おしゃべり病理医 編集ノート - 千夜千冊エディションの秘密

10/14(水)10:43
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■[離]の入院課題と『千夜千冊エディション』

 

 [離]の入院課題に『千夜千冊エディション』を読むことが課されるようになったのは、前13季からである。その前の12季は『フラジャイル』と『18歳から考える国家と私の行方』からの選択、わたしが離学衆として取り組んだ11季は、校長著書の中から自由に選択が可能で、わたしは何をどう血迷ったのか、『稲垣足穂さん』を選んだ(数ある校長著書の中でどうしてこれを選んだのだろう)。

 

 自由に選択と言われるとそれはそれで難しいとはいえ、13季以降の『千夜千冊エディション』を課題にされるよりまだマシなのではないだろうか。14季の課題が出た当時は、『宇宙と素粒子』までの16冊が刊行され、シリーズ数は、13季の3倍以上に増えており、さらに難易度が増している。エディションを選書するところからすでに相当の編集力が要求されると思う。

 

 1冊の本から関連本の枝葉が茂る一夜が、テーマごとに数十冊ずつ組み直され、“編集密林状態”となった「千夜千冊エディション」。校長の編集稽古ともいえる千夜千冊エディションシリーズは、年輪のように編集が幾重にも重なっている。[離]の入院課題は、その多重多層な編集的世界観と編集思想をアブダクションしつつ、さらにそこに「わたし」の意図や意志も織り込まなければならない。考えれば考えるほど超絶、難しい。

 

 果敢にも課題に挑戦された30名のみなさんの中には、先日の20周年感門之盟の香保総匠のコーナー「千夜の12のひみつ」をみて、あぁ!もっとあんなふうにこんなふうに書くべきだったのではないかと悶絶している方もいらっしゃるのではないでしょうか。格別の編集稽古であり、離に向かううえでの強烈なイニシエーションでしたね。

 

 『情報生命』『大アジア』『心とトラウマ』を選んだひとが多かったことが印象的だった。『情報生命』については、校長のウェブ講演会の影響もあったように思うが、この3つは、コロナ禍の社会を考察するうえでの三位一体エディションのように思えてくる。

 

 GAFAに代表されるグローバル資本主義の限界を感じて、アジアの在り方や日本という方法を再考し、「類」の問題へと向かうか。RNAワールドをはじめとした「情報の動向」としての生命の仕組みに着目するか。あるいは、「私の正体」を探りつつ、究極の「個」の現れを捉えるか。「ウィズコロナエディション3冊屋」は、それぞれに編集志向性の違いがあり、興味深い。わたしも心してこの3エディションは再読しようと決心した。


■多読ジムの“エディション読み”

 

 多読ジムの稽古のひとつに、エディション読みがある。まさにこの課題に向かうために用意されたような読書筋トレメニューである。破の文体編集術などを駆使しながら、中身だけではなく本の装丁を含めた「エディション」全体をあらゆる角度で観察し、松岡正剛の編集意図をアブダクションできるようになっている。マーキング読書も図解もリコメンド文執筆も用意されている。読むと書くを何度も行ったり来たりしながら、本の内容とともに構造や形態に着目し、方法的に読んでいくのがエディション読みである。

 

 多読ジムは、校長の“読相術”のエッセンスが詰まったものであるから、「読んで書く」の往来を自然に辿れることが魅力である。読書となると、どんなに編集稽古を繰り返していてもついつい内容ばかりに向かってしまいがちであるが、校長の読相術は、1冊の本をメディアとしてとらえ、デザインや構造にもきちんと目を配る。

 

 またそうやって多様な視点で自分が読んだ足跡を改めて書く中で、読書中に自分の頭の中で生じた情報のINとOUTの流れをリバースエンジニアリングできる。まさに読んで書く「読書」なのである。そのような編集工学的読書というのは一度は経験された方がいい。
 
 わたし自身も多読ジムの「読衆」として汗を流しているが、エディション読みは『本から本へ』『デザイン知』そして、『理科の教室』を経験した。しかし、『デザイン知』は途中までしか稽古できず脱落し、ひ弱な読書筋が露呈した。

 

 上記の「ウィズコロナエディション三冊屋」は、近いうちにエディション読みを通して、どんな「おしゃべり病理医編集ノート」コラムが書けるのか、考えてみたいなぁと思う。


■「読み」と「書き」の相互編集力

 

 読むように書けたらいいし、書くように読めたらいいと思う。校長の千夜千冊に共通する特徴は、校長がどんなふうにその本を読んだのかというプロセスをしっかり追えることである。だから、[離]の入院課題文を拝見した時、個人的には、その方の読みのプロセスが辿れるかどうかが、創文の完成度よりも気になった。

 

 校長の一夜の創文や千夜千冊エディションの編集について、参考になる千夜千冊エディションが『編集力』である。なんといっても編集工学のエッセンスが凝縮したエディションだし、自分がどれだけ編集工学を理解できているかということがエディションの構成ととともに確認できる。

 

 以前、ツッカム正剛で校長と対談した際、その当時発売したての『編集力』の話題になった。『編集力』の帯には、「連想=多読=暗黙知」とあるのだが、実はわたしは、いまだに最後の「=暗黙知」の部分をきちんと理解できていないような気がする。対談の際は、さらによくわかっていなくて、校長が「暗黙知」の話をされたときは、ついていくことができなくて、連想したフリをして「共感覚」に話題をずらすという姑息な策で逃げ切った(校長、すみませんでした)。もしかしたら、連想したフリというもの自体が暗黙知の産物なのかもしれないと思いつつ、あの後も何度かポランニーの千夜と原書を読んだりしているが、まだ本腰を入れて向き合えきれていない気がする。

 

 だいたいそうやってわからなくってごまかした事柄は、あとで必ずかえってくる。病理診断も、特にまずい判断をした診断ほどそういうことが多く、ボスの松本先生には、必ず同じような症例が近いうちに絶対やってくるから、とにかくしっかり見返して、その症例から学びつくすようにとよく言われる。そのリバース・エンジニアリングによる診断プロセスの徹底的な検証が甘いと、案の定、必ず同じような目に遭遇して、激しく後悔し、自己嫌悪に苛まれる。

 

 うーん、『編集力』も再読しなくちゃいけない気がしてきた。しかし『編集力』を読み込んだら、その効果を試すために他のエディションももう一度読んでみたくなるだろう。結局、今刊行されている16冊すべてを再読する必要がありそうだ(遠い目)。

 

 どうやって読書時間を捻出しよう?「よめばミヤコ、サッショーしまっせ」で大音美弥子さんに相談してみようかな?

 

 風のうわさで、近いうちに遊刊エディストに、読書相談の面白いコーナーができるんだとか。ぜひお楽しみに。

 

千夜千冊エディション『理科の教室』図解「理科少女の落書き」

 

◆図解、その心は?

 

 思いつくまま、一気に描いたため、途中でスペース不足で、章タイトルがほとんど書けない箇所も…

 丸いのは地球であり、瞳でもあります。地球を横切る赤道の線は上からかぶさってきたまぶたでもあり、まつげがびっしり生えています。つまり「半眼」状態。

 瞳の上側は天、下は地層になっています。瞳から上方は、思考を司る脳の方向でもあり、イメージとか思考の方法などが束ねられています。瞳に向かっていろいろなことを教えてくれる理科おじさんは上側に、それを受けて下の部分に2章や3章を(無理矢理)配置しました。4章は、背に腹は変えられるのかを試すため、下まぶたから反転しながら、脳の方向に向かって記述していきました。

 

◆多読ジム所感

 

 多読ジムのスタジオには、多読を後押ししてくれる冊師がいます。Season03は、「スタジオこんれん」増岡麻子冊師の素晴らしい“連声”によって、エディション読み稽古をコンプリートできました。
 『理科の教室』で、少女時代のおぐらかなこちゃんにも再会できました。ちょうど真夏の稽古で、通勤途中にセミの抜け殻を見つけて持ち帰り、家でじっくり観察したり、小学校の夏休みっぽいひと時を楽しめたのでした。
 『理科の教室』には、タングステンおじさんをはじめとした魅力的な変なおじさんがたくさん登場します。わたしも変なおばさんになって、最終的にはかわいいかなこおばあちゃんになれたらと思いました。


  • 小倉加奈子

    編集的先達:ナシーム・ニコラス・タレブ。病理医で、妻で、二児の母で、同居する親からみると娘、そして師範であり火元組。仕事も生活もイシスもすべて重ねて超加速する編集アスリート。増刷中の近著作『おしゃべりながんの図鑑』の直筆イラストも必見。