おしゃべり病理医 編集ノート - 新型メディアパンデミック

05/08(金)10:47
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 オンライン開催となったハイパーコーポレイトユニバーシティ最終講。過去季の塾生やゲスト講師を招いての開催となった。季も国境も時差もまたぎ、制約を創発に変えるエネルギーに満ちた会となった。ここで大きな話題になったのは、高速に浸透してきた(せざるを得なくなった)オンラインそのものについてであった。皮膚感覚がないことによるコミュニケーションの難しさや、トポス、つまり場の欠如による記憶のしづらさといったオンラインの負の側面が指摘される。一方で、ネットオタクや引きこもりなど、今まで社会のマイノリティ、あるいはアノマリーとして注目されなかったり差別されてきたひとやコトが表舞台に登場するかもしれない。そんなポジティブな可能性も提示された。
 
 法政大学総長の田中優子先生は、3万人の学生の一斉オンライン講義に向けての準備に奔走する中で、過去季のゲスト講師として参加されており、むしろこの状態は新しい教育現場の構築のうえでチャンスになると述べた。知識の習得が中心の講義はオンラインに切り替えられ、寺子屋的な小さくて多様なかたちでの学びの場が創発されるだろうと、コロナ以後の価値観の変換をむしろ歓迎する。前述のマイノリティの表舞台への登場を例にして、それは社会の現象にとどまらず、個人にも広がるだろう。個人の中にも「たくさんのわたし」が存在し、引きこもりやオタクなわたしというような裏側のわたしが、表へと入れ替わって出ていくことになるだろうという。なるほど、類の変化はたしかに個にもおよぶだろう。本当の意味での多様性の波が、アフターコロナにやってくるかもしれない。
 
 一方で、オンラインはすでにひとつの方法として手元にあり、その方法が主流になっていくだけではないか、とも優子先生は指摘する。わたしたちはあまりにも日常が様変わりしたと思い過ぎているのかもしれない。すでにあったものたちのオーダーや比率が変わっただけで、こんなにも右往左往してしまうのか、ということに改めて気づかされた。
 
 ゲノム医療をはじめとしたがん診療にかなり力を入れてきた日本の医療現場も感染列島に沿うものに変わっていく時機が到来したのかもしれない。松岡校長もzoonosis(人獣共通感染状態)という概念に注目しているが、環境破壊が進んだ昨今、第二の新型コロナウイルスに続く感染症がやってくる可能性は高い。エボラ出血熱やマラリアやデング熱も南の国の病気だと思っているうちに、いつ世界的に流行する感染症になっていくかは誰にもわからない。肺結核も過去の病気だと思っているひとが多いと思うが、最新データでは日本における新規の肺結核患者は16000人近くにのぼり、欧米諸国より高いままである。耐性菌の増加も危険視されている。感染症診療をもっと強化していく転換期にあるように思う。
 
 もうひとつ重要なことは、感染するのはウイルスだけではなく、千夜千冊エディション『編集力』の第1章のタイトルにもあるように、意味と情報が感染していくということである。
 
 新型コロナウイルスの日本における有病率がいったいどのくらいなのか、実態が把握できていない中、あらゆるコロナウイルス関連とそれにまつわる情報への感染率は、ほぼ100%であろう。
 
 情報感染症には、対症療法しかない。情報の編集力を磨くしかない。イシス編集学校の[守]の講義篇や『知の編集術』には、情報の基本的な特徴が解説されている。いまいちど、この基本に立ち返ってみたい。情報はつねに乗りかえ、持ちかえ、着がえが起こっているということをもっと意識した方がいい。
 
 わたしたちが読んだり話している情報は、必ず乗り物に乗っていて、何かのモードを纏っている。同じ情報でも乗り物や衣装によって意味は変わってくる。それが情報の乗りかえかつ着がえ的な特徴である。
 さらに情報は単独でやってくるのではなく、何かと対になったり、パッケージされたものとしてわれわれに届く。その型の在り方やルールによって、やはり意味は変幻自在に変わっていくのである。情報はつねに持ちかえていくものである。

 情報の乗りかえ、持ちかえ、着がえ、つまり、メディアの在り方というものを考え直す時期に来ているということである。オンライン問題はそのひとつにすぎない。
 
 2005年だから今から15年前、松岡校長は1017夜『近代日本のメディア・イベント』でこんなことを言っている。
 
 メディアはどんな事件や出来事をも複合的なスペクタクル・イベントにできる条件を相互に握りあっているといえるのである。このようなメディアの機能を、最近はミハエル・レアルの用語を流用して「スーパーメディア」ということが多い。まったく困ったものである。スーパーメディアには誰もが勝てないのだから。ただし、いつの日かスーパーメディアが双方向のインタラクティビティをかなり内包せざるをえなくなったときは、事態は変化していくかもしれない。

 この「いつの日か」って「今でしょ!」(古いネタで失礼)と思えてくる。まさに双方向のインタラクティビティをどんどん試みていく時機が到来した。なんといっても相手は、人間の細胞とのインタラクティビティをすでに内包しているウイルスなのだから。誰もが勝てないと思っていては絶望しかないではないか。ここはわれわれ人間がどうスーパーメディア化するかが問われる。
 
 編集学校の卒業イベントの感門之盟は、リアルとウェブのハイブリッドのスタイルで大成功をおさめ、その2週間後の師範代たちのための勉強会である伝習座は全面オンライン開催となり、そして今回のハイパーコーポレイト最終講である。
 
 オンラインにおけるコミュニケーションの難しさが指摘されていたが、むしろわたしはオンラインが表現する臨場感こそにもっと注目してみたいと思う。オンラインだからこその発見がたくさんある。ズームされた講義中の松岡塾長の指先、様々なアングルの話し手や聞き手の表情やしぐさなど。こんなにつぶさに観察できるのは、オンラインだからこそである。
 

 先ほど、紹介した千夜にはさらにこんなことが書かれている。

 ついでにもう一言、これからのメディアは不特定多数よりも特定多数に向くようになるだろうということだ。ニュースも特番も15人や30人くらいの集まりやイベントを流したほうが、ずっとおもしろい。

 
 その具体的事例は身近で起きている。ウェブ授業開始に先駆けて、息子が、有志の同級生10人くらいでウェブ会議をはじめていた。前半は、前日気になったニュースを持ち寄り意見を交わし、後半は、トーソンという愛称の男友達がラジオ・パーソナリティーの役を引き受け、「トーラジ」という番組コーナーに切り替わるらしい。毎日、誰かをゲストに呼びトークショーを繰り広げる。その内容を参加者みんなが視聴するという流れのようだ。息子がゲストに選ばれた回は、どうしてふたりは気が合うのか。何が気の合うポイントなのか、ということを語り合ったそうだ。一見ばかばかしいが、編集的にも思える。[守]の経験者なんだから、編集稽古でもやってみたらどうだろう?千夜千冊を輪読してみたら?と、編集オタク(息子命名)母は、そう提言したい。

 いずれにしてもウェブ会議全体は、お昼のニュース番組風に仕立てられているようだ。実際に学校に行って友達と談笑することと授業を受けるということの両方に飢えてのことらしく、フリーディスカッションと誰かのトークを聞くというふたつの方法を融合したスタイルに収まったようである。特定メンバーによるインタラクティブな試みだと思った。
 
 このようにイシス編集学校のような一大イベントから、日々の小さな遊びまでスーパーメディア的な試みが瞬く間に広まっているのは、パンデミックの良い副作用だと思いたい。優子先生のおっしゃる価値観の変換やマジョリティーとマイノリティの入れ替えが起こっている。
 
 さらに編集パンデミックをスーパーメディアの在り方とともに模索するには、1525夜『5年後、メディアは稼げるか』を熟読したい。著者の佐々木紀彦さんは編集とビジネスがどんどん融合する時代が到来し、「編集力を身につけたビジネスマン」が劇的にふえていくだろうと予測する。そして、以下の9つの「稼ぎ方」を試みなさいよと忠告してくれている。

1.広告。ウェブサイトの主軸となる収益モデルで、バナー、テキスト、メルマガ、タイアップがあるが、新たなブランドコンテンツの手法が有力になりそうだ。
2.有料課金。コンテンツの閲覧に対する課金が中心になっているが、やはりメーター制の導入をはかったほうがいい。
3.イベント。セミナー開催ならリアルとオンラインの両方が必要だ。FTは年間200のイベントを開催して、合計1万7000人を掴んでいる。
4.ゲーム。NYTのクロスワードパズルのように、オンラインのゲームをいくつか用意する。
5.物販。「ほぼ日刊イトイ新聞」が2012年の「ほぼ日手帳」を46万冊売り上げたような例。
6.データ販売。さまざまなデータをパッケージにまとめて、各機関やユーザーに販売する。USニューズ&ワールドリポートなどの例。
7.教育・学習。カリキュラムをオンラインで配信・学習する。イシス編集学校のような例。大学や予備校もこの方法が可能。ワシントン・ポストは大学・予備校と組んでいる。
8.マーケティング支援。ビッグデータを分析活用して、企業にコンサルティング・サービスをする。
9.コミュニティ経営。エイベック研究所のように企業各社のネット・コミュニティを代行運営する。

 この9つの忠告と、今のギリギリの日常をむしろ活用すれば、ハイパープランニングが実現しそうだ。わたしもちょうど中高生向けの医学教育コンテンツを考える案件を抱えているが、このコロナ診療で気づいたリアルな体験も全部投入した面白い学びの場を提供したいと思う。モノづくりの会社も、自社製品を活用するメディア自体を開発しなければこのパンデミックに負けてしまうだろう。
 
 メディア力、編集力が待ったなしで問われる時代に一気に突入した感がある。今こそ、ウイルスに負けないメディア性を磨きたい。イシス編集学校の看板的存在でもあるこの遊刊エディストも、その大きな一役を担っていることは間違いない。
 
スーパー・メディア

  • 小倉加奈子

    編集的先達:ナシーム・ニコラス・タレブ。病理医で、妻で、二児の母で、同居する親からみると娘、そして師範であり火元組。仕事も生活もイシスもすべて重ねて超加速する編集アスリート。増刷中の近著作『おしゃべりながんの図鑑』の直筆イラストも必見。