身も蓋もない美術展 OTASIS-23

2021/08/12(木)14:23
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 サントリー美術館でなんともユニークな展覧会をやっていることを知って、激暑と緊急事態宣言さなかだけど行ってみた。その名も「ざわつく日本美術」展。「うらうらする」「ばらばらする」「ちょきちょきする」「はこはこする」「じろじろする」「ざわざわする」という、まるで編集稽古の応用編のような、オノマトペ尽しの展示構成である。

 

 行ってみて驚いたのは、日本美術の優品を並べておきながら、それらを触らぬ神よろしく「宝物」扱いせずに、かなり大胆な展示方法で見せていたことだ。展覧会のチラシに《これは、「見る」を愉しむ展覧会だ》とあったが、まさに日本美術の意外な見方を案内し提案してくれていた。しかもほとんどの展示はスマホで撮り放題なのだ。以下、その恩恵にあずかって自分で撮影してきた写真をもって、私がとくに関心をもった展示を案内したい。

 

うらうらする

 

 「いつもは正面や表側ばかりが見える作品の、知られざる裏の顔を見せる」企画。豪奢な有田焼の色絵鉢や乾山の色絵盃台、木米の三彩鉢など、ふつうに表だけ見ても十分眼福なものたちを、鏡面の台の上に置くなどしてあえて「裏」を見せる。それでどうなるかといえば、表裏をあわせて初めて意味をなすような、アナロジカルな意匠の機知に気づくことができたりするわけである。これは美術品の持ち主でもなければ味わえない楽しみであろう。

 

 能役者でなければ向き合うこともなさそうな、能面の裏側を見せる展示もあった。顔面の凹凸がひっくり返っているうえに、演者の汗が染み込まないよう塗られた黒漆がブラックホールめいて、覗き込んでいると顔が吸い込まれそうな気がしてくる。これもまた、表からでは絶対に想像のつかない景色である。「能」の凄みがこんなところにも宿っているのかと納得もさせられる。

 

 手前は「山姥」、奥に見えているのが「小面」。いずれも「天下一」と呼ばれた名人・是閑吉満作。静謐な能面の裏側のノミ跡の荒々しさも見どころ。

 

ちょきちょきする

 

 わけあって切断されたりして制作当時の姿から様変わりしている美術品を、再現展示も取り入れて見せる企画。屏風絵の表裏それぞれに描かれていたのに引きはがされたもの、六曲の風俗屏風なのに6枚のパネルに分割されてしまったものなどなどだ。なかで、佐竹本三十六歌仙絵巻は、あまりにも価値があがりすぎたために明治時代に益田鈍翁の発案で36枚に切断され、当時の財界数寄者たちにくじ引きで割り当てられたという日本美術史上きっての大事件で有名なもの、展覧会では高橋箒庵が引き当てた源順(みなもとのしたごう)の断簡が展示されていた。

 

 佐竹本三十六歌仙絵巻は数ある歌仙絵のなかでも優美さをもって知られる。この源順の表装は箒庵の意図によるものとされ、「水のおもにてる月なみを」という和歌にちなんで流水をあらわす墨流しの表装が施されている。絵巻を断簡にしてシェアするというような暴挙をやっても、明治の数寄者たちの目利き力はやっぱりすさまじい。展示では、これがもとは絵巻であって断簡にされたことをあからさまに示す工夫がなされていた。

 

じろじろする

 

 ぱっと見で済ませずに、じろじろよく見たくなるような作品ばかりを並べた企画。ここは二つほど切り口がある。まずひとつは、豪華で贅を凝らした着物や螺鈿の箱や色絵大皿などなど、意匠や細工がこまやかで込み入っているために矯めつ眇めつ眺めたくなるような優品たち。とくに色とりどりの刺繍で宝尽文様が全面に施された着物は、心ゆくまで文様のディテールに入れるように平置きされていたので、十数種の「宝物」の解説パネルを横目に、すっかり堪能させてもらった。

 

 平置きされた茶練緯地宝尽模様腰巻のディテール。方勝、七宝、分銅、隠れ簑、隠れ笠、宝巻、宝珠などの宝物(縁起物)が鮮やかに刺繍されている。

 

 もうひとつの切り口は、描写がイミシンなので、ディテールに目を凝らしてそこに含まれている情況や心情を読み取らなければならないような絵画など。「病草紙より不眠の女」(断簡)、「氷室の節句図」「雨宿り図屏風」など、展示解説をじっくり読み込むことで初めておもしろさがわかるというものが並んでいた。

 

ばらばらする

 

 ふつうはいっしょに展示されるべき、器物の器と蓋をあえてばらばらに展示するという企画。私は今回の展覧会のなかでこのコーナーにいちばん驚き、楽しんだ。まさに、松岡正剛がつねづね説いている編集の極意「伏せて開ける」の効能を、目にもの見せてわからせてくれるような展示であった。

 

 これは鉄製の銚子の展示だが、手前にある七宝を凝らした蓋だけを眺めながら、すりガラスの向こうにある本体を想像してみよ、という意図なのだ。同じ手法で、蒔絵の蓋付徳利や、切子の蓋付鉢、朱塗りの絵蓋付椀などが展示されていた。いずれもおもしろかった。でも手前に器のほうを置き、ガラスの向こうの「蓋」の意匠を想像させたほうがもっと難度があがりそう。それくらい、展示品の蓋の意匠はどれもこれも意表をつくものだった。

 

 ほかに繊細華麗な蒔絵の施された4つの硯箱の蓋と身をばらばらに並べて、どの蓋と身がペアなのかを当てさせるというクイズ仕立ての展示も用意されていた。正しくマッチングさせるには、蒔絵の技法やスタイルや時代感、蓋と身の意匠を合わせることで浮かびあがってくる和歌や物語に目を凝らす必要がある。企画の狙いどおり、老若男女が寄ってたかって、ああでもない、こうでもないと夢中で蓋身合わせをする姿が見られたのも一興だった。

 

はこはこする

 

 美術品を収納するための箱だけを展示した、画期的な企画。日本の美術品はなんといっても箱と箱書きがものをいう世界である。とりわけ茶道の世界では、ひとつのお道具に対して所有者が移るたびに新しい箱がつくられそこに権威者が箱書きしたりして、何重もの箱にマトリョーシカ状態で納められていることもある。

 

 こちらは楽家の三代目・道入の黒楽茶碗「銘・山里」のためのハコハコ。奥の大きいのが総箱、手前左から久田宗全・宗也の箱書きのある旧箱、次が明治時代につくられた二重箱の内箱と外箱で、内箱のほうには鈍翁の箱書き、外箱と総箱には森川如春庵の箱書きがある。

 

 ほかに、笙のためのハコハコや、絵巻をしまうためのハコ、薩摩切子のためのハコなどが、それぞれの由緒を示した箱書きの解説付きで展示されていた。じつは、それぞれの箱の中身の茶碗や美術品もちゃんと展示されているのだが、なんと箱の展示ケースからわざと離れた場所にポツネンと置かれていて、ここでもやはり箱と中身が泣き別れ、伏せて開ける仕掛けになっていた。私はハコハコの壮観に心奪われすぎて、ロクに中身の美術品を見ることができなかった。

 

ざわざわする

 

 これでも「美術品」といえるのか?と、美術好きの見識をあえてざわつかせることを狙った企画。ひたすら半裸の男たちがオナラをしまくっている「放屁合戦絵巻」、ホラー映画なみにおどろおどろしい描写の「道成寺縁起絵巻」、「稚児之草紙」などと並び日本三大性愛(ポルノ)絵巻のひとつとされる「袋法師絵巻」などなど。

 

 冒頭に紹介した展覧会のチラシにあしらわれた役者絵も、ざわつき美術のひとつである。展覧会ではエントランスに飾られていた。描かれているのは五代目菊五郎で、明治時代に「砂目石版」という最新技術によって刷られ「西洋錦絵」として売り出されたものだが、この質感とリアリティが受け入れられず不評に終わってしまったのだという。

 

 この妙なざらつき感をもつ不遇な錦絵の菊五郎を、「ざわつく美術」のメインキャラクターにしてしまうあたりには、「見る」を愉しませるだけではなく、皮膚感覚まで刺激したいという狙いがあるのだろう。

 

 とにもかくにも、大胆不敵な企図や手法にとことん乗ってしまいたくなるような、チャレンジングな展覧会なのである。

 

*サントリー美術館HP「ざわつく美術館」

https://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/2021_2/

 

 

おまけ

 サントリー美術館の企画委員をつとめている田中優子さんがこの展覧会をたいそうおもしろがっていて、ヘンコウケン主催の「間庵」で参加者に紹介をし、毎日新聞の連載コラム「江戸から見ると」にも取り上げて「作品を見るとは知識を増やすことではなく眺め尽くすことだと改めて気づかせてくれる」というふうに書かれていた(8月4日付)。田中さんによると、展覧会の企画は美術館の学芸員の皆さんたちによるものだそうだ。

 

 なお、今回掲載した写真の使用については、直接美術館に問い合わせて了解をいただいた。撮り放題であるだけではなく、まじめな記事であれば使いたい放題でもあるようだ。

 


  • 太田香保

    編集的先達:レナード・バーンスタイン。慶応大学司書からいまや松岡正剛のビブリオテカールに。事務所にピアノを持ちこみ、楽譜を通してのインタースコア実践にいとまがない。離学衆全てが直立不動になる絶対的な総匠。

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