おしゃべり病理医 編集ノート - 千夜12のひみつ、ベスト10+α

09/25(金)17:50
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 松岡正剛事務所のディレクターであり、[離]の総匠でもあり、松岡正剛の仕事を誰よりも傍でつぶさに観察し続け、編集的世界観を全身で浴びてきた太田香保さん。先日の感門之盟における注目コーナーのひとつ「千夜12のひみつ」の中で、千夜千冊を巡る松岡正剛の編集のひみつを惜しげもなく披露された。

 

 ここで語られた内容からは、この連載コラムを12は書けそうに思うし、逆に今回だけでそのすべてを語ろうとすると内容が薄くなりすぎる。そこで、もったいぶって?少しずつお披露目していくことにしたい。

 

 それにしても、ZOOM画面に映し出された香保さんは妖艶だった。千夜千冊全集のテーマカラーである、インナーの赤とジャケットの黒のコントラストがひときわ艶やかで、「ひみつ」を握る妖しさが溢れる。ZOOMは面白いもので、映し出された登壇者によって、一気に画面全体のモードが変わる。一種の「タブロー効果」なのだと思う。通常の視野よりもずっと登壇者がズームされているからだろうか。肖像画のようなモンタージュ写真のような(笑)不思議なアフォーダンス。つい、パソコン越しに香保さんに見惚れて(というより香保さんの強い視線に射竦められて)、自慢のiPhoneスクショも忘れていた。痛恨。

 

 コーナー全体の構成に関してもさすがの編集が効いていた。千夜千冊とイシス編集学校の誕生秘話から始まるクロニクル的な流れでもって、ウェブ千夜、千夜千冊全集、千夜千冊エディションの編集のひみつが徐々に明かされていく。動画入りの映像とテレビ番組風のフリップを巧みに操る香保さんがだんだん魔術師に見えてくる。

 

 その中でも千夜千冊アクセス数ベストテンの結果が衝撃的だった。わたしの予想はほとんど当たらず、そして、世の中の動向ともその嗜好性がずれているように思い、興味深かった。以下、アクセス数のベストテンである。


 1位 1209夜 関裕二『物部氏の正体』378,400
 2位 1138夜 林美一『江戸の枕絵師』344,200
 3位 317夜 レヴィ=ストロース『悲しき熱帯』295,300
 4位 1361夜 ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』288,000
 5位 143夜 折口信夫『死者の書』281,500
 6位  1夜 中谷宇吉郎『雪』275,600
 7位 845夜 森達也『放送禁止歌』258,500
 8位 916夜 ハイデガー『存在と時間』258,300
 9位 950夜 ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』256,900
 10位 992夜 小林秀雄『本居宣長』253,600
                    (9月15日PV数)


 他称(多少)リケジョのおぐらとしては、生命、バイオそして宇宙など、いわゆる理系的な夜がほとんどないのが悲しかった。また、編集工学に直結するような千夜、という意味においても、ブリコラージュの方法論が示される『悲しき熱帯』以外にそれほど見受けられないのが意外であった。

 

 第2位の『江戸の枕絵師』に関しては、香保さんも、たいがいこういうテーマは上位に来るものですね、と苦笑していたが、ハイデガーの『存在と時間』の一夜もハイデガーとハンナ・アーレントの濡れ場?に惹かれてのアクセスがPV数の押し上げに貢献しているのではないか、と勘繰った。校長に限らず、「読むポルノグラフィ」あるいは「背徳の秘技」を”見る”ことに興味をもつひとが多いのだろうと思うと、少子化で先細りする日本社会を憂うご時世において朗報なのではないか。
 
 それにしても最大の謎は、1位がなぜこれなのか?ということである。今の日本のどこかに物部氏的な集団が暗躍しているのか。日本人のおおもとにおける世に隠された秘密を知りたいという願望を持っていたり、今の日本の体たらくをなんとかしたいと思っているひとが少なくないのか。この謎については、アクセス数の総数ではなく、時系列的なデータを見てそのカプタを探る必要がありそうだ。どんな社会現象を目の当たりにしたとき、多くの読者がこの一夜に向かうのだろう…

 

 コーナーを終えたばかりの香保さんに、ご自身にとっての千夜千冊ベスト3を伺ってみた。いろいろありすぎて、3つだけに絞るとなるとかなり考えこんじゃいますねぇと言いつつ、即座に「自身の中に刻印された」3夜を挙げてくださった。

 

 ひとつめは、アルベルト・ジャコメッティ『エクリ』(500夜)。香保さんご自身がジャコメッティを校長と出会う以前から心酔してきたということもあるようだが、やはりこの一夜には、校長自身の勇気や孤独の話のように読んでしまったとのこと。

 

 

 たしかに冒頭いきなり「ジャコメッティは勇気である」と始まる。校長にとって必要な「50グラムの勇気」であって、勇気が必要な時にジャコメッティを読むのだという。ちなみにわたしにとっての勇気の出る千夜は、ルイス・トマス『人間というこわれやすい種』(326夜)である。誰かの何かの役に立ちたいという衝動に駆られているのなら、思い切ってやってみればいいんだと思える。

 

 ふたつめは、イタロ・カルヴィーノ『冬の夜ひとりの旅人が』(923夜)。校長還暦の日の一夜である。この一夜は、意図的に校長が秘密をばらしているようなものだと香保さんは言う。「私は階段の吹き抜けを落下しながら世界を見ているんです」というカルヴィーノの言葉の引用のところで、やっぱり「あ、これが松岡正剛か」と思っちゃったのだとか。

 

 

 そして、最後のひとつ。ジョーゼフ・コンラッド『闇の奥』(1070夜)。冒頭の「ぼくは自分の甲羅に似せて土を掘る蟹ではありたくないので、好んでかれらを種痘のように接種する」という言葉に、うううううん、と、考え込んだのだそうだ。

 

 

 ───かれらを種痘のように接種する
 この一節から、ふと、免疫的自己には、生物学的な側面とともに、心やトラウマ的なとらえ方もあることに気づいた。それは思想や芸術といった文化的なものに近いだろう。松岡校長が様々な“思想的感冒”をどうやって乗り越えてきたのかに思いを馳せた。

 

 校長はつねに書物を通じてあらゆる非自己に感染し、何かを発症させ、そして治癒の過程でその思想を編集的に昇華させるのである。それこそが校長の読書術の極意であり、つまりは“読相術”なのだろう。あらゆる情報に対する編集思想的ワクチンによって、校長のしなやかなソーシャル・ディスタンスは刻々と更新され続けている。

 

 おそらく香保さんから語られた「12のひみつ」は、まだまだ表層的な話にとどまっているのだろう。松岡正剛の編集は、簡単には語りえぬものであり、明かすことのできないひみつはまだまだ広く深いだろう。また、なんといっても千夜千冊の読書体験というものは、ランキングや校長の編集意図や方法をどれだけ分析したとしても、個人個人で全く違うものである。

 

 再び、カルヴィーノの千夜より

 

   読むことと読まれることのあいだに、いくらでも世界を
   挿入するカルヴィーノ‥‥。見ることと、自分を見る自
   分と、その自分をまた見る他者の眼とを駆使するカルヴィ
   ーノ‥‥。なぜカルヴィーノはこんなにも多重に「読む」
   や「見る」の可能性に長けているのだろうか。

 

 わたしたちもカルヴィーノのように千夜千冊や本を自在に読めたらいい。もちろん、そのためにすべての編集稽古があるのだし、[離]の世界読書奥義伝はその方法をこそ学ぶ場所である。

 

 法政大学総長の田中優子先生が、多様な方法で本を読むことを編集稽古を通して再認識したとおっしゃっていた。また、そのために編集稽古をし続けますと、宣言もされていた。

 

 わたしも千夜を読むという究極の編集稽古を地道に続けていくことで、自分なりの千夜のひみつを繙いていきたい。


  • 小倉加奈子

    編集的先達:ナシーム・ニコラス・タレブ。病理医で、妻で、二児の母で、同居する親からみると娘、そして師範であり火元組。仕事も生活もイシスもすべて重ねて超加速する編集アスリート。増刷中の近著作『おしゃべりながんの図鑑』の直筆イラストも必見。