本質的に信用できないからこそ信用できる[擬メタレプシス論:4]

2022/07/24(日)08:42
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♪♪♪今日の映画♪♪♪
セルゲイ・ロズニツァ『ドンバス』

 

 今回から「実践編」です。「擬(モドキ)」と「メタレプシス」を切り口に、実際の物語を紐解いていきます。今後、擬やメタレプシスという言葉はあまり使いませんが、ずっと擬とメタレプシスの話をしているはずです。最初にふたつの映画を取り上げます。一見、両者には何のつながりもありませんが、形式的には似ているのです。

 

 

モヤモヤしっぱなしの121分

 

 セルゲイ・ロズニツァ監督『ドンバス』という映画が話題になっています。いま世界中が注目しているウクライナ東部・ドンバス地方の戦争にまつわる映画ですから、そりゃ話題になって当然です。


 僕も5月に見てきました。見ているあいだ、ずっとモヤモヤしっぱなしでした。あまりにモヤモヤして、ふだんめったに手にしないパンフレットを買ってしまったほどです。今日は、そのパンフレットなどを参照しながら、僕のモヤモヤについてお話しします。それは「良いモヤモヤ」であり、「面白いモヤモヤ」でした。「話したくなるモヤモヤ」でもありました。だからこそ、こうやって文章にしています。

 

 モヤモヤの発生源は明らかでした。この映画は、どこまでが実話で、どこまでがフィクションなのかが全般にわたって不明瞭なのです。そのことが気になって仕方がない映画、なのです(少なくとも僕にとっては)。

 

ドンバス地方(RGloucester CC BY-SA 3.0

 

 

ノンフィクションのふりをしたフィクション

 

 本題に入る前に、「セルゲイ・ロズニツァって誰?」という声にお応えして、パンフレットのプロフィールを引用します。多くの方がロズニツァを知らないのは当然で、2010年代から海外で高く評価され、日本ではコロナ禍の2020年にようやく何本か上映されたばかりの映画監督です。

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 1964年ベラルーシで生まれ、ウクライナの首都キエフで育つ。1987年にウクライナ国立工科大学を卒業し数学士の資格を取得する。その後、1987年から1991年まで国立サイバネティックス研究所で科学者として人工知能の研究をしていたが、1991年のソ連崩壊の年にモスクワの全ロシア映画大学に入学する。1996年よりソクーロフの製作で有名なサンクトペテルブルク・ドキュメンタリー映画スタジオで映画製作を始め、これまで24作のドキュメンタリーと4作の長編劇映画を発表してきた。
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 プロフィールにあるとおり、セルゲイ・ロズニツァは基本的にはドキュメンタリー映画作家です。ロズニツァのドキュメンタリー映画には2種類のスタイルがあります。自らが撮影する「オブザベーショナル映画」と、過去のアーカイブ映像を再編する「アーカイヴァル映画」です。僕が以前に見たもので言えば、『アウステルリッツ』は前者です。ベルリン郊外のザクセンハウゼン強制収容所とダッハウ強制収容所を訪れる観光客たちの姿を、監督自身が撮影していました。『粛清裁判』は後者で、1930年のスターリンによるソ連の見せしめ裁判「産業党裁判」を再編集したフィルムでした。

 

 『ドンバス』は、そのどちらでもない第三のスタイル、現実に起きた出来事を基にした長編劇映画です。パンフレットの説明をそのまま借りれば、「二〇一四年から二〇一五年にかけて、親ロシア派が占領するウクライナ東部ドンバス地方で起きた実話を元に十三のエピソードで構成した劇映画」です。ごく簡単に言えば、「ノンフィクションのふりをしたフィクション」なのです。一見どこかで見たことがあるような感じがするのですが、初めて見るタイプの映画でした。

 

Сергей Лозница

セルゲイ・ロズニツァ(Petr Novák CC BY-SA 3.0

 

 

ロシアとウクライナは2014年からずっと戦争状態にあった

 

 上で説明したとおり、『ドンバス』は2022年のウクライナへのロシア侵攻を描いたものではありません。あくまでも、クリミア併合後の2014年〜2015年の話です。な〜んだ、じゃ、戦争の話じゃないんですね、と思ったあなた、それは勘違いです。

 

 『ドンバス』が明らかにしたのは、ロシアとウクライナは2014年からずっと戦争状態にあったことです。8年前から、ドンバス地方は戦地でありつづけているのです。この戦争は2022年から始まったという考えは、はっきり間違っています。そのことは『ドンバス』を見れば一目瞭然です。詳しい内容は説明しませんので、興味のある方はぜひ見てください。

 

2014年8月4日にドンバス地方で撮影された写真です。

2022年の報道写真と見分けがつきません。Ліонкінг CC BY-SA 4.0

 

 

ホントとウソの境目がぼやけている映画

 

 僕は内容もさることながら、『ドンバス』の「ノンフィクションのふりをしたフィクション」というかたちに惹かれました。この形式は独特で、「実話をもとにしたフィクション」とは、微妙ですが明らかに違います。

 

 実話をもとにしたフィクションは、すでに世の中に山のようにあります。わかりやすい例を挙げると、『忠臣蔵』や『竜馬がゆく』です。歴史小説に特に多いですが、それ以外にもいろいろとあります。この類のフィクションは、あくまでもフィクションです。重要な歴史的事実を捻じ曲げてはいけない、という制約はありますが、それさえ守れば創作の自由は担保されています。いや、ときには歴史的事実を変えてもよいのです。『高い城の男』『ディファレンス・エンジン』のような歴史改変SFの場合、むしろ歴史的事実をどう変えるかがフィクションの面白さにつながっています。

 

 ところが、『ドンバス』はそうじゃありません。ロズニツァは、「この映画で描いている出来事は、どんなに信じがたくても全て実際に起きた出来事です」と宣言しています。ロズニツァは、13のエピソードを「ドキュメンタリーに限りなく近いフィクション」として撮影しているのです。ドキュメンタリーとして撮影するのは不可能だったから、仕方なく劇映画にしている、という感じがするんですね。実際、このフォーブスの記事によると、当時ドンバス地方に住んでいた糸沢たかしさんは、「この作品はフィクションではあるが、これらのエピソードは当時ウクライナにいた私と家族が新聞やネット、テレビなどで知っていた事件を題材としており、そのうちいくつかは私の周辺でも実際に起きたこと」だと語り、ロズニツァの宣言を裏づけています。

 

 この映画は、実話をもとにしたフィクションとはかなり感触が違います。たとえば、『忠臣蔵』や『竜馬がゆく』は撮影地がどこでも、たいした気にならないでしょう。対して、『ドンバス』を見ていると、ドンバス地方で撮影していてほしい、と思ってしまうのです。タイトルにドンバスとつけているのに、ドンバスで撮っていなかったら、ちょっと裏切られた気持ちになるんですね。この記事によると実際ドンバス地方で撮影しているようで、僕は少しホッとしました。

 

 しかし、ここで問題があります。本当にすべてをドンバスで撮影したと信じてよいのでしょうか。それは映画を見るだけでは絶対にわかりません。たとえば、室内の病院のシーン、地下シェルターのシーン、教会のシーンだけは、別の地域で撮影した、ということは十分にありうるからです。映画には予算とスケジュールの制約がつきまといますから、そのくらいのことはあっておかしくありません。

 

 とはいえ、撮影地に関しては、そのくらいのことがあっても別にかまいません。しかし、13のエピソードの「どこが事件どおりで、どこが肉づけされた部分なのか」は大問題です。実際に起きた出来事をそのまま撮っているのだといっても、何かしら肉づけはしているはずです。そもそも俳優を使う時点で、厳密にいえば肉づけなのです。しかし、事件と肉づけの境目は観客には決してわかりません。たとえば、事実は女性だったけど、この映画では俳優が男性になっていても、観客には知りようがない。そもそもホントとウソの境目がぼやけている形式をとっているからです。つまり『ドンバス』は、本質的に信用できない映画なのです。

 

 見ているあいだ、僕がずっとモヤモヤしていた原因はこれでした。どこまで信用していいのかを知りたくて、僕はパンフレットを手に入れたのです。

 

『ドンバス』パンフレット

 

 

筋金入りの反戦主義者=反国家主義者、セルゲイ・ロズニツァ

 

 パンフレットを読んで、僕はセルゲイ・ロズニツァを信用することにしました。ロズニツァが「筋金入りの反戦主義者」だとわかったからです。

 

 2022年2月24日、ロシアの本格的なウクライナ侵攻が始まりました。その4日後、ロズニツァは「この八年間の戦争を直視せず、憂慮するだけで、いまだに戦争を戦争と呼べず、ロシアの蛮行を批判することもできないのか」とヨーロッパ映画アカデミーを批判して、ヨーロッパ映画アカデミーからの脱会を表明しました。

 

 また、このIndieTokyoの記事によると、彼の最新作『バビ・ヤール・コンテクスト』は、なんとウクライナのナチス協力を批判する映画なのだそうです。第二次世界大戦時、ソ連を嫌うウクライナの民族主義者たちがナチスを歓迎し、率先してユダヤ人を迫害する様子を描いています。『バビ・ヤール・コンテクスト』はウクライナで不興を買い、ロズニツァはウクライナ映画アカデミーから除名されたと言います。よりによってこのタイミングで、祖国の過去の戦争批判を展開するなんて、ということでしょう。『ドンバス』『粛清裁判』『国葬』など、これまでの映画はほとんどが反ソ連・反ロシアだったので、驚かれてもいるようです。

 

 つまり、ロズニツァは戦争を憎むあまり、ロシアだけでなく、ヨーロッパも、祖国ウクライナをも批判する立場をとっているわけです。彼は「コスモポリタン(世界市民)」を名乗っていますが、それはおそらく「反国家主義者」という意味なのです。僕はこのことを知って、ロズニツァを信用することにしました。だって、少なくとも近代戦争はほぼすべて近代国家が絡んでいるのですから、反戦の立場をラディカルに突き詰めていけば、行き着く先は「反国家」に決まっているからです(少なくとも戦争に関しては)。

 

 千夜千冊1797夜1798夜を読むと、アレクサンドル・ドゥーギンやエドワルド・リモノフが、プーチンが掲げるロシア新ナショナリズムを用意してきたことがわかります。そうしたプーチンの思想には、誰が見ても問題があるでしょう。でも一方で、『第三次世界大戦はもう始まっている』(文春新書)のエマニュエル・トッドなどは、「ウクライナ戦争の原因と責任はプーチンではなく米国とNATOにある」と見ています。この戦争の責任はきっと、ロシアにもアメリカにもNATOにもあるのです。ロズニツァはそう見ています。その点で、彼は筋の通っています。

 

※追記:7/22の佐藤優さんのISIS FESTA SPイベント「『情歴21』を読む」を聞いて、文脈が見えてきました。もちろん見ていないので推測に過ぎませんが、『バビ・ヤール・コンテクスト』はおそらくステパン・バンデラを批判し、ユーロマイダン革命と極右勢力を批判する映画なのでしょう。それなら、ウクライナ映画アカデミーから除名されるのもわかります。

 

 

 

 

ポストトゥルース時代に適した新しい形式

 

 ただ、じゃあロズニツァに100%の信頼を寄せられるか、と言えば、そうではありません。ロズニツァだって、観客を何らかの方向に誘導するために、どういう脚色をしているかわからないからです。ロズニツァ自身、そのことがよくわかっているように見えます。なぜなら、ノンフィクションのふりをしたフィクションという『ドンバス』の形式そのものが、「監督の僕のことを100%信用しないでね。だって、どこまでが真実でどこまでが嘘か、見る人には区別できない映画なのだから」と言っているからです。その面でロズニツァは正直です。僕はそういうロズニツァと『ドンバス』を信用することにしました。

 

 『ドンバス』は、「ポストトゥルース時代」に適した新しい形式ではないか、と感じます。何が本当で何が嘘なのかの見分けがつかなくなってきた時代、事実よりも感情や信条を重視する時代だからこそ、こういう映画がつくられるのでしょう。今後、きっとこの種の物語が増えるはずです。

 

リー・マッキンタイア『ポストトゥルース』(人文書院)

 

 

※『ドンバス』パンフレットで、佐々木敦さんと夏目美雪さんが僕の書いたことと近いことを書かれています。参考にしました。


  • 米川青馬

    編集的先達:フランツ・カフカ。ふだんはライター。号は云亭(うんてい)。趣味は観劇。最近は劇場だけでなく 区民農園にも通う。好物は納豆とスイーツ。道産子なので雪の日に傘はささない。