遊々ほんほん2008 評匠◎森美樹【番外篇】

09/07(月)10:58
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 イシス編集学校の20年の歴史の中で、2008年は物語の年でした。2月に『物語編集力』が出版され、11月に[遊]物語講座が開講したのです。

 当時は、携帯小説の「恋空」が大ヒットし、ストーリーやシナリオづくりの入門書が数多く出版され、誰もが物語を書く時代がきていました。サントリーの伊右衛門の物語広告が注目され、物語が企業や商品のブランドを左右するとも言われていました。物語が求められ、物語る力が必要とされる世の中に向けて、イシス編集学校の物語編集術を発信する時期がきていたのです。

 

物語編集術をリソースに

 

 出版と新たな講座の企画は、2007年9月の17期[破]の時期に「リソース編集プロジェクト(REP)」としてスタートし、ディレクターの木村久美子学匠(現在は月匠)のもとに[破]の師範経験者が参集して企画編集チームが立ち上がりました。

 リソース編集の「リソース」とは、[破]の物語編集術のカリキュラムとお題、稽古で生み出された作品と回答・指南、校長校話や師範レクチャーの蓄積のすべてです。その奥には、松岡校長と編集工学研究所の物語研究があります。その膨大な成果とパッションを、現在は輪読師をつとめる高橋秀元氏の濃密な高速講義で、分厚い資料の束とともに受けとることが、プロジェクトのキックオフでした。

 物語は情報を組織化して意味を保存、再生、変容させる編集であり、〈世界構造(ワールドモデル〉と〈四元素(キャラクター、シーン、ストーリー、ナレーション)〉を必ずもち、その奥には〈母型(マザー)〉がひそんでいる。[破]の「物語編集術」の全体解説にも松岡校長の『知の編集工学』の5章にも書かれている編集工学の物語学と物語ビジョンこそが、物語編集術と、物語を書くためのノウハウとのちがいです。その知を受け継ぎ、自らが語り手となって伝える役割を師範たちは負ったのでした。

 松岡校長のディレクションでは、「誰でも3000字の物語が書けるし、仕事にもコミュニケーションにもどんな分野にも応用できる。その技法としての物語編集術を世の中に広めてほしい」という期待が語られました。

 

母型 要約 連想 3000字

 

 キックオフの成果をリーダーの田中俊明番匠がさっそくまとめ、2週間後には、木村学匠から本の企画案と新講座の基本方針が示されました。本のターゲットは、読者が物語を書きたくなること。プロフィールは「アンソロジックに」「おもしろく・読みやすく・かっこよく」。物語編集の五つの要素(ワールドモデル、キャラクター、シーン、ストーリー、ナレーター)を師範が解説し、古今東西の物語を五つの要素で読み解いて考察を深め、そして一番の目玉と

して、それまでに編まれた3000字の物語をお披露目するという構成です。

 出版予定の2月末まで5か月しかありませんでした。「さあ、第二ステージへ!」という学匠の声に押されて、プロジェクトはハイスピードで動き出したのです。『物語編集力』は、編集学校では初めての師範の共同執筆による本です。多くの師範にとっても、本の執筆ははじめてのことでした。担当が割り振られ、締切が示され、執筆がスタートしましたが、それは経験したことのない困難のはじまりでもあったのです。

 木村学匠のきびきびしたディレクションによって、本のタイトルが『物語編集力』に、キャッチコピーは「母型 要約 連想 3000字」に決まり、本の外形が見えてきたのは11月半ばでした。キャッチコピーはプロジェクトメンバーの野嶋真帆師範の案に松岡校長が言葉を加えたもので、たった四語で物語編集術の稽古をぴたりと言いあらわした超要約です。本に載せる30本の物語作品も決まり、作者たちからは本の完成を待ち望む声が届いてきました。

 

物語が書きたくなる本へ

 

 しかし同じ頃、プロジェクトのラウンジには、木村学匠の叱咤激励と指南の声が飛んでいました。初稿の遅い師範には「まさか手つかずということはないですよね」。初稿が上がると、「知ったことをどう知らせるか。伝えたい内容をどのようなメソッド(モード)で表すか」「読者にとって面白いか。相互に読んでみて発見的興奮が起こるという内容と書きっぷりに仕上がったか」。

 原稿の執筆は、師範たちの知文術だったのです。しかも、一人ひとりが書き上げなければ、全体もゴールも見えない手探りでした。「『物語編集力』はノウハウ本ではありません」「それぞれの書き手のモードを大事に!編集八段錦の語り手の突出です」「この本にふさわしい文体は、皆で探りながら創り出していくのです」。

 「こうすれば物語が書ける」という一つのゴールではなく、物語編集術が読者の頭のなかで想像され、物語が書きたくなることをめざして、どのように文章を編むべきかが模索されていました。師範それぞれが意図と趣向をもって書いた言葉や文章が互いに照応し、3000字の物語とも世の物語とも響き合うような、「一即多」のコレクティブ・ライティングともいうべき方法が求められたのです。

 ある深夜、学匠のつぶやきがラウンジに届きました。「やっぱり面白いわ♪」。掲載する物語の入稿作業中に、作品への愛が思わずあふれた投稿でした。

 そうして稿を重ね、本の仕上げが進み、最終締め切りまで1週間を切った1月22日の夜、ラウンジに緊張が走りました。メールのタイトルは「★緊急集合★解説原稿に校長の鉄拳くだる!」。

 

デュマとホメーロスが待っていた

 

 おそるおそるメールを開くと、「校長からの愛の鞭です」という前触れのあとに、肝の冷える言葉が目に飛び込んできました。

 「愕然とするぐらいダメである。こういう文章では、どこにも通用しない。『本』の文章がどういうものかわかっていない」。

 ようやく原稿が仕上がったところに、痛烈なパンチが見舞われたのです。

 「文章はどんどん入っていくことができるものであるが、現在は、関わっていくことができない文章になっている。そのコツがわかれば、文章を書くことはおもしろくなる」。

 「説明をするときに、言葉や文章がどのように受け取られるかを想定することが必要である。そうしないと、ひとりよがりに見える」。

 その後、松岡校長のペンで真っ赤になった原稿の束を師範たちは受け取りました。おそれつつも待ち遠しかったものです。めくっていくと、想像以上の赤でした。本の全編にわたって、文章の流れと言葉のリズムが整えられ、文字一つ、句読点一つまでが吟味されていたのです。編集学校の校長の目とプロの編集者の目が隅々までゆき届いた渾身の赤は、推敲編集とは文章を世に送り出す者のだれもが通らなければならない擬死再生の儀式なのだと語っているかのようでした。

 それから2週間経ち、出版社への最終入稿が間近にせまった2月5日に、松岡校長からの贈り物がありました。千夜千冊1220夜にアレクサンドル・デュマの『モンテ・クリスト伯』が取り上げられ、この傑作を実際の犯罪記録から編み上げたデュマの「物語編集術」が解かれるなかで、『物語編集力』のことがさりげなく触れられていたのです。気づいた師範の喜びの声と、木村学匠の最終原稿完成の知らせがクロスしました。

 そして3月の感門之盟で、『物語編集力』は披露されました。完成した本がステージに積まれて、『2001年宇宙の旅』のテーマ曲「ツァラトゥストラはかく語りき」のBGMとともに登場し、スクリーンには松岡校長のペンで真っ赤になった原稿が映し出されました。『2001年宇宙の旅』の原題は[2001:A Space Odyssey]です。時空を超え、メディアを乗り換えて受け継がれる物語遺伝子を想起させ、新たなホメーロスを待望するかのような仕掛けでした。

 師範たちの物語の旅は「遊・物語講座」のエピソードへと続くのですが、ここから先のことは『インタースコア』に書いているので、興味のある方は読んでみてください。

 


  • 森美樹

    編集的先達:デヴィッド・ボウイ。月匠の陰に「モリミキ」あり。物語講座の立ち上げメンバーにして、破・物 語の師範、評匠を長らくつとめ、イシスを支え続ける。乃村工藝社のプランナーとして朝風呂と旅生活と透明アクリルを愛する生粋のエディター。