「区々の共読」三冊譜【75感門】

2021/03/28(日)08:00
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 第75回感門之盟のラストを飾った校長校話「区々の共読」。そのなかで松岡校長が紹介された本や物事に興味を持ったあなたへ、それぞれ三冊の本を紹介します。感門之盟に参加できなかったあなたも、気軽に楽しんでいただけたら嬉しいです。気になった本は、ぜひ手にとってみてください。それでは、「区々の共読」三冊譜、始めます。

 

 

ジャレド・ダイヤモンド『若い読者のための第三のチンパンジー』(草思社文庫)に興味を持ったあなたへ

 

 

  

 

●ヒトを知るための三冊
デイヴィッド・ライク『交雑する人類』(NHK出版)
ジョーゼフ・ジョルダーニア『人間はなぜ歌うのか?』

 (アルク出版企画)
長谷川眞理子『世界は美しくて不思議に満ちている』(青土社)

 

 松岡校長がまず手にとった本は、『若い読者のための第三のチンパンジー』でした。『銃・病原菌・鉄』(草思社文庫)で超有名なジャレド・ダイヤモンドが、「人間とは何か?」をまとめた入門書です。本書に惹かれたあなたには、ヒトを知るための三冊をお勧めします。
 古代人のDNAを調べた最新の研究では、僕たちホモ・サピエンスが各地でネアンデルタール人などと交雑していたり、異なる集団が混じり合ったりしていたことがわかってきたそうです。詳しく知りたい方は、ぜひ『交雑する人類』を。
 ところで、僕らはなぜ歌うのでしょうか? ジョーゼフ・ジョルダーニアは、ヒトの集団は歌で外敵を威嚇して身を守ったのだ、という大胆な仮説を立てました。歌はヒトが生きるためにおおいに役立っていた、というのです。魅力的な仮説ですね。気になったあなたは『人間はなぜ歌うのか?』をどうぞ。
 ヒトの進化についての日本一の語り手の一人が、長谷川眞理子さんです。近著『世界は美しくて不思議に満ちている』のテーマは「共感」。共読、共筆、共描に興味のあるあなた、読んで損はないと思いますよ。

 

 

中村雄二郎『術語集』(岩波新書)に興味を持ったあなたへ

 

 

  

 

●現代思想に足を踏み入れる三冊
千葉雅也『ツイッター哲学』(河出文庫)
仲正昌樹『現代哲学の最前線』(NHK出版新書)
大澤真幸『思考術』(河出ブックス)

 

 続いて松岡校長が紹介したのは、中村雄二郎さんの『術語集』でした。「グロッサリー(用語集)を頼りにすべし」とおっしゃっていましたね。
 この本が気になったあなたは、現代思想に足を踏み入れたいのではないでしょうか。まずお勧めしたいのは、千葉雅也さんの『ツイッター哲学』です。千葉さんのつぶやきを編集した一冊で、哲学迷路の最も気軽な入口です。でも、奥は深いのです。
 次は、仲正昌樹さんの『現代哲学の最前線』。仲正さんは現代思想のすばらしい紹介者で、20世紀以降の思想・哲学を知りたかったら、仲正さんの本を片っ端から読んでいくのが早道の一つです。本書は、その仲正さんが書いた現代思想の見取り図です。グロッサリーとともに手元に置くといいですよ。
 三冊目は、松岡校長とも縁が深い大澤真幸さんの『思考術』。さまざまな本をたどりながら、「読んで考えるということ」を実践的に教えてくれます。グロッサリーを頼りにして、以上の三冊を読み進めれば、いつの間にか現代思想のなかを遊歩しているはずです。

 

 

ミシェル・ド・モンテーニュ『エセー』(岩波文庫・白水社)に興味を持ったあなたへ

 

 

  

 

●新しい書き方の三冊
鴨長明『方丈記』(岩波文庫・ちくま文庫など)
オノレ・ド・バルザック『ゴリオ爺さん』(新潮文庫など)

フェルナンド・ペソア『不穏の書、断章』(平凡社ライブラリー)

 

 松岡校長が、「書くとは何か?」「どう書いたのかを読む」の題材として挙げたのが、モンテーニュ『エセー』パスカル『パンセ』(岩波文庫など)でした。モンテーニュは、市長を二度務めた後、「エセー(エッセー)」という新たな記述スタイルを生み出したのでした。
 モンテーニュやパスカル以外にも、新しい書き方を生み出した著者がいます。たとえば、『方丈記』の鴨長明。唐木順三によると、長明は短歌という「従来の形式、形、様式、型に倦きて」おり、「狂熱の表現欲」を抑えられずに、随筆という「未だ知りえなかった表現形式を探しえた」のだ、といいます(『中世の文学』)。長明は日本のモンテーニュと言ってよいのかもしれません。
 小説家にも、新たな書き方の開発者が何人もいます。バルザックは「人物再登場法」を生み出しました。前の小説で出てきた人物をふたたび登場させたのです。さらに、連鎖する作品群の総体まるごとの全容を、なんとも大がかりに「人間喜劇」と名づけました。『ゴリオ爺さん』は、人物再登場法のはじめの一作です。
 面白い詩人に、フェルナンド・ペソアがいます。「異名」という別の名前と人格をいくつも作り、そのつど別の人格になりきって詩を書いたのです。文章をなかなかうまく書けない方は、ペソアを真似して誰かになりきってみたら、意外と書けるようになるかもしれませんよ。

 

 

ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』(東京創元社)に興味を持ったあなたへ

 

 

  

 

●音読を取り入れる三冊
ウォルター・J・オング『声の文化と文字の文化』(藤原書店)
安達忠夫『素読のすすめ』(ちくま学芸文庫)
前田勉『江戸の読書会』(平凡社ライブラリー)

 

 松岡校長が、音読社会から黙読社会へ移り変わった時代を描いた本として紹介したのが、ウンベルト・エーコの名作『薔薇の名前』です。なんだか敷居の高そうな表紙ですが、実際はサービス満点の(でも奥が深~い)ミステリー小説です。
 音読と黙読のことが気になって仕方がないあなたは、ウォルター・J・オングの『声の文化と文字の文化』が必読書です。古代の声の文化がどのようなものだったのか、文字の文化になって何がどう変わったのか、変化の全体像を見て取れます。
 音読を実践したいあなたは、『素読のすすめ』に従って素読してみるといいと思いますよ。素読とは、意味内容をいったん横に置き、古典をただ何度も繰り返し音読することです。江戸時代、初学者は素読から学びを始めました。現代の僕らも素読から学ぶことがたくさんあるはずです。
 さらに、江戸時代後期には「会読」というグループ共読法が広まりました。やがて町人たちが好みの読書会をもつ「連」も生まれたといいます。会読や連が実際にはどのようなものだったのか、前田勉さんの『江戸の読書会』に詳しく書かれています。

 

 

★「遊学する土曜日」に興味を持ったあなたへ

 

  

 

●記憶・想起・言語ゲームの哲学を知る三冊
中村昇『ホワイトヘッドの哲学』(講談社選書メチエ)
中村昇『ベルクソン=時間と空間の哲学』(講談社選書メチエ)
中村昇『ウィトゲンシュタイン』(白水社)

 

 松岡校長が「共読・共学」の実践例として紹介されたのが、ご自身が以前に開いていた「遊学する土曜日」です。荒俣宏さんをはじめ、参加者は多士済々だったそうです。覗いてみたかったですね~。
 遊学する土曜日の受講生の一人として「区々の共読」で名前が挙がったのが、哲学者・中村昇さんでした。ホワイトヘッド、ベルクソン、ウィトゲンシュタインなどに詳しく、ほかにも『西田幾多郎の哲学=絶対無の場所とは何か』(講談社選書メチエ)『落語―哲学』(亜紀書房)など、面白い本をいくつも書かれています。
 哲学を学びたいあなた、特に記憶・想起・言語ゲームの哲学が気になるあなた、中村昇さんの門を叩いてみてはいかがでしょうか?

  • 米川青馬

    編集的先達:フランツ・カフカ。ふだんはライター。号は云亭(うんてい)。趣味は観劇。最近は劇場だけでなく 区民農園にも通う。好物は納豆とスイーツ。道産子なので雪の日に傘はささない。

コメント

1~3件/3件

山田細香

2025-06-22

 小学校に入ってすぐにレゴを買ってもらい、ハマった。手持ちのブロックを色や形ごとに袋分けすることから始まり、形をイメージしながら袋に手を入れ、ガラガラかき回しながらパーツを選んで組み立てる。完成したら夕方4時からNHKで放送される世界各国の風景映像の前にかざし、クルクル方向を変えて眺めてから壊す。バラバラになった部品をまた分ける。この繰り返しが楽しくてたまらなかった。
 ブロックはグリッドが決まっているので繊細な表現をするのは難しい。だからイメージしたモノをまず略図化する必要がある。近くから遠くから眺めてみて、作りたい形のアウトラインを決める。これが上手くいかないと、「らしさ」は浮かび上がってこない。

堀江純一

2025-06-20

石川淳といえば、同姓同名のマンガ家に、いしかわじゅん、という人がいますが、彼にはちょっとした笑い話があります。
ある時、いしかわ氏の口座に心当たりのない振り込みがあった。しばらくして出版社から連絡が…。
「文学者の石川淳先生の原稿料を、間違えて、いしかわ先生のところに振り込んでしまいました!!」
振り込み返してくれと言われてその通りにしたそうですが、「間違えた先がオレだったからよかったけど、反対だったらどうしてたんだろうね」と笑い話にされてました。(マンガ家いしかわじゅんについては「マンガのスコア」吾妻ひでお回、安彦良和回などをご参照のこと)

ところで石川淳と聞くと、本格的な大文豪といった感じで、なんとなく近寄りがたい気がしませんか。しかし意外に洒脱な文体はリーダビリティが高く、物語の運びもエンタメ心にあふれています。「山桜」は幕切れも鮮やかな幻想譚。「鷹」は愛煙家必読のマジックリアリズム。「前身」は石川淳に意外なギャグセンスがあることを知らしめる抱腹絶倒の爆笑譚。是非ご一読を。

川邊透

2025-06-17

私たちを取り巻く世界、私たちが感じる世界を相対化し、ふんわふわな気持ちにさせてくれるエピソード、楽しく拝聴しました。

虫に因むお話がたくさん出てきましたね。
イモムシが蛹~蝶に変態する瀬戸際の心象とはどういうものなのか、確かに、気になってしようがありません。
チョウや蚊のように、指先で味を感じられるようになったとしたら、私たちのグルメ生活はいったいどんな衣替えをするのでしょう。

虫たちの「カラダセンサー」のあれこれが少しでも気になった方には、ロンドン大学教授(感覚・行動生態学)ラース・チットカ著『ハチは心をもっている』がオススメです。
(カモノハシが圧力場、電場のようなものを感じているというお話がありましたが、)身近なハチたちが、あのコンパクトな体の中に隠し持っている、電場、地場、偏光等々を感じ取るしくみについて、科学的検証の苦労話などにもニンマリしつつ、遠く深く知ることができます。
で、タイトルが示すように、読み進むうちに、ハチにまつわるトンデモ話は感覚ワールド界隈に留まらず、私たちの「心」を相対化し、「意識」を優しく包み込んで無重力宇宙に置き去りにしてしまいます。
ぜひ、めくるめく昆虫沼の一端を覗き見してみてください。

おかわり旬感本
(6)『ハチは心をもっている』ラース・チットカ(著)今西康子(訳)みすず書房 2025