LPPとヴィゴツキーを体現するテレビ番組[芝居と読書と千の夜:7]

07/27(月)10:53
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 ああ、今年も終わってしまった。

 

 ここ数年、最も楽しみにしているテレビ番組を、あっという間に見終わってしまったのだ。アメリカの番組で、Netflixでやっているから、日本では知らない人が多いだろう。こんなタイトルだ。

 

★テレビ:Netflix「ル・ポールのドラァグ・レース」

 

 一言で言うと、ドラァグ・クイーンの勝ち抜きコンテストである。最初に13名のクイーンが集い、毎回の放送で基本1人ずつ脱落していく。そして、最後に残った3~4名で最終決戦をして、「スーパースター」を選出する仕組みになっている。2009年に始まって、2020年の今回がシーズン12。なかなかの長寿番組だ。

 番組の基本構成も決まっていて、挑戦者たちは毎回、何らかの課題(ミニ課題・メイン課題)を与えられる。加えて、いつもファッションショーが開かれる。メイン課題とショーの総合評価で脱落候補2名が選ばれ、その2名でリップシンクを行い、できが悪かった1名が脱落する。リップシンクとは、音楽に合わせて口パクでダンスするパフォーマンスで、10年ほど前にはるな愛がやっていた「エアあやや(松浦亜弥のモノマネ)」がまさにそうだ。あれはドラァグ・クイーンの文化だったんですね。

 この番組を仕切っているのは、ル・ポール。世界一有名なドラァグ・クイーンだ。ル・ポールのほか、手厳しいミシェル・ヴィサージュ、岩下尚史さんに似たロス・マシューズ、優しいカーソン・クレスリーがメイン審査員で、そこにゲスト審査員が加わる。ゲストはなかなか豪華で、過去にはレディー・ガガやアリアナ・グランデなどもやってきた。なお、優勝賞金は10万ドルとコスメ1年分。それとは別に、毎回のメイン課題に勝ったら5000ドルがもらえる。

 

ル・ポール(右)とミシェル・ヴィサージュ(左)

 

 

ファッションに強いだけでは勝てない

カオスで複雑、お下劣で飽きないコンテスト

 

 というのが番組の概要だが、僕はときどき「なんで、ル・ポールのドラァグ・レースがこんなに好きなんだろう?」と自分でも不思議に思う。どのくらい好きかと言うと、フワちゃんがこの番組で英語を覚えていると聞いて、フワちゃんの好感度が上がったくらいである。番組ファンを好きになるくらいだから、けっこうなファンなのだ。

 ついこの前まで、僕はその理由を「カオスで複雑だから」だと考えていた。この番組は課題が多様で、自分で服をつくるファッションの課題もあれば、ダンス、歌、演技、お笑い、果てはディベートやマーケティング企画の課題まで出る。個人戦もあればチーム戦もある。各課題の講師がまた贅沢で、たとえば今シーズンは、ウーピー・ゴールドバーグがゲストに呼ばれて、一人芝居の稽古をつけていた。ウーピーのアドバイスは的確で優しく、涙が出るほど素晴らしかった。

 課題が多岐にわたるので、何か一つに秀でていても勝てない。ファッションがベースとして重要なのは間違いないけれど、それだけではダメなのだ。実際、今シーズンはファッションに強いクイーンが早々に脱落した。逆に以前、ダンスがとにかく上手で、何度も脱落候補になりながらもリップシンクで生き残りつづけ、最終決戦まで残った猛者もいた。最初の時点では、誰が最後まで残るかほとんど予想がつかない。

 また、課題以外の部分もいろいろと面白くて、全員オネエということもあって会話はお下劣で楽しい。当然ながらケンカや問題が起こることも多く、そういったこともスパイスになる。一方で、レース中に付き合い出すカップルが出てきたりもする。そんなこんなを見ているのが飽きない、というのは間違いなく番組の魅力だ。

 

シーズン12のクイーンの1人で、メイクが特徴的な若者。

見たらすぐわかるけど、一人ひとり全然違う。

 

 

LPPでは親方だけが教えるのではなく

「コミュニティが教える」

 

 ただ、「それだけじゃないんだよなあ」「自分にはまだ言葉にできていない魅力があるなあ」とも思っていた。つい先日、まさにシーズン12を見ている最中に、新たな千夜千冊と、同時期に仕事で読んだ本によって、突然それが言葉になったのだ。

 

★千夜千冊:1746夜 ジーン・レイヴ&エティエンヌ・ウェンガー

      『状況に埋め込まれた学習』

★本:ロイス・ホルツマン『遊ぶヴィゴツキー』(新曜社)

 

 結論から言うと、ル・ポールのドラァグ・レースは「LPP的」かつ「ヴィゴツキー的」で、それが大きな魅力になっていると思う。この説明だけでは全然伝わらないと思うので、わかりやすく説明したい。

 

 まず「LPP」とは何か。LPPとはLegitimate Peripheral Participationの略で、日本語に訳すと「正統的周辺参加」となる。正統的な組織なのに、周辺的な参加がいくらでも可能な学習組織(実践共同体)のことだ。典型的なのは、職人や料理人といった「徒弟制」の組織である。1746夜には、このような説明がある。

 

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 LPPの骨子は、ある種の実践的な共同体のなかで学習が進むとき、新参者が参加障壁もなく、ハンディキャップなく受け入れられて、その途中から中核メンバーに認められ、まわりからも一目おかれるようになれるのは、どういう学習組織でおこりうるのかということを研究しようというものだ。

 二人[ジーン・レイヴとエティエンヌ・ウェンガー]はいくつかの徒弟制の例(仕立屋・海軍操舵手訓練組織・肉屋・アルコール依存症回復グループ・部族の産婆集団など)をフィールドワークしたりインタビューをして、そのような学習組織にめざましいLPP(正統的周辺参加)がおこるのは、おそらくそこには「状況に埋め込まれた学習」(situated learning)がおこっているからだろうと結論づけた。

 いくつかの特徴も描き出した。学習型の組織があること、参加基準が比較的自由であること、学習が個々のスキル獲得のための指示的教育(directive teaching)になっていないこと、教授学的構造(pedagogical structure)をもたないこと、学習者がスキル獲得者ではなく全人的に(whole personとして)捉えられていること、チームあるいはグループの中での相互的で協同的な実感が高いこと、などなどだ。

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 徒弟制というと親方が弟子に教えるイメージが強いが、実際のLPPでは、親方だけが教えるわけではない。「熟練というものが親方の中にあるわけではなく、親方がその一部になっている実践共同体の中にある」のだ。コミュニティの状況に学習が埋め込まれており、いわば「コミュニティが教える」のである。確かに料理人は、下働きしながら料理長や先輩の技術を盗み、周囲のいろんなことを学んでいく。LPPでは、同様の学びが起こっているというのだ。

 松岡校長と宮之原立久さん、太田剛さんたちは、このLPPを発展させて「eLLP」を生み出し、イシス編集学校をつくった。その経緯は1746夜に詳しく書かれているので、ぜひ読んでください。

 

 

 

私たちは「パフォーマンスする人」であり

周囲のパフォーマンスを模倣しながら発達する

 

 その1746夜にも名前が出てくるのだが、「コミュニティが教える」という考え方を示したのは、もともとはレフ・ヴィゴツキーだ。ヴィゴツキーは20世紀初頭のロシアの心理学者で、「発達の最近接領域」という概念を唱えたことで知られている。僕がたまたま、1746夜と同時期に読んだロイス・ホルツマン『遊ぶヴィゴツキー』(新曜社)によれば、発達の最近接領域とは「世界への働きかけを可能にする環境」のことである。

 これまた何を言っているかわかりにくいと思うので、実例を交えたい。ヴィゴツキーは赤ちゃんの言語学習を主に研究していた。どんな赤ちゃんも、学校のような場で言葉を学んだりしないのに、自然と言葉を覚えていく。なぜか。ヴィゴツキーが発見したのは、「赤ちゃんは、家族(コミュニティ、グループ)の社会生活をつなぎ、変換してゆく不可欠の要素となりながら、話し手、作り手、言語の使い手として発達する」という事実だった。たとえば、赤ちゃんが「バブバブ」と手を伸ばしたとき、母親や家族は「お腹へったの?」などと話しかけながら、哺乳瓶を渡したりする。このようなとき、母親・家族は「赤ちゃんが、話し相手、通じあえる相手、考える人、意味を作り出すものであるかのように話しかける」。まるでバブバブが、本当に「お腹減った」と聞こえたかのように接するわけだ。そうして「より発達した話し手は、赤ちゃんのことばを『完成』させ『会話』がつづいてゆく」。赤ちゃんは、そんな母親・家族とのやり取りを少しずつ創造的に模倣していくことで、何年か経つと見事に話せるようになっていく。これが、ヴィゴツキーが見つけたことだ。

 『遊ぶヴィゴツキー』の著者、ロイス・ホルツマンは、このヴィゴツキーの理論を大人にも当てはめた。大人だって、どこかのコミュニティに入って周囲を創造的に模倣することで、何かをマスターしていくのではないか、というのだ。ホルツマンによれば、私たちはそもそも「パフォーマンスする人」であり、周囲のパフォーマンスを模倣しながら、「グループ作りのプロセスに参加することで成長がもたらされ、そのなかで人は生き生きとなれる」という。

 ホルツマンたちは、この考え方をさらに実践的に発展させ、「オールスター・プロジェクト」という面白い組織を立ち上げた。貧しい若者たちに、ダンス・音楽・演劇などのパフォーマンストレーニングを無償で行い、パフォーマンスを発表する場を提供する。そうやって彼らの新たな世界の扉を開くことで、生きる自信をつけてもらうという取り組みだ。「アイデンティティをパフォーマンスするのに最適なのは劇場の舞台」であり、「もし舞台でパフォーマンスできれば、人生でもパフォーマンスできる」というのが、彼らの考え方だ。演劇好きとしては興味深く、腑に落ちる見方である。

 

 

 

この番組は

ドラァグ・クイーン・コミュニティの入口でもある

 

 一夜と一冊をここまで読んで、「あ、これはル・ポールのドラァグ・レースと同じだ」と思った。なぜなら、実はこの番組は、ル・ポールを中心とした「ドラァグ・クイーン・コミュニティ」の入口でもあるからだ。このコミュニティに入ると、番組終了後にさまざまなドラァグショーに呼ばれ、お金を稼げる。優勝者(スーパースター)は、少なくとも1年間は世界中で引っ張りだこになるらしい。それどころか、最初に脱落したクイーンですら、ショーに呼ばれる可能性が十分にあるのだ。

 その面からみると、この番組は、ファッション・ダンス・音楽・演劇・お笑いといったドラァグショーに必要なスキルのトレーニングを受ける場でもある。まさに、コミュニティの状況に学習が埋め込まれている実践共同体なのである。先ほど紹介したオールスター・プロジェクトにもよく似ている。ル・ポールたちはオールスター・プロジェクトを参考にしているのではないか、という気さえするほどだ。

 実際、毎シーズン、番組内ですくすくと力を伸ばし、急速に自信をつけていくクイーンが必ず何人か出てくる。今シーズンも、序盤は泣きべそをかいていて「早めに落ちるだろうな」と思っていたのに、どんどん場に適応していって最終決戦まで残ったクイーンがいた。

 加えて、彼らが興味深いのは、「自分はパフォーマンスする人」だという自覚が深いことだ。その要因は、普段から化けていることにある。彼らの多くは、自分がなぜドラァグ・クイーンをしているか、化粧と衣装の下に何を隠しているか、ドラァグ・クイーンとして何をパフォーマンスしようとしているのか、といったことを日々考えている。彼らを見ていると、見ている僕まで考えさせられる。自分は普段、どこで何に化けているのだろうか。そうすることで何を隠そうとしているのだろうか。

 

シーズン12のクイーンの1人。序盤に泣きべそかいてた不思議ちゃん。

 

 

互助的コミュニティのなかで

ワイワイどんどん変化していくのが好き

 

 最後に、これまで触れてこなかったけれど、この番組は「アメリカの現実が見える」という意味でも見どころが多い。たとえば、白人・黒人・アジア系が必ず混ざっており、彼らの微妙な関係が垣間見える。シーズン12にはアラブ系クイーンも出てきた。貧富の差もあって、貯金が数十セントしかないクイーンがいつも1人、2人いる。

 彼らは全員、大小の差別や親の無理解といった問題を必ず抱えている。アメリカではLGBTの理解が進んでいて日本が遅れているというのは、この番組を見る限り、一面的な見方に過ぎない。あちらでもやはり、個人差が大きいのだ。文化差もあって、たとえばカリブ海地域は全般的にLGBTに厳しいらしい。そんなこと日本のコンテンツでは全然わからないことだ。

 それから、少々ショッキングな話をすると、僕が知る限りでは過去2人、番組内で「自分はHIVだ」と告白したクイーンがいた。そうした多種多様な苦難のエピソードを話しながら、楽屋やステージで泣き出す光景は珍しくない。ル・ポールのドラァグ・レースは、ときにシリアスな問題を突きつけてくる。

 これは、そうした者たちが集い、ハングリーにお金を稼ごうと頑張る「弱者たちの互助的コミュニティ」でもあるのだ。コンテストで誰が勝つとか、あのファッションが素晴らしいとか、そういうのはもちろん楽しいのだが、それ以上に、このコミュニティのなかで、いろんな人たちが参加してワイワイと真剣にあれこれやりながら、どんどん変化していく様子を覗くのが、僕はなんだか無性に好きなのである。

 

シーズン12のクイーンの1人。おそらく番組初のアラブ系クイーン。

 

 編集学校には、僕が何を楽しんでいるのか、何となくでもわかっていただける方が多いのではないか、という気がする。そういう皆さんはぜひどうぞ、騙されたと思って「ル・ポールのドラァグ・レース」を一度見てみてください。もしかしたら、ハマっちゃうかもしれませんよ。(※ちなみに、シーズン1から見る必要はまったくありません。シーズン10か11くらいから見るのが一番入りやすいのではないかと思いますが、どこからでもOKです。)


  • 米川青馬

    編集的先達:フランツ・カフカ。ふだんはライター。号は云亭(うんてい)。趣味は観劇。最近は劇場だけでなく 区民農園にも通う。好物は納豆とスイーツ。道産子なので雪の日に傘はささない。