おしゃべり病理医 編集ノート - 「おしゃべり病理医のMEdit Labo」医学(Medicine)×編集(Edit)で世界を読む

11/11(水)09:01
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 Mには、数学(Mathmatics)ではなく、医学(Medicine)を。Aは、リベラル・アーツ(Arts)からさらに奥に分け入り、結合術(Ars Combinatoria)へ。情報同士のアイダをつなぐ古来の方法、アルス・コンビナトリアは、編集工学のアーキタイプにほかならない。こうして、医学と編集工学を重ねていくことで、STEAM教育に新たな風を吹き込む。

 

 ウィリアム・オスラー医師は、

──The practice of medicine is an art, based on science.

と言ったが、これからは、

──The practice of medicine is “arts of combination”, based on science.

なのである。そして、次第に”arts of combination”は”editorial engineering”と言い換えられるだろう。

 

 先日、経済産業省「未来の教室」のプロジェクト、STEAMライブラリー事業に、編集工学研究所と順天堂大学の合同チームの企画が採択された。現在、他の23のコンテンツとともに、経済産業省からプレスリリースされている。

 

 編集工学的アプローチによって、医学をどうやって語り直すことができるか。ネクストイシス的なプロジェクトとして、編集工学をいかに社会化していくか。「編集は冒険である」という言葉を今まででいちばん実感している。

 

 「未来の教室」とは、様々な子どもたちにあらゆる学習の場の提供を、ということで、1)学びのSTEAM化、2)学びの自立化・個別最適化、3)新しい学習基盤づくりを3つの柱として2018年にはじまった経産省肝いりのプロジェクトである。文部科学省と協力しながらも経産省的な視点が導入され、教育系の企業を積極的に取り込み、産学連携、官民連携を推進していることもあり、今までも興味深い実証事業が展開されてきている。

 

 今年度の「未来の教室」は、「STEAMライブラリー」をいよいよ立ち上げる。インターネットのプラットフォーム上に、誰もが無料で活用できるSTEAM教材を並べるというものである。

 

 STEAMとは、Science、Technology、Engineering、Arts、Mathmaticsの頭文字を取った略語で、世界共通の教育キーワードと言われている。Arts以外は理系っぽい用語が並ぶし、実際、理系偏重の副作用を生む用語だと思うが、経産省は、Artsをもう少し具体的にLiberal artsと読み替え、文系的な学問とのインタースコアを促してはいる。

 

 編工研×順天堂チームのわたしたちが提案するコンテンツのタイトルは、「おしゃべり病理医のMEdit Labo-医学(Medicine)×編集(Edit)で世界を読む」という。Mを医学とみなし、Aはアルス・コンビナトリアまで遡り、Eにeditの意味も含ませたのはもちろんわたしたちだけ。ふふふ。こちらのコラムと同じ名前の教材がいったいどんなものになるか、来年3月の完成を楽しみにしていてください!

 

 中高生向けの病理診断セミナーを企画してきた中で、だんだんと病理学を伝えるだけでは間に合わない、という気がしてきていた。数年の間に、病理医を取り巻く環境はどんどん変わり、遺伝子診断による新たな標準化の波が押し寄せてきていた。

 

 将来、AIによって病理医の仕事は奪われるのか。細胞や組織の形態を読む、という職人めいた病理医の特徴は、遺伝子の網羅解析でどれだけ変質するのか。そういった病理医の将来についての質問が投げかけられるようになった。こうした問いには、病理学の中だけを観察していては全然間に合わない。グローバル資本主義に首まで浸かっている医学の動向を見ているだけでもまだ足りない。

 

 コロナが一気に世界を覆う中、医学や医療の在り方を考察するためには、この世界を全く別の見方や方法をもって捉え直す必要が出てくる。既存の枠組みを超えた、いわゆる“新たな埒”を生み出す教育現場がこれからますます求められるだろう。それには、絶対に2つのことが必要だと思った。ひとつは、医学教育を実際に中等教育にまで下ろすこと。もうひとつは、そこにイシス編集学校の[離]のメソッドを投入していくことである。医学部に入ってからでは遅いし、医学部だけでは狭い。専門的なコンセプトを様々なコンテクストで学ぶ場を構築するためには、子ども達にこそ、離、だと思うのだ。

 

 40代を目前にしての世界読書奥義伝[離]の体験は、とてつもなく大きなターニングポイントであった。稽古に没頭する日々の中、ふと気がついたら、世の中があまりにも違って見えたものだから、病理医、大学教員、母、妻、編集学校師範、日本人、ひとりの人間、そういった“たくさんのわたし”の在り方についても再考を余儀なくされた。想像以上にあらゆることを知らないまま生きてきたことに衝撃を受けつつも、ワカってカワル喜びを全身で感じられた[知]の体験は、自分の中にとどめていてはいけないだろうと思ってきた。

 

 病理診断セミナーや書籍の執筆など、病理医としての活動と、イシス編集学校における火元組やその他のプロジェクトへの参加を並行して行う中で、ようやく両輪を同時に回せるチャンスが到来した。編集工学を活用して医学教育を変える。あるいは医学という魅力的な学問を活用して、編集工学の本質を伝える。そういう唯一無二な教材を創ってみたい。

 

 「おしゃべり病理医のMEdit Labo」の開発は、とても楽しく進んでいる。医学教育コンテンツなのにも関わらず、医学を専門としているのはわたしだけ、というところがかえって面白い。だいたい専門家が二人以上集まると、どうしてもお勉強的になりすぎ、方法より内容に向いてしまう。医学については門外漢で、コンテンツをあくまでもメディアとして徹底的に見ていくという視点が投入されることでコンテンツの魅せ方が膨らむ。サブカルチャー的な要素やゲーム性をふんだんに投入することで俄然、変な教材ができていく。中高生に刺さる教材にするには、なんといっても変じゃなくちゃいけない。埒外に向けてのぎりぎりを目指す。

 

 開発メンバーは、吉村堅樹さん、金宗代さん、上杉公志さん、衣笠純子さん、そして、わたし。教材動画の撮影は小森康仁さん、資料のデザインは穂積晴明さんにお願いする。おぐらもイラストを描くし、上杉さんは作曲する。大半がエディストメンバーだ。

 

 開発ミーティングは笑いが絶えない。毎回、わたしが作ったドラフトをもとに話し合いが進むが、吉村さんが、いつもとんでもないことを提案してくる。それって(医療現場として、あるいは国が認可する教材として)ぎりぎりだなぁというところを果敢に攻めている。

 

 「病理検査室に自転車に乗って登場する」「漫勉の替え歌を歌いながら細胞の絵を描く」「バレリーナ姿を披露する」などなど。一番最後のアイディアは、とてもじゃないけれど全国展開に耐えられそうになかったため、全力でお断りした。吉村さんのぶっ飛んだ提案に対し、金くんが実現可能そうでかつメディアとして魅力的な意見を投入し、軌道修正してくれる。上杉さんは、とてもジェントルにまっとうかつ鋭い意見を述べるし、なんといっても素敵な音楽を作って励ましてくれる。カエルくんの診察シーンに看護師コスプレで登場する案が浮上したときの衣笠さんは、目を輝かせていた(即却下になったときは、しょんぼりしていてかわいかった)。そんな女優魂が奥底で燃えている衣笠さんは、プロジェクト全体のスケジュールや経費の立案や経産省との交渉事を含め、きめ細やかに配慮してくれている。やっぱり編集って、不足と遊びと対話から生まれるのですね。

 

 コンテンツは、ガイダンス&プレワークと、医学×バイオ、医学×歴史、医学×読書の3つのインタースコア型のテーマから構成されている。バイオの回は、ウイルスの感染戦略とそれに対抗する人体の免疫機能を学んだうえで、ウイルス対人類の対戦型カードゲームで遊んでもらい、社会におけるウイルスっぽい現象まで考察してもらう。自己とは何かという命題にも迫る。

 

 医学×歴史においては、唯名論と病名、道具と医学の関係性、感染症と病院の歴史に学びつつ、バイオで扱った非自己に接する自己の確立と差別の歴史の間に対角線を引いてみる。間にいくつもの編集稽古が挿入される。医学×読書では、カルテの書き方、SOAPの型や目次読書法を経由したTwitterの140字の創文ワークなどを盛り込んでいる。

 

 

 内容的にも方法的にも多密で過剰な「おしゃべり病理医のMEdit Labo」。何よりおしゃべり病理医としてわたし自身のキャラ立ちが重要であるようだ。不安と緊張が日に日に増しているが、異質であることを怖れるな、という声がどこからか聞こえる。

 

 不安と緊張に対する特効薬は、松岡校長の「用意と卒意」である。開発の佳境を迎えつつある今は、おしゃべりが炸裂できるように自転車通勤時にリハーサルを重ねていこう。最近は幸い自転車日和の日が多い。

 みなさん、次はMEdit Laboでお会いしましょう♪


■METI/経済産業省 ニュースリリース

https://www.meti.go.jp/press/2020/10/20201027002/20201027002.html

「STEAMライブラリー」構築事業をスタートします

■経済産業省「未来の教室」

https://www.learning-innovation.go.jp/news/verificationoperator2020/

「未来の教室」2020年度事業における事業者一覧

■編集工学研究所 プレスリリース
https://www.eel.co.jp/topics/news/2454
「おしゃべり病理医のMEdit Labo」が経済産業省による2020年度「未来の教室」
STEAMライブラリ事業に採択されました

■順天堂大学 プレスリリース
https://www.juntendo.ac.jp/news/20201030-01.html
経済産業省「未来の教室」STEAMライブラリー事業に採択


  • 小倉加奈子

    編集的先達:ナシーム・ニコラス・タレブ。病理医で、妻で、二児の母で、同居する親からみると娘、そして師範であり火元組。仕事も生活もイシスもすべて重ねて超加速する編集アスリート。『おしゃべりな図鑑』シリーズの執筆から経産省STEAMライブラリー教材「おしゃべり病理医のMEdit Labo」開発へ。おしゃべり病理医の編集的冒険に注目!

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