オレたち/ワタシたちの歌舞伎[芝居と読書と千の夜:17]

2021/05/01(土)10:18
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★演劇:木ノ下歌舞伎

 

 

現代劇で歌舞伎をやってもいいじゃない

 

 これから、前回お勧めした木ノ下歌舞伎『義経千本桜―渡海屋・大物浦―』について語りますが、その前に「木ノ下歌舞伎」を簡単に紹介します。

 

 一言で言えば、木ノ下歌舞伎は「現代劇による歌舞伎」をやっている団体です。歌舞伎役者が歌舞伎座で演じるのではなく、現代劇の役者さんたちが、現代劇の劇場で、現代劇の演出で歌舞伎を演じます過去公演の写真を見ると、雰囲気が少し伝わると思います。

 ただ、実は随所に歌舞伎っぽい演出が入ってくるので、完全な現代劇とも言えません。役者さんたちは、ある部分では歌舞伎の動きをコピーしますし、衣装も着物もあればTシャツ・ジーパンもあって折衷的です。全体的には、「現代劇と歌舞伎のあいだ、かなり現代劇寄り」という感じですね。『義経千本桜―渡海屋・大物浦―』を見た方は、感じがわかるはずです。

 

 僕がはじめて見たのは、2015年の『黒塚』でしたが、一緒に見に行った妻が「これは、オレたちの歌舞伎だ」と感想を漏らしました。以来、僕は木ノ下歌舞伎のことを、密かに「オレたちの歌舞伎」と呼んでいます。見れば見るほど、オレたちの歌舞伎、の印象が強まっています。
 ただ、『黒塚』は男性だけでしたが、女性が出演する演目も多いので、正確には「オレたち/ワタシたちの歌舞伎」と呼ぶのがよいでしょうね。(ワタシたちの歌舞伎だけだと、なんか違うんですよね。男女差別だと言われるかもしれませんが…。)そうそう、女性が出演するのは、本家歌舞伎との大きな大きな違いです。

 


『東海道四谷怪談』全幕上演をいま最もしっかり見せる

 

 「現代劇の歌舞伎って、なんかお手軽な感じ、チャチい感じがする」と思ったあなた、ブッブー。そのイメージは間違っています。木ノ下歌舞伎は、むしろ本格派です。たとえば、過去2回、上演時間が6時間近い『東海道四谷怪談-通し狂言-』を上演しています。
 実は、僕は本家の歌舞伎を生で見たことがないので(シネマ歌舞伎は何回か見ましたが)、歌舞伎を語る資格はないと思っていますが、ちょっとだけ触れると、現代では、本家歌舞伎が『東海道四谷怪談』を6時間もかけてやることはめったにない、と聞いています。『東海道四谷怪談』の全幕上演をいま最もしっかり見せるのは、たぶん木ノ下歌舞伎です。


 他の演目も総じて長く、木ノ下歌舞伎では3時間は当たり前です。できるだけ省略せずに、歌舞伎のストーリー全体を丹念に詳しく見せてくれるんです。初演上演時の江戸時代の観客が受けた衝撃を現代に再現する「原作主義」が、木ノ下歌舞伎の基本スタンスです。

 僕は『東海道四谷怪談』も見ましたが、なんの予備知識も入れずに「東海道四谷怪談って、お岩さんのあれでしょ~」と見に行って、痛い目に遭いました。いや、もちろんお岩さんのあれなんですけど、中心には伊右衛門と直助という2人の悪人がいて、お岩さんの一件以外にもいろいろとあるんです。そういうことを、現代の僕らは知らないじゃないですか。木ノ下歌舞伎は、少なくとも僕にとってはありがたい存在です。

 


「演出家の適材適所」という方法

 

 木ノ下歌舞伎は、一風変わった体制の団体です。主宰は木ノ下裕一さんですが、木ノ下さんの役割は「監修・補綴」です。ご自身では「権力を持ったドラマトゥルク(作品の資料的なリサーチやアドバイス担当)」とも呼んでいます。平たく言えば、脚本担当ですね。歌舞伎の現代化にあたって、何を守り、何を崩すかを決める存在です。
 つまり、木ノ下さんは自分では演出をしていないんですね。演出家は作品によって違います。おそらく木ノ下さんが、作品によって演出家を選んでいるのだと思います。「演出家の適材適所」をしているわけです。

 

 木ノ下歌舞伎のお芝居を最もよく演出しているのは、杉原邦生さん(KUNIO)です。前述した『東海道四谷怪談-通し狂言-』と『黒塚』もそうですし、ほかに『三人吉三』『勧進帳』『隅田川』『娘道成寺』などの演出も手がけています。
 僕の印象では、杉原さんは長時間の舞台演出が得意です。『東海道四谷怪談』だけでなく、『三人吉三』も木ノ下歌舞伎版は5時間30分あるんですが(現行歌舞伎では上演されない「廓話」も上演するからです)、どちらもあっという間に終わった感じがしました。5~6時間の舞台を、あれだけストレスなく見せる技術はすばらしいと思います。

 

 糸井幸之助さん(FUKAIPRODUCE羽衣)もたびたび演出しています。FUKAIPRODUCE羽衣は、ほぼ不倫のお芝居(妙―ジカル)しかしない、という妙な劇団です。糸井さんの担当は『心中天の網島』と『摂州合邦辻』。どちらも不倫をめぐる物語で、糸井さんの得意分野というわけです。

 

 そして、『義経千本桜―渡海屋・大物浦―』を演出したのは、多田淳之介さんです。この演目は、木ノ下歌舞伎では異彩を放っています。詳しくは次回。


  • 米川青馬

    編集的先達:フランツ・カフカ。ふだんはライター。号は云亭(うんてい)。趣味は観劇。最近は劇場だけでなく 区民農園にも通う。好物は納豆とスイーツ。道産子なので雪の日に傘はささない。