おしゃべり病理医 編集ノート - アフターコロナは、マクロファージに肖ろう

06/23(火)11:31
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 「面白い論文、持ってきたよ」
 血液内科のH先生がふらっと病理検査室にやってきて、コロナウイルス研究の最新情報について教えてくれる。「どうですか、調子は?」とH先生は、ご自分の調子が良いときほどやってくる。マカロンとか八つ橋とか、お菓子をもってきてくださることもあるが、今回は、最新論文の中で、先生が面白いと思ったものをいくつかコピーして届けてくれたのである。しかも解説までしてくれる。ありがたい。
 
 H先生とは、もう15年近いつきあいである。血液内科の特任教授であるが、もともとは膠原病が専門で、免疫学教室で研究もされてきた。多田富雄先生のお弟子さんでもある。研究が大好きで、退職金のほとんどを研究に注いで70歳過ぎた今でもアレルギーについての素晴らしい研究をバリバリされている。
 
 「おぐらさん、あのひとのあれ、どうなった?」
 患者さん想いの優しい臨床医で、手のかかる電話魔でもある。患者さんのことが心配で仕方がないと、日に何度も電話してくる。最初は、そんなこと言われてもなんだかさっぱりわからなかったが、おつきあいが長くなってくると、誰の何のことを気にしているのかがわかってきて、「先生、それは明日の夕方に結果が出ますよ」とか、「やっぱり〇〇さんは、腫瘍量が増していました」とか、すぐに答えられるようになった。H先生のお世話についてはわたしもだいぶ成長したように思う。
 
 H先生が紹介してくれた論文のひとつは、ワクチンの安全性についてのもので、中和抗体(その病原体に特異的に反応してやっつける抗体のこと)が、時に免疫反応の暴走を促してしまうこともありうるというコロナウイルスの特性についての話であった。免疫反応の暴走は、サイトカインストームという状態で生じる。サイトカインは、ふだんは免疫反応を制御している物質なのだが、それが一度に大量に産生されるとサイトカインストームという病態になる。コロナウイルスが一筋縄ではいかない手ごわい相手であると再認識し、免疫反応を外側から制御することの難しさを知った。マクロファージの働きをどれだけうまくコントロールできるかが安全なワクチン開発の重要なポイントじゃなかろうかとも思った。
 
 サイトカインストームで生じる病態に、血球貪食症候群というものがある。病理医が免疫反応の凄まじさを目の当たりにする代表的疾患と言えるかもしれない。
 
 全身いたるところに存在するマクロファージは、骨髄中では、赤血球の赤ちゃんである赤芽球の集まりの中心に存在し、その成熟に関与したり、アポトーシスに陥った細胞を貪食してお掃除したりする役割を担っている。サイトカインストームが生じると大量に放出されたサイトカインがマクロファージを過剰に刺激する。マクロファージ自身もサイトカインを放出するから、嵐はどんどん強くなっていく。
 暴走したマクロファージは、制御不能の大食い細胞になり、そばにいる各成熟段階にいる大事な血球たちを次々に貪食してしまう。その結果、末梢血液中に血球(赤血球、白血球、血小板)を供給できなくなって、重篤な出血や感染症や貧血が生じる。マクロファージは、とても働き者の細胞なので、怒らせたり狂わせたりするとかなりやっかいなのである。ふだんは死んだ細胞だけを選択的に貪食し、血球の成熟を見守る健気なマクロファージたちが、生きた細胞たちを丸飲みする姿は、異様な迫力に満ち、ある種のもの悲しさも感じる。
 
血球を貪食したマクロファージ
 
組織写真:https://www.beckmancoulter.co.jp/hematology/monthly_magazine/4th_description/18.html 
 
 マクロファージは、時に暴走してしまうフラジャイルさも含めて、編集能力が高く、魅力的な細胞だとわたしは思っている。マクロファージは、どんな免疫反応においても必ず登場し(特に最初に)、その反応の強弱や良し悪しを決める細胞である。場に応じた変幻自在なふるまいによって、マクロファージの全貌はいまだ解明されていない。
 
 マクロファージは、編集学校的に表現するならば“たくさんのわたし”的な細胞で、実際、たくさんの名前がついている。マクロファージという名前は、“たくさんのマクロファージ的細胞”の総称である。血管内にいるときは「単球」、血管の外に出ると「組織球」と呼ばれる。特殊な状況に立たされるとだいぶ形が変わったり、いくつかの細胞が合体したりして、「類上皮細胞」「多核巨細胞」「異物型巨細胞」「Touton型巨細胞」「ラ氏型巨細胞」というような名前に変身する。はたらきだけに着目されて「抗原提示細胞」や「食細胞」などとざっくり呼ばれたりすることもある。肝臓にいるマクロファージは、「クッパー細胞」という特別な名を持つし、同じ「抗原提示細胞」でマクロファージの親戚筋にあたる細胞には、「樹状細胞」があり、この細胞もまた、「Langerhans細胞」「指状嵌入細胞」という別名も持つ。以前は、樹状細胞も、マクロファージのひとつと考えられていたが、異なる由来の細胞であることがわかってきた。これからもマクロファージの仲間になるものや外れるものが出てくるかもしれない。マクロファージっぽい細胞は、細胞の境界がふわふわとしていて不明瞭なのだが、マクロファージという名称の境界もぼんやりしている。
 
 それにしてもいったいいくつの「芸名」を持っているのだろうか。こんな多才な細胞は、マクロファージを措いてほかにはない。わたしは、このマクロファージに肖りたくて、師範代をやったときは、「遊求マクロファージ教室」という教室名を校長からいただいて大満足だった。
 
 マクロファージは、セレンディピティに長けた細胞だともいえる。セレンディピティの日本語訳は「偶察力」。単に偶然を捉える力というだけではない。様々な時機を逃さず、編集の契機に変える動的な力を指す。やってくる偶然と迎えに行く偶然を同時に捕まえていく、高速かつ動的な応接力があるのだ。
 
 マクロファージにおけるやってくる偶然は、文字通り、身体の外からやってくる病原体の侵入で、ここでその都度自己と非自己を再認識しながら、非自己に対応した“たくさんのわたし”を惹起させていく。同時に、マクロファージは、抗原提示細胞となって、ヘルパーT細胞をはじめとした他の免疫細胞に、病原体の情報を知らせ、各々の細胞の編集力を促していく。まさに迎えに行く偶然で、マクロファージから情報を受けたヘルパーT細胞は、抗体を産生する他のB細胞や、感染細胞をアポトーシスさせるキラーT細胞、そして、マクロファージ自身も活性化する。マクロファージは刺激を与えた細胞から、再び刺激を受けることで、免疫リレーのバトンをつなげるのである。
 
 免疫機構は、マクロファージを中心にあらゆる細胞が協調し、緻密なネットワークを介して、身体を病原体から守っている。免疫反応は、病原体の偶然の侵入を契機に、自然免疫から獲得免疫と発展していき、ついには終生免疫の域に達する。B細胞は、中和抗体の産生能力を獲得し、その記憶もしっかり自己に刻印していくのである。
 
 マクロファージに学びたいと思う。暴走はちょっと危険だが、つねに偶然出会う未知の非自己から刺激を受けて成長し、まわりと協調しながら新しい編集方法を獲得していくなんて、かっこいい。
 
 編集工学は「免疫的自己」にずっと注目してきた。つねに他者や非自己を取り入れることによって、疑似selfをつくって大きくなっていくのが免疫的自己のしくみである。生命に学ぶとは、まさに細胞レベルの自分自身の免疫応答のしくみに肖ることだ。セルフエディティングやエディティングモデルの交換というような、イシス編集学校の花伝所のコーチングメソッドの要にあたることは、とっくに細胞たちが日々当たり前にやっていることなのである。
 
 アフターコロナの目標は、「マクロファージに肖る」というのがいいかもしれない。
 
たくさんの免疫担当細胞たち

  • 小倉加奈子

    編集的先達:ナシーム・ニコラス・タレブ。病理医で、妻で、二児の母で、同居する親からみると娘、そして師範であり火元組。仕事も生活もイシスもすべて重ねて超加速する編集アスリート。増刷中の近著作『おしゃべりながんの図鑑』の直筆イラストも必見。