【イシス祭レポ@熊本】存在の熱、余韻の音色

09/19(土)12:00
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いま、存在の足は国に行かずに街に行き、街に行かずに店に行く。
では、存在の熱は、国になくて街にあり、街になくて店にあるか。
     
           ――松岡正剛「店々抄」『遊』1003号より

 

 

 

 

◆店を編む

 

 2020年9月5日、台風10号が近づく熊本。街は、朝から食糧や防災グッズ、ガソリン等の手配に奔走する人々でごった返していた。
 この日、1日限りの「店」が、とある場所で支度を進めていた。開店30分前の店内に、一人の客が勢いよく飛び込む。

「遅れてすみません! あれ、時間まちがえました?」

 来店第1号は、京都からやってきたという女性だ。左胸をお揃いのバラのラペルピンで飾った店主らに迎えられ、その後も続々と集う19名のツアー客たち。東京、岡山、アメリカから。宮崎、千葉、大阪から。山梨、福岡、そして熊本からも。

 

 

 その店が現れた“とある場所”とは、オンラインの空間。店主はナビゲータの植田フサ子と吉田麻子、そして自身を「野良編集者」と称するゲスト、中村響子さんの3名である。文字通り様々な“背景”を背負った参加者たちとともに、いよいよ「地域×店×編集」をテーマとしたイシスエディットツアー・熊本が暖簾を上げた。

 

 

 

◆吉田松花堂、地域・地すべり・戸板返し

 

 まずは熊本在住ナビゲーターの吉田が上がり框に正座し、「地と図の編集術」という名の商売道具を広げる。
 「店」にはいくつの顔があるだろう。従業員にとって。泥棒にとって。国にとって。そして怖い思いをした子供にとっての店とは。情報には多様な見方の「地」があり、その見方を動かすことで意味の「図」も変わってくることを感じてもらいたい。地域と店をつないで新しい視点を掘り起こす、一風変わった編集語りが始まった。

 

 

 共有画面に映し出されたのは熊本城周辺の地図。吉田の実家は江戸時代から続く老舗の薬屋である。川を隔てて広がる、新町・古町と呼ばれる二つの城下町。新町の中央に位置する『吉田松花堂』は、西南戦争の戦火で焼失しその直後に再建された、140年ものの純和風建築だ。

 

 じっくり眺める間もなく、ツアー客のもとにクイズが飛んできた。「熊本城の城下町に深い関係のある民謡は次のうちどれでしょう? 1.五木の子守唄、2.あんたがたどこさ、3.おてもやん音頭」
 出題しながら、吉田は「おーどーま ぼんぎりぼーんぎり……」と歌い出す。ツアー客たちは戸惑いながらも、チャットに回答を記入していった。答えは「船場(せんば)」の地名が登場する、2番の『あんたがたどこさ』。

 続いて、新町・古町の町割りの違いについて淡々と語り、2つのデザインを見せながら「古町のシンボルマークはAとBどちらでしょう?」と問う吉田。しっかり話を聞いていた客は、得意満面で「碁盤の目、でしたよね!」と、地図からの連想を働かせ、正解するのである。まるで人々が熊本の城下町を駆け巡るように、チャット板がいきいきと自走しはじめた。
 最後に映し出されたのは、店の二階にある和室の一コマ。「いろいろに見方を変えて、どんなふうに使えるか考えてみましょう」と、吉田が想像の飛躍を促す。なぜか“隠れ家”という回答が多い。殿様、代議士、維新の志士の密談に……ほかにも、囲碁の対局、小説を書く、庭を眺めながら球磨焼酎、といった愉快な回答が寄せられた。

 

 どんな店も、地形や歴史、法律、文化、災害などの影響を受けながら今を生きている。私たちの身の周りにあるものは、ほとんどが「すでに編集されたもの」であり、その奥ではさまざまな思惑の「地」と「図」がめまぐるしく動いているのだ。

 

 

 

◆日子、お天道様に恥じない商売を

 

 熊本は「装い」へのこだわりをルーツに秘めた街でもある。城下町と店を探訪した吉田の話から一転、舞台は熊本の外へ。語り部の舞台は、東京・銀座の知る人ぞ知る高級メンズセレクトショップ『銀座HIKO』へ飛んだ。洗練されたシックな内装の店内に、オーナーの中村響子さんが姿を現す。植田がインタビュイーとなり、中村さんの語りが始まった。

「社名は1986年の創業から変わらず『日子』です。すくすくと店が育つように、お客様の人生をお日様のように照らせるように。そしてお天道様に恥じない商売ができるようにという意味が込められています」
「1986年といえば、いわゆるDCブランドの全盛期。熊本は新しいおしゃれに敏感な街ですよね。ファッションの激戦区にあって、どんなポリシーで進んで来られたのですか?」

「何年たっても価値の変わらないよいものを扱うこと。そして常に現場主義であること。作り手の現場に足を運び、お客様の生活の現場で役に立つものをお届けするという理念を守り続けています」

 『日子』の「現場」は、客の人生そのものでもあるのだ。ある人はここの商品を手に入れることを夢見て仕事に励み、ある人は深刻な人生相談に訪れるという。

 

 

 そんな対話の中、ふと、2人が出会った頃の思い出話が蘇った。広告掲載の打ち合わせで店を訪れた植田と中村さんがあれやこれやと話し合っていると、店の奥から中村さんの父の哲彦さんが現れ、ちょっとしたアドバイスばかりか、経営哲学やファッションの理念までも年若い植田のために惜しみなく語ってくれたという。しかもときにはおいしいエスプレッソまでスッと出して。――洋服店でありながら、まるでサロンのような居心地のよさもあわせ持つ空間なのだ。

「売ろう売ろうとするのでなく、見ただけではわからない商品の魅力をお伝えするようにしています。まずは文化に触れるためのきっかけになればいいなと。触って、袖を通して、作り手の話を聞いて」
 中村さんのその言葉は、店には美術館や博物館のような役割もあることを思わせた。

 

 

 そして話題は「店の拠点を変えたきっかけ」へ。

「決定的なきっかけになったのは、2016年の熊本地震です。地震で壊れた店内を見たときはショックでした。まるで血を流しているようだと。そんな時、父が言ったんです。お前に覚悟はあるか?
あるなら東京に店を出す、と」
 美しく甦った今の店舗に、苦しかった震災の記憶は滲んでいない。しかし、中村さんたちのこの笑顔は、それらの時間や経験をもとに培われてきたものだ。中村さん、植田、吉田の3人はそっと、胸のラペルピンに触れる。それは、中村さんが2011年の東日本大震災をきっかけに自ら作るようになったチャリティ商品だった。
「ファッションはときに無力です。それでも、何かできることはあるんじゃないかと思いました」

「お洒落において大切なことは?」
「ひとことで言うなら、愛です。作り手への敬愛や、今日会う人を笑顔にしたい、人生をまっすぐに生きていきたいという思い。そういった本来見えないものを形にするのが装いだと思います。それをどんな形にするのかが、それぞれの人の編集力なのだと思います」

 

 

 

◆橋と道のあいだに

 

 実は今回の熊本ツアーには、編集の楽しさを広く知ってもらうことのほかに、もう一つ大切な目的があった。7月の豪雨災害で被災したふるさとのため、集まった参加費を義援金として全額寄付することである。
 ここで語り部となったのが、イシス編集学校九州支所「九天玄氣組」のメンバーで、仕事の合間を縫って災害ボランティア活動に従事している光澤大志。ニュースではわからない現地の情報を、自ら撮影した動画と特濃の熊本弁でレポートしてもらった。

 

 

「この道路の横ん川が球磨川。日本三大急流の一つち言われとります。水面から道路まで高さが10m近くあるとですばってん、これが氾濫して、さらに3mばっか上がったところにあるお寺も床上浸水しました。私はそこに泥かきに行ったとです」
 寺の住職によると、川の氾濫の原因の一つは「橋が壊れなかったこと」ではないかという。人吉のように林業がさかんな地域では、上流に積まれた大量の木材が濁流に流され、橋げたに引っかかることで、大量の土砂をせき止めてしまい水があふれてしまうのだ。どんな圧力にも負けない橋の強さが仇になった。

「これからの日本、今までの強く頑丈に、ていうところから方針転換をせんといかん。あえて弱く作る、あえて壊れるように作る。そういうフラジャイルな感覚もうまいこと利用しながら色んなもんば作るごとせんと、もうどぎゃんもこぎゃんもいかんとこまでに来ている気がするとです」

 災害現場を実見した光澤の言葉に、ツアー客たちは深くうなずいた。

 

 

 

◆店じまいの余韻

 

 短いようで濃厚な90分間だった。エンドロール代わりにと流したのは、熊本県が制作した、各地の名勝が連なるプロモーションビデオ。
「ありがとうございました!」「台風に気を付けて…」

 甘く切ないギターのBGMを聴きながら、チャット板には別れの言葉が飛び交うが、みな席を立とうとしない。やがて話題は動画に登場している映像へのコメントに移っていく。

「これは落ちない石(免の石)ですか?」「地震で落ちました」

「あ、ラピュタの道!」「熊本に帰りたかですー」
 結局、9分間の映像が終わったあとも、多くのツアー客が店に残り、今日の感想や熊本への思いを途切れることなく語り合ったのだった。

 

 

 

 ご参加の皆様、貴重なお時間をいただきありがとうございました。

 みなさまからの参加費は、熊本県が設置している「令和2年7月豪雨に伴う義援金」の口座に振り込みさせていただきました(https://www.pref.kumamoto.jp/kiji_34171.html)。

 あらためまして、心より御礼申し上げます。

 

 

 * * *


 人と地域を結ぶ編集祭りは、いよいよ最終回の【札幌会場】のみ!

   https://shop.eel.co.jp/products/detail/244

   9月26日(土)14:00~15:30

 

 こちらもどうぞお見逃しなく!

 

 

【共同執筆:熊本人ユニット「よしふさ」】
●吉田麻子…編集的先達:網野善彦。

語れば朝顔、歌えば芍薬、書けば錦の肥後椿。やわらかな物腰とは裏腹に、胸の奥では想像の篝火を絶やさぬ物語の名手。

●植田フサ子…編集的先達:幸田文。

編集ぶりを肥後六花に例えるならば、花菖蒲のごとく内から捲れ、菊や山茶花のように散るまで色を惜しむ系。

 

(左:植田フサ子 右;吉田麻子)


  • 植田フサ子

    編集的先達:幸田文。熊本を愛し、言葉を愛し、編集を愛する。火傷するほどの情熱にきらり光る編集力、揺るがない正義感をもつライター兼編集者。常に多忙で寝落ちもしばしばなのはご愛敬。

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