[週間花目付#014]「冒険」とは

2021/06/01(火)21:39
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週刊花目付

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■2021.05.25(月)

 

 35[花]の言語密度が高まってきた。1投稿あたりの振り返り量は31[花]以降では最大量を計測している。このスコアは、思考量を擬似的に測定していると見てよいだろう。ことば漬は思考漬なのである。

 

 花Q林では、加藤めぐみ錬成師範がカリントウの次鋒に立って、「不足」を巡るシソーラスの探究と波及を入伝生に迫っている。
 必要が発明を生むように、不足は編集を起動させる。ならば不足は編集の父なのか母なのか? あるいは充足とは何なのか? 過剰さはどう扱うべきなのか?

 

 Qは言葉によって運ばれ、転がりながら思考を加速させて行く。イシスならではの対話のクオリティとベロシティに、どうか存分にんでいただきたい。

 


■2021.5.26(火)

 

 「編集は冒険である」。イシスではお馴染みのアフォリズムなのだが、どうも冒険者にとってのカマエばかりが強調されて流布しているように見えて気になっている。すなわち、冒険をサポートする側の視点が置き去りにされているように感じるのだ。


 いや、もちろん冒険がサポートされていない訳ではない。むしろ編集冒険を手厚くサポートするのがイシスの校風なのだし、支援のための方法も持っていて、それを教室では師範代が実践している。冒険を結ぶ3M(メッセージ/メディア/メソッド)やルル(ルール/ロール/ツール)は、一通り揃っているのだ。
 だが花目付として後方支援を担いながら思うのは、冒険者が心置きなく「編集を冒険する」へ向かうためには、支援者が「冒険を編集する」作業がまだまだ十分ではないことについての焦慮ばかりだ。

 

 さて、編集冒険は冒険者の卒意と勇気に委ねるとして、冒険編集の用意と兵站はどう考えたら良いだろう。

 

 考え方の方向性としては、上の論旨と矛盾するようだが冒険者と支援者を区別すべきではないのだろう。支援者こそが冒険編集を編集冒険しなくては編集の躍動は見込めない。
 「冒険」とは、意識やカマエの問題ではなく、冒険そのものを自己とするシステムと見るべきなのだ。

 

オートポイエーシス・システムは産出するプロセスそのものなのだから、階層をつくる必要がない。階層ではなくて「プロセスのネットワーク性」があるばかりなのだ。それでいい。

千夜千冊1063夜『オートポイエーシス』

 


■2021.05.28(木)

 

 何であれ「冒険」には負荷がつきものである。負荷が過ぎれば事故が起きるが、それが適切なシステムであればフィードバックが働く。
 このときフィードバックの働きは、事故を回避させるばかりではなく、システムが作動し続ける場合のあらゆる別様の可能性へ通じている。

 

 つまりこういうことだ。風が吹けば冒険がはじまるのである。

 

〈IF〉冒険に挑む → 〈THEN〉何らかの負荷が生じる
〈IF〉負荷が生じる → 〈THEN〉何らかのフィードバックが働く
〈IF〉フィードバックが働く → 〈THEN〉別様の可能性が示される
〈IF〉可能性が示される → 〈THEN〉いくつかの選択肢が見出される
〈IF〉選択肢が見出される → 〈THEN〉選択肢を識別する
〈IF〉選択肢を識別する → 〈THEN〉識別して実行する
〈IF〉別様の可能性を実行する → 〈THEN〉新たな冒険が始まる

 

 上記のプロセスのうち、選択肢を見出して識別する際の感覚が測度感覚(メトリック)だ。
 選択肢は予め明かされている場合もあれば、伏せられている場合もあるだろう。可能性を偶然に発見する場合もあれば、試行錯誤して発掘しなければならない場合もあるはずだ。
 また、選択肢を識別する行為自体も冒険のプロセスなのだから、このシステムにおいて一切の正誤判定は無効である。

 

選択肢と測度感覚

 

選択肢と測度感覚

測度感覚をもって対象を観察する行為は、何らかの尺度をもって対象を分節する編集作業に他ならない。そこで得られた情報単位は、次のステップで系列化され、意味や価値を纏ってマネージされて行く。

 

 

■2021.05.28(金)

 

 [花]の裏舞台で、次週の指導計画の打合せが進んでいる。式目演習の4週目は「マネージメント」がテーマだ。花目付からは、先ず担当師範がマネージメントを率先垂範するように注文をつけている。

 

 なにも気の利いた言葉を用意しなくても構わない。トリッキーな策を弄する必要もない。機に応じて、場に応じて、演習の着地点をイメージし、問いによってプロセスをマネージすること。
 型の実践は、指導する側に立ってこその稽古なのだとしみじみ思う。学んでいるうちは型そのものが不如意なのだから。

 


■2021.05.29(土)

 

 職場で不遇を託っている友人の愚痴につきあった。能力を正当に評価されない場合、えてして善良さは邪悪さへ転じやすい。「評価」には生殺与奪を超える潜在力がある。彼女の不遇や不幸は他人事ではない。

 

 これはとっくに方々で言挙げされていることだけれど、社会は「評判」ではなく「評価」をこそ育むべきなのだ。
 では「評価する」とはどういう行為かと言えば、価値の描出であり、意味のマネージメントなのである。つまりそれはエスタブリッシュな批評や評論に委ねるべき作業ではなく、居心地の良いもてなしや、慈悲深い傾聴や、辛抱強い見守りとして表象されたって良いはずなのである。

 

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  • 深谷もと佳

    編集的先達:最相葉月。自作物語で朗読ライブ、ブラonブラウスの魅せブラ・ブラ。レディー・モトカは破天荒な無頼派にみえて、人情に厚い。趣味は筋トレ。編集工学を体現する世界唯一の美容師。

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