインの「先生」でもある。
 1年前、長男の植物好きぶりを知っている知人が、野菜に興味を持ち始めた子ども達と長男を引き合わせ、農家アドバイザーと”ナナメの関係”の大人スタッフが見守る「フリーバードキッズ・オンライン植物栽培部」を立ち上げてくれたのだった。

 プラットフォームとして選んだのはビジネス向けチャットアプリのSlackである。
 長男はすぐにSlackに慣れ、自分で進めている日々の栽培記録を掲示板にアップしはじめた。他のメンバーから質問が上がると、過去の記憶を呼び起こしたり、新たに調べたりしながら、熱心に「回答」を書く。


フリーバードキッズ・オンライン植物栽培部に投稿したダイコン(耐病宮重)収穫レポート

 

 5月半ば、オンライン植物栽培部のズームミーティングがあった。
「これから何を育てる?」
「育てる場所はプランター、それとも庭?」
「セージは育ててるからあとで掲示板にアップします」
モニターにはほとんど写ろうとはしなかったけれど、ほたるファームさんや初参加だった同世代の子と1時間ほどおしゃべりを交わす。
  
 チャットやオンライン会議では、対等な一員としてインタースコアできるんだ。
                               
 「先天的な脳の偏りのために人と話すのが苦手である」と診断され、長男自身もそのように自覚してきた。小学校では多くのシーンで「みそっかす」で、少しずつ授業を離れ、興味の赴くままに「遊びと学び」に没頭してきた。
 大量にインプットし、実験や観察に明け暮れた3年間を経て、今は、「書きたい」「話したい」時期に入っているらしい。

 ごく幼いころから編集学校の門前の小僧であり、子ども編集学校の「実験株第一号」であったことも、起爆した要因の一つであったと思う。


 いま、コロナウィルスが覆う世界で、教育界ではオンライン学習の必要性が叫ばれている。

 長男のダイコンをはじめとする植物の探究は学校にも「新聞」の形で提出していたが、先生とのインタースコアはもどかしいものがあった。「教科書に載っていないこと」についてどう扱っていいのか、共有されていないようだった。

 「深い学び」には「外」の風がいる。
 
 オンライン学習は、教科書の枠をやすやすと突破し、空間の制約を超えてリアルな「興」をつなぐことで、「深い学び」を起こす可能性を十分に秘めている。
 この機能は、もともと「本」が担っていたものだった。

 松岡正剛校長は『深い学びをつくる 子どもと学校が変わるちょっとした工夫』(キエラン・イーガン、北大路書房)の帯に、「広いだけじゃだめだ。深くさせなさい。」という言葉を寄せている。

 つい先日は、民間の理科教室の見学に行ってきた。長男は、オンラインだけではなく、リアルな場でもずいぶん話せるようになってきた。子どもと理科と社会をつなごうとする若い塾長の姿は清々しかった。

 広大無辺な知識世界に触れ、そもそも知識とはなんであるかを感得する「深い学び」だけが、多様な神経系を持つ成員どうしのインタースコアを可能にし、難問にむかう基礎になると確信している。
 
○○編集かあさんの読んだ本

『深い学びを作る 子どもと学校が変わるちょっとした工夫』(キエラン・イーガン、北大路書房)

『深い学びをつくる 子どもと学校が変わるちょっとした工夫』
キエラン イーガン 著、高屋 景一、佐柳 光代 翻訳

 「深い学び(Learning in Depth=LiD)」を提唱している中心人物が、カナダの教育学者であるキエラン・イーガンです。【千夜千冊1540夜】

 『深い学びをつくる』で、イーガンは「この提案は、成績不振者にこそ有益な影響をもたらす可能性がある」と述べています。
 イーガンによれば深い学びは学校で行われるものです。また、題材は子どもが選ぶのではなく、予め検討されたテーマの中から学校が選び、保護者参加のセレモニーの場で子どもに授けられます。
 子どもは小学校低学年から高校生になるまで、与えられたテーマを深めて、ポートフォリオの作成を進めます。教師は段階に応じた適切な助言を行います。
 LiDは、既存のカリキュラムにプラスして行われるもので、標準的な学習を促進する効果もあるとイーガンは述べています。

 この稿で書いた「深い学び」は、家庭を中心に行われたものであり、学びを深める対象は子ども自身が決めているので、イーガンのLiDとは異なっている面もあるということを付け加えておきます。


  • 松井 路代

    編集的先達:中島敦。12歳の長男と独自のホームエデュケーション。6歳の娘、夫と奈良在住の主婦。離では典離、物語講座では冠綴賞というイシスの二冠王。野望は子ども編集学校と小説家デビュー。

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