人生100年時代でも明日死ぬかもしれない[芝居と本と千夜にふれる:25]

2022/02/13(日)08:32
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 ご無沙汰しました。2021年終盤はいろいろありまして、執筆が滞りました。2022年、連載タイトル名をちょっとだけ変えて、心機一転まいります。本題に入る前に、オンライン舞台のお勧めを。


☆☆☆お勧めオンライン舞台 その6☆☆☆

★ままごと『わが星』(2022年10月19日までは無料)

『わが星』 チラシ画像

 

 「子どもにお芝居を見せるとしたら、最初は何がいいですか?」と聞かれたら、僕は迷うことなくこれを勧めます。「米川さんの勧めるのって、難しそうか、ちょっと怖そうですよね」と感じているあなたにも、迷わず勧めます。おそらく僕が取り上げるなかで最もかわいらしい舞台です。中学生なら十分夢中になれるはずです。でも侮るなかれ。大人が見てもしっかり楽しめます。

 

 僕は7、8年くらい前に一度三鷹で見て、今回あらためて映像で見ましたが、驚いたことにまったく同じシーン(ラスト直前の月ちゃんのところ)で涙腺が決壊しました。覚えていた以上によくできたお話で、すっかり同じ術中にはまったんです。いいものはいい。平成日本屈指の名作舞台です。(※ちなみに『わが星』といえば三鷹なんですが、なぜ三鷹なのかはいずれどこかで。)

 

 偶然ですが、『わが星』は今日これからする話ともピッタリ符合しています。何しろ、「わが星・地球の死」の話ですから。

 


〈今日の話題〉

★演劇:さいたまゴールド・シアター最終公演『水の駅』

 

 

蜷川幸雄が「55歳以上、演劇経験なし」を集めたプロ劇団

 

 幕が開いてすぐに、「あー失敗した」と思いました。間に合わなかった。先にエディストに書いておくんだった。ずっと軽く後悔しながら見ていました。だって、この劇団はもうなくなるのですから。

 

 さいたまゴールド・シアターは、2021年12月の最終公演『水の駅』で、15年間の活動を終えました。創設は2006年で、立ち上げたのは蜷川幸雄さんです。蜷川さんが彩の国さいたま芸術劇場の芸術監督となってはじめに着手した事業のひとつでした。

 

 「55歳以上、演劇経験なし」。劇団員募集の条件は前代未聞でした。1200人超の応募が集まり、蜷川さんが全員の選考に立ち会って、55歳から最高齢80歳までの48名が選ばれました。僕が見た2021年の最終公演には、95歳の方が舞台に立っていました。

 

 これだけ聞くと、慈善事業か何かのように思えるかもしれませんが、さにあらず。ウェブサイトによると、「レッスンは週5日、演出・ダンス・日本舞踊・基本的な発声・ムーヴメントに加え、時代考証などの座学、そして殺陣といった特別レッスンが行われ、蜷川を筆頭に演劇の第一線で活躍する講師陣より受講」。やっていることはプロと一緒です。蜷川さんは素人の中高年を集めて、本気でプロ劇団を立ち上げたんです。さすがに灰皿を投げることはなかったのではないかと思いますが(わかりませんけど)、やはり日々怒鳴っていたそうです。

 

 2006年以来、さいたまゴールド・シアターは再演を数えると20ほどの作品を上演しています。埼玉にとどまらず、国内ツアーを敢行したり、パリや香港やルーマニアで公演したりもしています。演劇だけでなく、ピナ・バウシュヴッパタール舞踊団の日本人ダンサー瀬山亜津咲との本格的なダンス作品「KOMA’」もつくっています。

 

 詳しく知りたくなった方は、ぜひウェブサイトを読んでみてください。それから「さいたまゴールド・シアターとわたし」の記事シリーズは、面白いエピソードが満載です。書籍なら、徳永京子『我らに光を』(河出書房新社)がよいはずですが、僕は残念ながらタイミングが合わずに未入手です。

 

 


昨日できたことが今日できないからこそ尊い

 

 僕はさいたまゴールド・シアターがかなり好きでした。見始めたのが遅くて、2014年の『鴉よ、俺たちは弾をこめる』からなんですが、そこからは『リチャード二世』『薄い桃色のかたまり』『ワレワレのモロモロ』そして『水の駅』と見てきました。

 

 

 あえて正直に言いますが、第一線の劇団と比べれば、そりゃあ腕前は落ちます。単純に上手なものを見たければ、他の劇団でよかったのです。今回は、『水の駅』の作者・太田省吾さんの教え子である杉原邦生さんが演出を担当しました。実は僕は、杉原さんがもっと若いプロの役者たちと一緒にやった『水の駅』を過去に見ています。ストーリーは知っていたわけで、他の劇団ならわざわざ見に行きませんでした。でも、さいたまゴールド・シアターの『水の駅』は見たかった。

 

 なぜか。彼らが「うまくできない」からです。

 

 うまくできない、というのはおおいに誤解をはらむ表現なので、詳しく説明します。「年を取ってから始めた役者」として見れば、皆さん本当に上手でした。もう見られませんが、見れば誰でも一発で、彼らが相当の訓練を経てきたことがわかったはずです。毎回、僕は全員を尊敬の眼差しで眺めていました。

 

 でも一方で、粗も目に付きました。よくセリフが飛んだり、間が合わないところがあったり、動きが緩慢だったりしました。この記事には、「セリフが覚えられない、覚えているようだが本番で出てこないのは常、稽古の帰りに自転車で転んで骨折し降板等々、プロでは考えられないことの連続だった」とありますが、どうしたってそうなってしまうんです。

 

 僕はその「どうしたってそうなる」を見るために通っていました。皆さんができる限りの稽古を積んで舞台に立ち、それでもうまくできないところがあることを確認するために埼玉まで足を運びました。言い換えれば、僕はヒトの有限性を見たかったのです。どうしたってそうなるからこそ、さいたまゴールド・シアターは尊い存在だった、と僕は思っています。

 

 『水の駅』は太田省吾さんがつくった有名な「沈黙劇」です。セリフが一切ありません。普通は、セリフがないからこそ表現するのが難しい、と言われます。でも、さいたまゴールド・シアターの場合は事情が違います。セリフがないことは大きなメリットなんですね。言葉を覚えなくていいわけですから。おそらく『水の駅』を戦略的に選んでいるわけです。そういうことを現場で感じ取ることも面白かったのです。

 

 実は、僕の楽しみ方は蜷川さん自身が狙ったものでした。「科白を忘れたり、昨日出来たことが今日出来なかったり、動きを間違えたりすることも、人間が年老いていくときの当然の過程だと考えれば、ぼくたちはそれら全てを人間の存在の問題として、抱えてしまえばいいのだと考えて、ゴールド・シアターの公演は始まりました」。

 

 


未来よりも老いを直視したい

 

 数年前、『ライフ・シフト』(リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット/東洋経済新報社)が話題となり、人生100年時代という言葉が流行しました。最近では『LIFESPAN:老いなき世界』(デビッド・A・シンクレア、マシュー・D・ラプラント/東洋経済新報社)が「老いは治療できる病である」と唱えています。これらの本の内容をどうこう言うつもりはありません。たぶんそのとおりなのでしょう。ただ僕は、人生100年時代や老いなき世界にはそれほど興味が持てません。

 

 

 僕の場合、それよりも「明日死ぬかもしれない」というほうが、いつも先にくるからです。人生100年時代でも、僕らは明日死ぬかもしれないのです。死ぬというのは大げさかもしれません。でも、病気になったり怪我をしたりする可能性は十分にあるでしょう。もっと些細なことを言えば、僕はこの老いある世界で、一日一日老いています。

 

 一方で地球がどうなるかもまったく予想がつきません。僕はいま46歳ですから、100歳になるのは54年後です。つい3年前まで、新型コロナウイルスがこれほど流行するなんてほぼ誰も思っていませんでした。20年後、30年後、50年後のことが誰にわかるでしょうか。54年後には、日本が国として存在するかどうかすら怪しいと思っています。自分の20年後や50年後を考える気にはなりません。老いなき世界に関しては、本当にそうなったらどうするかを考えます。でも現実になったときには、間違いなく他の重大な問題が起きるでしょう。老いなき世界がバラ色だなんて、とうてい信じられません。

 

 

 僕はそういう未来を考えるよりも、さいたまゴールド・シアターで老いを直視するほうがずっと好みなんです。僕も確実に老いるのだ、老いても彼らのように力を尽くせるのだ、でも限界はだんだん大きくなっていくのだ、と見せてくれる存在のほうがありがたいのです。

 

 しかし、さいたまゴールド・シアターは終わりました。OiBokkeShiのように小サイズで同じような挑戦をしている例はあって、それはそれですばらしいのですが、こんな大変で大胆な挑戦はもう誰にもできないんじゃないか、と思っています。蜷川さん、本当に面白かったです。ありがとうございました。


  • 米川青馬

    編集的先達:フランツ・カフカ。ふだんはライター。号は云亭(うんてい)。趣味は観劇。最近は劇場だけでなく 区民農園にも通う。好物は納豆とスイーツ。道産子なので雪の日に傘はささない。