誰にでも必ず訪れる最期の日。
それが、どのような形で訪れるかはわからないが、一番ありえそうなパターンの一つが終末介護病棟での最期じゃないだろうか。沖田×華先生と言えば、自虐ネタのエッセイマンガでよく知られるが、物語作家としても超一流だった。深く死に向き合いたい方は、是非ご一読を。
(沖田×華『お別れホスピタル』)
昼下がりの池泉回遊式庭園。青天を映した池に水鳥が降り立った。
水面(みなも)に波紋が広がると三味線の音がチンーとかさなった。
ナゴヤ面影座第五講「三絃の面影~熱田白鳥で端唄をあそぶ~」は、11月4日(祝)名古屋市熱田区にある白鳥庭園で催された。ゲストは、朗読家の紫堂恵さんと三味線名人の本條秀太郎さん。ここ尾張熱田の地に「うた」がどのように漂着し、どう編集され、どこに流れていったのか、そこで都と鄙(むら)が相対したということを語りと唄で表すという趣向だ。編集工学で言うと 「うた」による“記憶と想起”がテーマ。80ある席はあっという間 に埋まった。
前半、紫堂恵さんは、場所の記憶について語った。熱田に所縁あるヤマトタケルから始まり、古代から「尾張風土記」、中世の連歌、西行を経て一気に近世の芭蕉まで駆け抜けた。都々逸が熱田芸妓から発祥し、吉原や深川に漂流し、各地域で編集されたという件に、江戸と地方の新しい景色が見えた。この「うた」を主語にした歴史語りは、ときおり和歌の朗詠もあり、講義というよりも声のインスタレーションのようだった。
後半に本條秀太郎さんと秀五郎さんが登場し、端唄から都々逸、木遣りから民謡、伊勢音頭までをノンストップで演奏した。曲を追うごとに徐々に会場は黄昏に包まれ別世界になった。かつて白鳥庭園が、木曽川の下流に位置する貯木場であったことを意識した素晴らしい選曲だった。木曾で伐採された材木が、300日かけ木曽川を流れ、この地に運材されたという場所の“記憶”が、「うた」によって“想起”された。本條秀太郎さんは茨城潮来の出身。ここ熱田に同じ“水の郷”の面影を感じ、三絃を震わせてくれた。
小島
編集的先達:葛飾北斎。名古屋の旦那衆をつなげる面影座主宰。クセのある中部メンバーを束ねる曼名伽組二代目組長。本業は豆に定評のあるヴァンキコーヒーロースター代表。セイゴオ版画も手がける多才な情熱家。
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コメント
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