vol.01嚥下【言語聴覚士ことばのさんぽ帖】

2022/05/03(火)08:33
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 「話す」「聞く」「食べる」。

 私たちに綿々と受け継がれ、なんとはなしに行われてきた行為たち。

 あらためて注意のカーソルを向ければ、どんな景色が見えてくる?

 「私」という自然へと、散歩にでかけてみましょう。


 

 今年も桜が足早に賑わい、心鮮やかな春が過ぎていく。
 陽気な日差しに誘われ出た散歩道、私は奇妙な光景と出逢った。商店街の店の軒先に、小さな傘が開いたまま逆さに釣り下げられているのだ。一軒ではない。ほとんどの店で傘は同じに垂れていた。珍妙な景色に、しばし立ち止まり首を傾げる。白昼のミステリーは、しかしながら、案外すぐに解決へと至った。目の前を小さな飛行体が過ぎたのだ。
 
 つま先立ちに傘の内に隠された空間を覗く。そこには果たして土色の巣から主が顔を覗かせていた。
 ――燕だ。他の店も確認する。視線の先、もれなく巣は見つかった。なるほど。この傘は、雛が巣から落っこちても安全なよう受け皿の役割をしているのだ。くわえて通行人への糞除けといったところだろうか。いずれにせよ縁起がいいといわれる彼らは歓迎すべき客人なのだろう。
 店主たちのアイデアに感心しいしい覗いた一つから燕が勢いよく飛び立った。思わず姿を追って仰いだ先、青い空がどこまでもつづいていた。

 燕は、雉や鶯に続き春を告げる。季節の分類である七十二候でも、四月は燕の飛来に幕を開ける。即ち「清明」の初候「玄鳥至」だ。この「玄鳥」が、ツバクロとも呼ばれる燕を指す。言わずと知れた渡り鳥で秋には南方へと発つが、私たちのアタマのなかには季節を問わず住みついているようだ。その証拠は、辞書に残されている。

 

 「燕尾服(エンビフク)、燕子花(カキツバタ)、燕返し(ツバメガエシ)…」
 礼装、草花、身の翻し。私たちが燕のあらゆる《要素・機能・属性》を見立てに拝借していることがわかる。彼らは人の記憶に戯れ、随分と編集心をくすぐる存在らしい。
 そして言葉の森で彼らの営巣を観察するうち、興味深いものが見つかった。みなさんは「嚥下」という言葉をご存知だろうか。

 「嚥下(エンゲ/エンカ)」とは、いわゆる飲み込みのことだ。
 見ての通り「嚥」に燕が憩い、この漢字一字でも「飲み込む」という意味を持つ。餌を求める子燕の喉からの連想か、はたまたその飛行速度と咽頭通過の素早さを重ねたのか。想像を巡らせ漢字の成立ちを調べるも、燕との関係は明示されない。

 さらに興味深いのは、この飲み込みと燕の邂逅が日本に留まらないことだ。英語においても「swallow=飲み込む=ツバメ」と二者は同じ場所にいる。こちらは二つの語源が異なり、偶然の一致という。
 洋の東西を跨ぐ奇妙な符合に、この鳥の喉元の朱がいっそう輝きを放つ気配がした。

 

 さて、ここで自己紹介をさせて頂こう。

 私は駆け出しの主婦であり、未熟な言語聴覚士である。言語聴覚士とは聞きなれぬ方もおられるだろうが、簡単に説明すると「話す」「聞く」「食べる」といった機能に対し必要な支援を行う専門職である。先の「嚥下(飲み込む)」についても評価や訓練を行ったりする。

 言語聴覚士となって最も驚いたことは、「食べる」や「話す」といった当然の行為がいかに未知であるかだ。
 例えば「飲み込む」を例にとると、まず私たちは一日に六百回ほど嚥下を繰り返している。さらに、特段意識にものぼらないこの行為は、実は、口腔や咽喉頭といった種々の器官による巧みな連携プレーに成り立っている。
 試しに、その連携を体感する手立てをいくつか示してみよう。
 以下の状況を想定し、実際に少量の水や唾液を飲み込んでみてほしい。(※くれぐれも無理はなさらずに。)

  Case1.口をとじ「ない」で飲み込んでみる
  Case2.舌を動かさ「ない」で飲み込んでみる
  Case3.首を天井に向け(=前や下を向か「ない」で)飲み込んでみる

 どうだろう。いつもとは違う厄介な嚥下を体験されたのではないだろうか。同時に、スムーズな飲み込みには唇や舌といった器官がそれぞれの動きで連携する必要があることを、なんとなくお分かりいただけただろう。
 何百万回と繰り返してきた自身の行為であっても、「注意のカーソル」を向けてみて、あるいは「ないものフィルター」を通して初めて気付くことがある。どうやら身近な当たり前ほど未知の温床となり、注意深く観察してみる価値があるようなのだ。

 そこで、ここでは言語聴覚士の端くれである筆者が、私たちの「話す」「聞く」「食べる」といった行為に改めて注意のカーソルを向け、徒然に書き記してみようと思う。
 最大の特徴は専門知識からおおいに道草を食うことだ。今回のように人以外の鳥や自然にも目を向けるだろう。しかし、空飛ぶ燕は私たちに季節を刻み、新たな言葉へと溶け込んでいた。自然は私たちの背景であり、私たち自身でもある。そう考えると、「私」を知るのに自然に立ち遊ぶことは全くの無為ではないだろう。

 試みは幻惑に終わるかもしれない。でも、気まま心で散歩に出てみよう。道すがら見つけた傘を覗けば、そこに世界を開く鍵穴が隠されているかもしれないのだから。

 


  • 竹岩直子

    編集的先達:中島敦。品がある。端正である。目がいい。耳がいい。構えも運びも筋もよい。絵本作家に憧れた少女は、ことばへの鋭敏な感性を活かし言語聴覚士となった。磨くほどに光る編集文章術の才能が眩しい。高校時代の恩師はイシスの至宝・川野。

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