義経は8人いた![芝居と読書と千の夜:19]

2021/05/29(土)11:56
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★演劇:木ノ下歌舞伎『義経千本桜―渡海屋・大物浦―』

 

★本:小島毅『義経の東アジア』(文春文藝ライブラリー)
   五味文彦『源義経』(岩波新書)
   元木泰雄『平清盛の戦い』(角川ソフィア文庫)

   保立道久『義経の登場』(NHKブックス)
   町田康『ギケイキ』(河出文庫)

 

★千夜千冊:1244夜 石田英一郎『桃太郎の母』
      1420夜 小島毅『義経の東アジア』
      1416夜 工藤雅樹『平泉藤原氏』

 


 清盛の次は、義経です。僕はいま、義経に興味津々です。なぜかというと、実に多面的だからです。「たくさんの義経」が蠢いているんですね。僕には、だいたい8人の義経が見えています。順に紹介しましょう。

 


義経の肖像。ちなみにヘッダー画像は、壇ノ浦古戦場跡にある義経八艘跳びの像です。

 

 

義経1●小さくはかなき悲劇のヒーロー

 

 小さくてすばしこいイケメン。弁慶とも互角に渡り合う優れた剣士。平家との戦いでは、勝利に継ぐ勝利をおさめる戦争の天才。しかし、平家に勝った後は一転、兄・頼朝に嫌われて追われる身となり、一時は奥州藤原氏に匿われるものの、最終的には殺されるはかなき悲劇のヒーロー。一般的な義経像は、おおざっぱにいえばこんな感じでしょう。

 

 弁慶は実在したらしいですが物語上はほぼ作られた人物ですし、実際の義経はイケメンではなく出っ歯だったらしいですけど、ほかはおおよそ事実に沿ったストーリーのようです。(※余談ですが、僕は小さくてすばしこい出っ歯というと、この兄弟を真っ先に想起します。)

 

 このヒーロー像は実に日本的だなあ、と思います。第一に、小さいのがいい。1244夜(石田英一郎『桃太郎の母』)にあるとおり、「柳田国男は『桃太郎の誕生』(角川ソフィア文庫)を書いて、日本の昔話や民話にしばしば小さな子が異常出生することに着目し、これを『小サ子』と名付け」ました。
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 日本ではかぐや姫や一寸法師や桃太郎だけでなく、スクナヒコナ、細男、座敷童子、小泉小太郎、泉小次郎、スネコタンパコ、うんとく、ヒョウトク、五分次郎などの、小さいことを誇っているような神々や主人公たちが、ずらりと各地で活躍してきたのだった。
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 もちろん一寸法師のようには小さくないとしても、小さいことは、日本の物語の主人公にふさわしい条件の一つなんですね。

 

 

 第二に、はかないのもいい。僕は『平家物語』の最大のポイントは、義経が勝った後にすぐ転落していくことだと思っています。このことについては次回詳しく。

 


義経2●卑怯な乱暴者

 

 意外だと思いますが、義経を卑怯な乱暴者と捉える見方もあります。たとえば、小島毅さんは『義経の東アジア』(文春文藝ライブラリー)でこう書いています。「義経は戦術の名手かもしれないが、戦略的視点を完全に欠落させた将軍だった」。

 

 具体的には、義経はこのようなことをしました。
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 山の上で急襲したり(一ノ谷)、背後から襲ったり(屋島)することは、頼長がバカにしたように地方の小競り合いでなら許されこそすれ、王権の帰趨をかけた戦闘で、本来してはならないことだった。
 だが、それらはいくらの駆け引きとしてまだしも大目に見ることができよう。油断していた平家が悪いのである。しかし、壇ノ浦はまったく異なる。ここで義経は非戦闘員への攻撃を命じているからだ。
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 奇襲攻撃や船の漕ぎ手のような非戦闘員への攻撃は、当時は禁じ手とされていました。義経は壇ノ浦でその禁じ手をやった。そうしたことを平気でする男、と見ることができるわけです。小島さんは、こうした義経のルール違反が安徳天皇たちを入水させる原因になったのであり、その意味で戦略的視点を完全に欠落させた将軍だったと批判しています。さらに、義経は戦時に人家を燃やすことが多かった、という話もあります。既存のイメージとは違って、けっこう荒っぽい乱暴者だったことは間違いないようです。
 五味文彦『源義経』(岩波新書)によれば、「一の谷の決戦は明らかに不意討ちによる義経軍の勝利」であり、「源平合戦の帰趨はほぼここに定まった」そうですから、卑怯な勝者ともいえるでしょう。

 

 

 小島さんは以上を踏まえて、義経の転落人生を「悲劇と呼ぶのは適切だろうか。私にはむしろ喜劇に思えてならない」とおっしゃっています。自業自得の喜劇の転落者だというのですね。ここまでいくと、義経2は、義経1とは真逆です。

 


義経3●ゲームチェンジャー

 

 さらにもう一ひねりした見方もあります。義経を「ゲームチェンジャー」と見るのです。

 

 小島さんは奇襲をルール違反として批判していますが、一方で元木泰雄さんは、当時の関東では夜討ちや奇襲は当然の発想だった、と書いています。「無警察状態、すなわち自力救済が横行していた坂東において、夜襲は頻繁に行われていたと考えられる」のです(『平清盛の戦い』角川ソフィア文庫)。その証拠に、源義朝(義経と頼朝のお父さん)は、源平合戦以前の保元の乱で夜襲をやっています。また、頼朝は後日、京都で土佐坊昌俊を使って義経に夜襲を仕掛けます。奇襲戦法を得意としたのは義経だけではなく、どうやら関東武士全体なのですね。

 

 つまり、夜襲や奇襲は京の平氏や公家たちにとっては非常識だったけど、義経や関東武士にとっては常識だったようなのです。倫理的な部分を横に置けば、源氏と関東武士は「ゲームチェンジャー」であり、義経はゲームチェンジャーの急先鋒だった、と見ることもできるでしょう。実際、その後は鎌倉武士たちが社会のゲームルールをどんどん変えていったわけで、この見方は案外ありではないかと思います。義経を現代のベンチャー経営者と重ねてみたりすることもできそうです。もちろん、倫理的な部分を一切不問にすれば、ですけどね。(※一言付け加えておくと、僕は現代の倫理や道徳を中世に持ち込むことには限界があると感じています。)

 


義経4●神

 

 以上の話とは別に、僕には、義経がある意味で「神」みたいに見えています。だって、いきなり大将を任されて、戦争という戦争にひたすら勝つんですから。人間離れしていませんか。戦争が終わったら消えていなくなる、というのも、どこか神のような感じがします。義経が実は死んでおらず、蝦夷地の王になったとか、モンゴルまで渡ってチンギス・ハーンになったとかいう「義経伝説」が生まれたことには、おおいに共感します。だってこの人、人間っぽくないんだもの。

 


義経5●優れた戦術家

 

 冷静に見れば、小島さんも認めているとおり、『平家物語』の義経は優れた戦術家でした。奇襲の善し悪しはいったん横に置くとしても、「合戦に勝利するためには一気に敵を追い詰めてゆく必要がある」(『源義経』)と考えて積極的に動いた点、キーパーソンの粟田則良や河野水軍、熊野水軍を仲間に引き入れて、慎重に瀬戸内海の制海権を握ってから壇ノ浦に臨んだ点など、やはり戦上手だったことは間違いありません。

 

 


義経6●利用された男

 

 ところで、なぜ頼朝は義経を殺そうとしたのでしょうか。答えは、千夜千冊1420夜(小島毅『義経の東アジア』)に書かれています。
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 頼朝は複合的な武士団の力を背景に「御恩と奉公」を誓う御家人を集め、従来のシステムとは異なる「幕府」というものをつくろうとしていた。そのために征夷大将軍になろうとしていた(のちになった)。それなのに、弟の義経が奥州と組んでしまったのだ。これでは頼朝は平泉政権とともに義経を叩くしかない。そういうことになる。
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 この文章だけでは意味がわからないと思うので、簡単に説明します(しっかり知りたい方は1420夜をお読みください)。

 義経は鞍馬寺に預けられた後、奥州藤原氏・藤原秀衡のところに行き、そこから頼朝に合流しました。奥州藤原氏といえば中尊寺金色堂で有名ですが、実は「北方交易においても金の産出においても、また中央に対する地域社会からの堂々たるプレゼンスにおいても、群を抜いていた。まさに『北方の王者』というべき」存在でした(千夜千冊1416夜:工藤雅樹『平泉藤原氏』)。

 

中尊寺金色堂。キレイですね


 前回、平清盛が福原(神戸)で日宋貿易を行っていたことを説明しましたが、実は清盛は日宋貿易で、奥州藤原氏が産出した金を売っていました。清盛と奥州藤原氏はガッチリつながっていたのです。保立道久『義経の登場』(NHKブックス)では、義経を平泉に送った黒幕は源氏(源頼重)と推測されており、小島さんは清盛ではないか、と考えていますが、いずれにしても義経は、秀衡にとって京=清盛とのパイプの一つでした。言い換えれば、義経はどうやら、秀衡にも平家にも源氏にも利用されていたのです。
 頼朝にとって、北方の王者・奥州藤原氏は邪魔者であり、奥州藤原氏とつながっていた義経も排除の対象となりました。

 

 

 さらに言えば、源平合戦に勝った後、義経は京都にヒーローとして迎え入れられました。後白河院や朝廷は、頼朝ではなく義経に守ってもらおうとしたのです。頼朝はそれも気に食わなかった。「頼朝にとっては義経の背後にある朝廷、なかんずく後白河法皇とその近臣の動きが大きな気がかりであり、奥州の秀衡の勢力も脅威であった」(『源義経』)わけです。幕府を作りたい頼朝にとって、後白河院と朝廷は敵でした。義経もその一味と見られたのです。

 

 つまり、義経は頼朝も含めてあらゆる権力に利用され、そのために殺された男でもあるのですね。このことに関してはどうしようもなかったように見えます。義経は時代の流れに振り回されたのです。

 

 

『ギケイキ』は全部乗せ

 

 以上の義経をまとめて体感したい方は、町田康『ギケイキ』(河出文庫)を強力にお勧めします。何しろ、『ギケイキ』は6人の義経、全部乗せです。僕にはそう見えます。たぶん、僕が気づいていない義経もいるでしょう。『ギケイキ』は一見ふざけていますが、その実めちゃくちゃ奥が深くて多面的で、べらぼうに面白い物語です。

 「全部乗せなんて、矛盾してない?」なんて野暮なこと、編集学校の皆さんは言わないですよね。そこには「たくさんの自分」がいるだけです。人間は矛盾していて当たり前です。

 

 


義経7●ポンコツ

 

 ここまで来て、ポンコツってどういうこと? そう思うのも無理はありません。でも、実はポンコツ義経もいるのです、歌舞伎の中に。

 『勧進帳』という有名な歌舞伎の演目があります。頼朝から追われる義経一行が奥州藤原氏のもとへ逃げる際、安宅の関というところで一悶着起こる、という話です。僕は以前、文楽で『勧進帳』を見ましたが、『勧進帳』の義経はほとんど何もしません。関所を通り抜けるためのあれこれを、ぜ~んぶ弁慶がやるんですね。あれだけ見ていたら、義経が優秀だとはとても思えない。ダメ大将に見えます。

 なお、『義経記』は南北朝から室町時代頃に成立したもので、江戸時代のものではないので、『ギケイキ』にポンコツ義経はいません。(少なくともいまのところ、僕にはいないように見えます。いまのところ、というのは、『ギケイキ』がまだ完結していないからで、あとでポンコツ義経が出てくる可能性はあります。)

 


義経8●ワキ

 

 では、『義経千本桜』の義経はどうだったのかといえば、「渡海屋・大物浦の段」に限って言えば、義経は「ワキ」です。能のワキ。というわけで、脇道にそれまくりましたが、ようやく次回、本題に入ります。


  • 米川青馬

    編集的先達:フランツ・カフカ。ふだんはライター。号は云亭(うんてい)。趣味は観劇。最近は劇場だけでなく 区民農園にも通う。好物は納豆とスイーツ。道産子なので雪の日に傘はささない。

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