僕らは日々大量に自殺している[芝居と本と千夜にふれる:26]

2022/02/25(金)08:20
img

〈今日の話題〉

 

★本

小林武彦『生物はなぜ死ぬのか』/講談社現代新書

ルイス・トマス『人間というこわれやすい種』/晶文社

ジュールズ・ハワード『動物学者が

死ぬほど向き合った「死」の話』/フィルムアート社

 

★千夜千冊

1760夜 クリストフ・ボヌイユ、ジャン=バティスト・フレソズ

『人新世とは何か』

0326夜 ルイス・トマス『人間というこわれやすい種』

 

★演劇

さいたまゴールド・シアター最終公演『水の駅』

 

 

 前回、「人生100年時代でも、僕らは明日死ぬかもしれない」とか「未来よりも老いを直視したい」と書きましたが、実は僕と同じような気分の人は多いのではないか、と思っています。なぜかというと、ある本が10万部のベストセラーになっているからです。

 


『生物はなぜ死ぬのか』が売れている

 

 『生物はなぜ死ぬのか』(講談社現代新書)は、文字どおり、生物学者の小林武彦さんが死について書いた本です。10万部も売れたのは、僕らがコロナ禍で病と死に直面したからでしょう。

 

 本書の結論はシンプルです。「地球全体で見れば、全ての生物は、ターンオーバーし、生と死が繰り返されて進化し続けています。生まれてきた以上、私たちは次の世代のために死ななければならないのです」。ただし、そのことを理解したからといって、死の恐怖はなくならない、と小林さんは言います。なぜなら「ヒトにとって『死』の恐怖は、『共感』で繋がり、常に幸福感を与えていてくれたヒトとの絆を喪失する恐怖」だからです。僕らは死と喪失の恐怖を自覚しながら、いつか次世代のために死ぬというわけです。

 

 

 小林さんのメッセージはよくわかります。生物学者として、遺伝子と進化と共感を前面に押し出すのも当然のことだと思います。ただ一方で僕には、「そうか、僕らは死の恐怖をコントロールしながら、次世代のためにきちんと死ななくちゃいけないんだな」と素直に考える読者ばかりとは思えませんでした。ヒトはそんなにものわかりのよい生きものには思えないのです。少なくとも僕は頭では理解しましたが、腑には落ちませんでした。結局、本書を読んでも、多くのヒトは依然として不死の世界や老いなき世界を夢見るのではないでしょうか。

 


「人新世=有限性の時代」と捉えたい

 

 僕がこんなふうにヒトの死を気にしている背景には、第四紀最後の地質年代「アントロポセン(人新世)」があります。アントロポセンとは、一言で言えば「文明や人為のかかわりによって生まれた地質年代」のことです。千夜千冊1760夜『人新世とは何か』から、二つの段落を引用します。

 

━━━━━━━━━━

 気温上昇、インフルエンザ流行、オゾンホール問題、温室効果ガス蔓延、エイズの大流行、SARS、MARS、コロナの流行は、そういう第四紀最後の地質年代の喘ぎだということになる。資本主義がこれほど高度に爛熟しているかのようなのに飢餓や貧困がなくならないことも、この数十年の人新世が新自由主義、金融工学の流行、マッドマネーの狂乱、ネット資本主義の蔓延などと結びついている可能性がある。

━━━━━━━━━━

 地球がとっくに壊れているというわけではない。喘ぎながらもまだまだ活性的である。地球ではなく、「人-地球系」がすっかりおかしくなりつつあるのだ。こちらが深刻だ。
 本書はその深刻なおかしさを、いくつもの新世ぶりで強調している。曰く熱新世、食新世、死新世、あるいは曰く欲望(貪食・消費)新世、無知新世、賢慮新世、また曰く英新世、資本新世、論争新世、軍新世。

━━━━━━━━━━

 

 

 詳しくは1760夜を読んでもらいたいのですが、とにかく僕らはアントロポセンという「人ー地球系」が狂った時代を迎えています。気温上昇、インフルエンザ流行、オゾンホール問題、温室効果ガス蔓延、エイズの大流行、SARS、MARS、コロナの流行、新自由主義、金融工学の流行、マッドマネーの狂乱、ネット資本主義の蔓延などは、すべて「人ー地球系」が狂った結果(と原因)だというのです。何とかしなくてはなりませんが、正直なところ、僕には何とかする方法が全然わかりません。1760夜を読むと、僕らはもう絶望するほかにないのではないか、という気分にすらなります。

 

 とはいえ、僕にもポジティブな一歩を踏み出したい気持ちはあります。自分なりに考えた第一歩は、「人新世=有限性の時代」と捉えることです。エネルギー資源も食料資源も自然環境も、経済成長も資本増殖も法人も、近代国家もメタヴァースもAIも、何もかもが有限だと考えること。前回紹介したままごと『わが星』に倣えば、わが星・地球の存在さえも有限だと考えること。無限などどこにもないのだと意識することです。

 

 

 僕は、有限性が人新世の新たな常識になるのではないか、と思っています。その根本的な認識は「ヒトの命が有限であること」であるはずです。少なくとも僕は「あなたの死は次世代のためになる」と言われるよりも、「何もかも有限なのだから、あなたの命も有限だ」と言われるほうが受け入れやすいです。もちろん、それでも僕らは長生きを求めるでしょう。しかし不死がありえないのなら、どこかで諦めるでしょう。そうやっていろんなものを諦めていくことが、人新世のあり方になるのではないか、と思っています。

 


無限はヒトを不安にさせるのではないか

 

 僕は最近、「無限はヒトを不安にさせるのではないか」と考えています。なぜなら端的に言って、無限はウソだからです。たとえば、千夜千冊0326夜に取り上げられているルイス・トマスは『人間というこわれやすい種』(晶文社)にこう書いています。

 

 

━━━━━━━━━━

 もちろん、死への恐怖はべつに新しいものではない。それはもっとも古くからそなわる感情であるといってよい。しかし、死の心配がずっと切迫感をもってきたこと、そして今世紀もごく最近[20世紀末]になって、私たちの多くがこれまで人類史上にみられなかったような長命を誇っているまさにその時代に、これまでになく私たちの心を悩ませていることが私には奇妙に思えてならない。私の考えでは、たぶん私たちは長命になったというまさにその事実のために、死に対してよりさし迫った恐れをもつのだ。

━━━━━━━━━━

 

 『生物はなぜ死ぬのか』によれば、旧石器~縄文時代には13~15歳だった日本人の平均寿命は、平安時代に31歳になり、室町時代にふたたび16歳に下がり、江戸時代に38歳まで伸びて、明治・大正時代には女性44歳、男性43歳となり、昭和の戦後から急激に伸びて、2019年には女性87.45歳、男性81.41歳となりました。いまや若年から中年までのヒトはほとんど死ななくなったのです。

 

 しかし、コロナ禍で皆さんがこれほど活動を自粛したくらいですから、また『生物はなぜ死ぬのか』がベストセラーになるくらいですから、これほど死ににくい時代であっても、死への恐れは全然なくなっていないようです。

 

 科学的な根拠はどこにもありませんが、僕はルイス・トマスの言うとおりではないかと思っています。「私たちは長命になったというまさにその事実のために、死に対してよりさし迫った恐れをもつ」のです。その大きな理由は、自分の命をまるで無限のように感じているからではないでしょうか。長命とは無限に近づくこと、有限性が薄れることです。生が無限に近づいて周囲の死が減った現代だからこそ、死がより怖いのです。僕らは本当は、自分の命が無限でないことを知っています。だからこそ、自分の命が無限のように見えることに不安や恐怖を感じてしまうのではないか、と思うのです。

 

 同様に、現代日本は明治、大正、あるいは昭和と比べれば、間違いなく治安が良くなっています。ところが、安心安全を求める傾向が弱まることはありません。僕の見方では、それはヒトが無限の安心安全を求めているからです。しかし無限を求めれば、ますます不安になるだけです。安心安全に関する無限と不安の悪循環の行き着く先は、厳しい監視社会あるいは「監視資本主義」ではないでしょうか。

 

 


そして無常の時代へ

 

 もちろん、あらゆる面で不安や恐怖がなくなることはありません。しかし、無限を求めるほど不安や恐怖はかえって大きくなります。ではどうしたらよいのでしょうか。逆説的に聞こえるかもしれませんが、僕の考えでは、不安や恐怖を緩めるのは有限性です。たとえば、「人生100年時代でも、僕らは明日死ぬかもしれない」と思えば、実はそれなりに気が楽になるはずです。少なくとも僕はそうです。

 

 皆さんがもっと気が楽になることを語りましょう。僕らの体内では、日々大量の自殺が起こっています。「細胞自殺(アポトーシス)」です。人体では、毎日約3000億個の細胞が生まれて死んでいると言われていますが、その死の多くが細胞自殺です。

 

 なぜ細胞は自殺するのでしょうか。ジュールズ・ハワード『動物学者が死ぬほど向き合った「死」の話』(フィルムアート社)にわかりやすい説明がありました。

 

 

━━━━━━━━━━

 多細胞の生命体には細胞の自然死が欠かせない。細胞の自然死の仕組みがなかったら、ヒトも、魚類も、コウモリも、カエルも、レミングも、この世に存在しない。なぜか? 答えは簡単だ。細胞の自然死は、体内の細胞が手に負えなくなるのを防ぐ。細胞分裂が急速に進みすぎると、最悪の場合、癌になる。このメカニズムが、多細胞の統制を乱す異常な細胞を発見して殺す。その際の武器に選ばれたのがカスパーゼだ。

━━━━━━━━━━

 カスパーゼに指示を出しているのは、細胞ではなく、ミトコンドリアだ。ミトコンドリアは大昔から人間の細胞内で共生している。さらに時代をさかのぼると、単独で生きる単細胞の有機体(原核生物)だったのだが、多細胞の真核生物に取り込まれ、共生するようになった。多細胞の生命体としてヒトが成功しているのは、わたしたち自身の努力ではなく、ミトコンドリアのおかげにほかならない。

━━━━━━━━━━

 

 

 つまり、ミトコンドリアのおかげで大量の細胞自殺が起きているからこそ、多細胞生物は簡単にガンになることなく健康に生きられるのです。僕らは、数えきれないほどの死によって長く生かされているわけです。そんな生きものに、不死は似つかわしくないでしょう。死を内包する僕らは、いつか死ぬのが自然なのです。僕はこのことを知ったとき、けっこう気が楽になりましたが、皆さんはどうでしょうか。

 

 ところで、以上の話は本来、日本人にはごく当たり前のことです。「諸行無常」ってことですからね。僕の見方では、人新世は無常の時代です。


  • 米川青馬

    編集的先達:フランツ・カフカ。ふだんはライター。号は云亭(うんてい)。趣味は観劇。最近は劇場だけでなく 区民農園にも通う。好物は納豆とスイーツ。道産子なので雪の日に傘はささない。