連想をひろげて、こちらのキャビアはどうだろう?その名も『フィンガーライム』という柑橘。別名『キャ
ビアライム』ともいう。詰まっているのは見立てだけじゃない。キャビアのようなさじょう(果肉のつぶつぶ)もだ。外皮を指でぐっと押すと、にょろにょろと面白いように出てくる。
山椒と見紛うほどの芳香に驚く。スパークリングに浮かべると、まるで宇宙に散った綺羅星のよう。

「おじさんみたいな髪型にしてください」
スタイリストのヤマモトさんは、そのオーダーにたじろいだ。お、おじさんみたいな髪型?ぐるぐるぐるぐる…ヤマモトさんは、一生懸命考える。
「おばあちゃんがさ、おじさんみたいな髪型にしてくださいって言ったんだよ」
ヤマモトさんは、じゅんちゃんがシャンプー台に寝転んでいる間に、みなみの髪の毛をボブに切り揃えながら、そう呟いた。
「おじさんって言っても、いろんなおじさんがいるよね…」
美容院までの道中、「わたし、おじさんみたいな髪型にしてもらうわ」とおばあちゃんが言っていたことを思い出し、本当にそのまま言っちゃったんだ、と、みなみは驚いた。
「ヤマモトさん、笑ってたけど、困ってたよ」
そうだろうそうだろう。ごめんなさい、ヤマモトさん。ヤマモトさん歴が10年以上におよぶ私だって、そんなわけわからんオーダーはしないぞ、じゅんちゃん。
でも、じゅんちゃんは仕上がった髪型にとても満足な様子だった。たしかに、頭にはりつくようなカットは、じゅんちゃんの柔らかくて細い髪の毛と、頭の形の良さを存分に活かしてとてもスタイリッシュだった。家族みんなで、すごく良いよと褒めた。
「ね!ヤマモトさん、センスあるのよ~!」
ヤマモトさん、ありがとうございます。わたしはみなみの報告を受けつつ、望み通りのおじさんヘアに仕上がって満足そうなじゅんちゃんを見つめながら、胸の中で呟いた。
前回のコラムで、プランニング編集術とアブダクションの話をしたが、まさに、じゅんちゃんのおじさんヘアオーダーは、スタイリスト、ヤマモトさんにとっての難関プランニングお題であり、顧客に対してのアブダクションの力を試されるものである。
■じゅんちゃんの連想をおぐらが推論したら
「演繹」「帰納」「アブダクション」はいずれも推論の方法である。推論(inference)は、与えられたものから与えられていないものに向かって進んでいく思考のプロセスのことをいう。たんなる“おしゃべり”ではないし、たんなる“ものおもい”でもない。多くの推論は先見的で予見的な思考に向かう。
しかし、ただやみくもに結論に向かうわけではないし、ゴールに向かってパパッと魔術的に飛び移ろうというのでもない。与えられたものから与えられていないものへ進む道筋について言及する。観察する。言葉にしていく。したがって、このような推論のプロセスでの思考は、先行した思考が後続する思考によって解釈されていく。その解釈のプロセスが推論なのである。
───1182夜『パース著作集』
パースの千夜にある推論の説明に当てはめると、先行するじゅんちゃんの思考が後続するヤマモトさんの思考によって解釈されていることがわかる。なるほど~。そのうえで、アブダクションの千夜のここをもう一度おさらいしたい。
相手にアブダクティブになるとは、先方に対して仮説を共有させることがゼツヒツの骨法になるということです。それには「もっともらしさ」「検証可能性」「取り扱い単純性」「思考の経済性」を相手と一緒に共有するのです。
───1566夜『アブダクション』
つまり、ヤマモトさんは、じゅんちゃんにアブダクティブになる必要があり、それは、じゅんちゃんと仮説を共有するということである。ヤマモトさんは、それを見事にやってのけた。「おじさんみたいな髪型とはユニセックスなベリーショートヘアである」という仮説を共有できたのだ。
ヤマモトさんは、これまでのじゅんちゃんのオーダーをリバース・エンジニアリングし、じゅんちゃんのいつものオーダーのクセや好みでフィルターをかけ、たくさんのおじさんたちの中から、じゅんちゃんがいい具合だと感じられるものを選び取ったのである。
実際、ユニセックスなベリーショートヘアという言い替えで方針を決め、スタイリングしたことによって、検証も行われ、じゅんちゃんは「うん、これこれ!」と大満足だったわけで、プランニング編集は大成功だったのである。
後日…
「それにしてもお母さん、おじさんみたいな髪型っていうのがちゃんとヤマモトさんに伝わって、ほんと良かったね!」
「うん、そうねぇ。要するにね、ハル・ベリーみたいな髪型にしたかったわけ。わたし、ハル・ベリーに似ているって言われたことあるのよ。素敵でしょ?ハル・ベリー」
「?!!」
おじさんみたいな髪型とハル・ベリーみたいな髪型が、どうして「要するに」でつながるのだろう?ならば、ハル・ベリーのようなベリーショートヘアにしてくださいってオーダーすれば良かったんじゃ…
じゅんちゃんからの編集的難題は、これからも続くだろう。いつか、スタイリストのプランニングについて、深谷もと佳師範にも色々伺ってみたい。
小倉加奈子
編集的先達:ブライアン・グリーン。病理医で、妻で、二児の母で、天然”じゅんちゃん”の娘、そしてイシス編集学校「析匠」。仕事も生活もイシスもすべて重ねて超加速する編集アスリート。『おしゃべり病理医』シリーズ本の執筆から経産省STEAMライブラリー教材「おしゃべり病理医のMEdit Lab」開発し、順天堂大学内に「MEdit Lab 順天堂大学STEAM教育研究会」http://meditlab.jpを発足。野望は、編集工学パンデミック。
「御意写さん」。松岡校長からいただい書だ。仕事部屋に飾っている。病理診断の本質が凝縮されたような書で、診断に悩み、ふと顕微鏡から目を離した私に「おいしゃさん、細胞の形の意味をもっと問いなさい」と語りかけてくれている。 […]
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コメント
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2025-07-02
連想をひろげて、こちらのキャビアはどうだろう?その名も『フィンガーライム』という柑橘。別名『キャ
ビアライム』ともいう。詰まっているのは見立てだけじゃない。キャビアのようなさじょう(果肉のつぶつぶ)もだ。外皮を指でぐっと押すと、にょろにょろと面白いように出てくる。
山椒と見紛うほどの芳香に驚く。スパークリングに浮かべると、まるで宇宙に散った綺羅星のよう。
2025-07-01
発声の先達、赤ん坊や虫や鳥に憑依してボイトレしたくなりました。
写真は、お尻フリフリしながら演奏する全身楽器のミンミンゼミ。思いがけず季節に先を越されたセミの幼虫たちも、そろそろ地表に出てくる頃ですね。
2025-06-30
エディストの検索窓に「イモムシ」と打ってみたら、サムネイルにイモムシが登場しているこちらの記事に行き当たりました。
家庭菜園の野菜に引き寄せられてやって来る「マレビト」害虫たちとの攻防を、確かな観察眼で描いておられます。
せっかくなので登場しているイモムシたちの素性をご紹介しますと、アイキャッチ画像のサトイモにとまる「夜行列車」はセスジスズメ(スズメガ科)中齢幼虫、「少し枯れたナガイモの葉にそっくり」なのは、きっと、キイロスズメ(同科)の褐色型終齢幼虫です。
添付写真は、文中で目の敵にされているヨトウムシ(種名ヨトウガ(ヤガ科)の幼虫の俗称)ですが、エンドウ、ネギどころか、有毒のクンシラン(キョウチクトウ科)の分厚い葉をもりもり食べていて驚きました。なんと逞しいことでしょう。そして・・・ 何と可愛らしいことでしょう!
イモムシでもゴキブリでもヌスビトハギでもパンにはえた青カビでも何でもいいのですが、ヴィランなものたちのどれかに、一度、スマホレンズを向けてみてください。「この癪に触る生き物をなるべく魅力的に撮ってやろう」と企みながら。すると、不思議なことに、たちまち心の軸が傾き始めて、スキもキライも混沌としてしまいますよ。
エディスト・アーカイブは、未知のお宝が無限に眠る別銀河。ワードさばきひとつでお宝候補をプレゼンしてくれる検索窓は、エディスト界の「どこでもドア」的存在ですね。