海辺の町の編集かあさん vol. 3 Namae wo Oshieru

2022/04/15(金)08:22
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「子どもにこそ編集を!」
イシス編集学校の宿願をともにする編集かあさん(たまにとうさん)たちが、
編集×子ども」「編集×子育て」を我が子を間近にした視点から語る。
子ども編集ワークの蔵出しから、子育てお悩みQ&Aまで。
子供たちの遊びを、海よりも広い心で受け止める方法の奮闘記。


 

よいしょ、ぼうし、はし、いし、バッグ、シュシュ、あし、だっこ、おいしい、ねんね、ねむい、ここ、にんじん、CD。
私がつけていた娘の発語メモ、娘が1歳7か月時点の中身である。
このころ私が気になっていたのが、数が少なめかな?ということに加えて私、母親を意味する単語がないことであった。
最初に話した言葉が「ママ」という子も世にはたくさんいると聞くのに。謎の自意識で「ママ」ではなく「お母さん」と教えていたのがよくなかったのか。

そんなことを考えながら自分を指さし「おかあさん」、娘を指して「みっちゃん」と連呼する日々のなか、彼女が雑誌をこちらに差し出しながら言うことには。
「じぐじ」
じぐじ=じんぐうじ=神宮寺!?
「娘に最初に呼ばれた「人」」の座を颯爽と奪っていった王子さま、我が「推し」King&Prince神宮寺勇太氏は、確かに娘が差し出す表紙の中で微笑んでいた。

 

「どんな風に声をかけてよいのかがよくわからない」
娘がまだ0歳の頃、おやこエディットツアーでそんな相談をしたことがある。
まだ応えてはくれない娘に話しかけるのはシャドーボクシングのように思えた。自分で自分の言葉に飽きてしまっていたのかもしれない。
そのとき、松井路代師範代と柿沼沙耶香師範代には「身の回りのことを実況してみるとよい」と応えてもらった。
それからは彼女の目に入るもの、触れるものの名前を意識して伝えてきた。
だが「神宮寺」は教えた覚えがないし、娘が覚えるほど連呼しているとも思えない。
が、夫によると毎日言っているらしく、二重のショックであった。
その数日後。
チョコレートの缶に描かれた「カープ坊や」を指さして娘が「かーぷ」と言ったことにより我が家がにわかに騒がしくなった。
またもや、教えた覚えがない。
私たちそんなに毎日カープって言ってるかねえ。
そんなつもりはないが、きっと言っているのだろう。

 

「わたくしの言語の限界が、わたくしの世界の限界を意味する」は前期ヴィトゲンシュタイン。
私たちは娘に言葉を教えることで彼女が見ている世界の形を教えているつもりでいたけれど、結局伝えられるのは「私が見ている世界」でしかないのだ。

そしてそうやって「私の言葉」を伝えていても、娘は時々教えた覚えのないことを話す。
「伝えたこと」と「受け取っていること」のズレが生まれていくのは、片時も離れずいても「娘がみている世界」が私とぴったり重なってはいないからなのだろう。
娘が言葉を獲得していくことは、かつて私に内包されていたはずの彼女が母から離れて自分だけの世界を育てていくことなのかもしれない。

そのうち今よりも一緒に過ごす時間が減って、娘は私が見たことがないものもたくさん見るようになるのだろう。
そうして私が知らない言葉を覚えたら、時々は教えてくれるといいなと思う。

 

言動に気を付けるようにしたところあまり「神宮寺」と言わなくなったが、指差し付きで「お母さん」と教え続けていたところ、娘に「お母さんは?」と尋ねると自分を指さすようになってしまった。
ここから「おかあさん」と呼んでもらえるようになるまでたっぷり半年かかることも、呼べるようになったらなったで違う苦労が待っていることも、このときの私は知る由もないのである。

 

  • 浦澤美穂

    編集的先達:増田こうすけ。メガネの奥の美少女。イシスの萌えっ娘ミポリン。マンガ、IT、マラソンが趣味。イシス婚で嫁いだ広島で、目下中国地方イシスネットワークをぷるるん計画中。

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コメント

1~3件/3件

川邊透

2025-07-01

発声の先達、赤ん坊や虫や鳥に憑依してボイトレしたくなりました。
写真は、お尻フリフリしながら演奏する全身楽器のミンミンゼミ。思いがけず季節に先を越されたセミの幼虫たちも、そろそろ地表に出てくる頃ですね。

川邊透

2025-06-30

エディストの検索窓に「イモムシ」と打ってみたら、サムネイルにイモムシが登場しているこちらの記事に行き当たりました。
家庭菜園の野菜に引き寄せられてやって来る「マレビト」害虫たちとの攻防を、確かな観察眼で描いておられます。
せっかくなので登場しているイモムシたちの素性をご紹介しますと、アイキャッチ画像のサトイモにとまる「夜行列車」はセスジスズメ(スズメガ科)中齢幼虫、「少し枯れたナガイモの葉にそっくり」なのは、きっと、キイロスズメ(同科)の褐色型終齢幼虫です。
 
添付写真は、文中で目の敵にされているヨトウムシ(種名ヨトウガ(ヤガ科)の幼虫の俗称)ですが、エンドウ、ネギどころか、有毒のクンシラン(キョウチクトウ科)の分厚い葉をもりもり食べていて驚きました。なんと逞しいことでしょう。そして・・・ 何と可愛らしいことでしょう!
イモムシでもゴキブリでもヌスビトハギでもパンにはえた青カビでも何でもいいのですが、ヴィランなものたちのどれかに、一度、スマホレンズを向けてみてください。「この癪に触る生き物をなるべく魅力的に撮ってやろう」と企みながら。すると、不思議なことに、たちまち心の軸が傾き始めて、スキもキライも混沌としてしまいますよ。
 
エディスト・アーカイブは、未知のお宝が無限に眠る別銀河。ワードさばきひとつでお宝候補をプレゼンしてくれる検索窓は、エディスト界の「どこでもドア」的存在ですね。

堀江純一

2025-06-28

ものづくりにからめて、最近刊行されたマンガ作品を一つご紹介。
山本棗『透鏡の先、きみが笑った』(秋田書店)
この作品の中で語られるのは眼鏡職人と音楽家。ともに制作(ボイエーシス)にかかわる人々だ。制作には技術(テクネ―)が伴う。それは自分との対話であると同時に、外部との対話でもある。
お客様はわがままだ。どんな矢が飛んでくるかわからない。ほんの小さな一言が大きな打撃になることもある。
深く傷ついた人の心を結果的に救ったのは、同じく技術に裏打ちされた信念を持つ者のみが発せられる言葉だった。たとえ分野は違えども、テクネ―に信を置く者だけが通じ合える世界があるのだ。