多読ほんほんリレー05 ¶2004年¶ 冊師◎松井路代

2020/07/07(火)09:59
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2004年7月7日、千夜千冊第1000夜『良寛全集』がアップロードされました。これからどうなるのか。過去ログを読みながら待っていると、7月22日、千夜一尾として『エレガントな宇宙』がアップされました。末尾には「未確認な次夜に続く」とあり、驚かされました。

 

1001夜その2が7月30日、その3が8月6日、その4が8月27日に更新されます。長い尻尾だなと思いながらさらさら読んでいると、スクロールしていた手が止まりました。

 

「一時中断やむなきの弁」。えっ、胃がん? 入院されるの? 当時、私は入門前。まだ独身、京都暮らしで、MKタクシーという会社でMK新聞という小さなメディアの一人編集員をしていました。


観光トピックスを中心に取材し、記事にするにあたって枯山水、枕草子、方丈記、あれこれ検索しているとしょっちゅう「千夜千冊」というサイトがひっかかる。読み始めたのは850夜ぐらいだったと思いますが、2004年は914夜の司馬遼太郎に始まり、1000夜が近づくにつれて、ドストエフスキー、ユゴー、近松、道元、馬琴、ホメロスと大作が連打されていきました。

 

横にいつも出ていた「イシス編集学校」のバナー広告。編集の方法を誰かに教わりたいという思いも高まっていましたが、千夜のラインナップが凄すぎて、松岡さんがますます謎の人物になってきていました。周りには「東京で高額な商品を買わされたりするんじゃないか」と心配されたりしました。

 

千夜一時中断で、松岡さんが生身の人物だということを実感しました。入門しよう。けど学校がどうなるかわからない。まずは快復を待つことにしました。2004年12月26日、1001夜その5が更新されました。「よかった! 治らはったんや」。三か月後、京都で行われた講演に、取材と称して駆けつけました。ナマで見た校長は『知の編集工学』の表紙写真からずいぶん面変わりされていました。

 

松岡校長は、手術直後の「医療的人体」からチューブが一本ずつ抜かれ自前の身体に戻っていくプロセスを感じながら「自分の体は、人工なのか自然なのかと考えた」と語っています。(連塾第六講『詫び・数寄・余白 アートにひそむ負の創造力』)
 
千夜一尾が閉じ、松岡校長の全面治癒が伝えられた12月26日は、スマラ島沖でマグニチュード9.1の地震が起きた日でもあります。ここから連想した、2004年を語る一冊がこちらです。

 

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  『ツナミの小形而上学』
   ジャン‐ピエール・デュピュイ著、 嶋崎正樹訳
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癌、地震、アウシュビッツ、ヒロシマ・ナガサキ、9・11。そして22万人もの死者を出したスマトラ大津波は、「自然的悪」な
のか「人間に潜む悪」なのか。

 

デュピュイは1755年のリスボン大地震がきっかけで起こったヨーロッパ思想界の転換をたどり、ルソーの「科学的知識の不十分さがリスボン大地震の災厄を増幅させた」という言葉が、近代につながる「リスクの思想」と「憎悪の思想」を作ったとみています。次第に「人間に潜む悪」が「自然的悪」を飲み込み、やがて悪意不在の大災厄=「システムの悪」だけが残るだろう。thoughtlessness(想像力の欠如)が破局への道を加速させるだろうと予測します。


本書の日本語版が出版されたのはフクシマのあと、2011年7月でした。校長は3・11後の番外編1439夜で取り上げ、「ましてや神なき日本では、メディアが大衆を味方につけたふりをして、正義と悪を仕分けしているに過ぎない」と書いています。「コロナ」という言葉の後に、無自覚に「禍」という言葉をつける2020年の今こそ再読したい。災厄、事故、損傷から新しい形而上学を掬いだす端緒にしていきたいと考えます。

 

入門したあと、【校長室方庵◎校長校話】で入院前後のやり取りを読みました。【ともかく以下のことを読んでください 2004年8月11日】【みんな、優しくも熱いメッセージをありがとう。アテネは編集学校にあったんですね。2004年8月18日】。

 

自然と人工とシステムのアイダ、隙間での、「説明を見出せない私たち自身のことを想って痛みを分かち合う」インタースコアそのものでした。大変長くなりました。では、2005年へ。スタジオふきよせの松尾亘冊師にバトンを渡します。

  • 松井 路代

    編集的先達:中島敦。2007年生の長男と独自のホームエデュケーション。オペラ好きの夫、小学生の娘と奈良在住の主婦。離では典離、物語講座では冠綴賞というイシスの二冠王。野望は子ども編集学校と小説家デビュー。

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コメント

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山田細香

2025-06-22

 小学校に入ってすぐにレゴを買ってもらい、ハマった。手持ちのブロックを色や形ごとに袋分けすることから始まり、形をイメージしながら袋に手を入れ、ガラガラかき回しながらパーツを選んで組み立てる。完成したら夕方4時からNHKで放送される世界各国の風景映像の前にかざし、クルクル方向を変えて眺めてから壊す。バラバラになった部品をまた分ける。この繰り返しが楽しくてたまらなかった。
 ブロックはグリッドが決まっているので繊細な表現をするのは難しい。だからイメージしたモノをまず略図化する必要がある。近くから遠くから眺めてみて、作りたい形のアウトラインを決める。これが上手くいかないと、「らしさ」は浮かび上がってこない。

堀江純一

2025-06-20

石川淳といえば、同姓同名のマンガ家に、いしかわじゅん、という人がいますが、彼にはちょっとした笑い話があります。
ある時、いしかわ氏の口座に心当たりのない振り込みがあった。しばらくして出版社から連絡が…。
「文学者の石川淳先生の原稿料を、間違えて、いしかわ先生のところに振り込んでしまいました!!」
振り込み返してくれと言われてその通りにしたそうですが、「間違えた先がオレだったからよかったけど、反対だったらどうしてたんだろうね」と笑い話にされてました。(マンガ家いしかわじゅんについては「マンガのスコア」吾妻ひでお回、安彦良和回などをご参照のこと)

ところで石川淳と聞くと、本格的な大文豪といった感じで、なんとなく近寄りがたい気がしませんか。しかし意外に洒脱な文体はリーダビリティが高く、物語の運びもエンタメ心にあふれています。「山桜」は幕切れも鮮やかな幻想譚。「鷹」は愛煙家必読のマジックリアリズム。「前身」は石川淳に意外なギャグセンスがあることを知らしめる抱腹絶倒の爆笑譚。是非ご一読を。

川邊透

2025-06-17

私たちを取り巻く世界、私たちが感じる世界を相対化し、ふんわふわな気持ちにさせてくれるエピソード、楽しく拝聴しました。

虫に因むお話がたくさん出てきましたね。
イモムシが蛹~蝶に変態する瀬戸際の心象とはどういうものなのか、確かに、気になってしようがありません。
チョウや蚊のように、指先で味を感じられるようになったとしたら、私たちのグルメ生活はいったいどんな衣替えをするのでしょう。

虫たちの「カラダセンサー」のあれこれが少しでも気になった方には、ロンドン大学教授(感覚・行動生態学)ラース・チットカ著『ハチは心をもっている』がオススメです。
(カモノハシが圧力場、電場のようなものを感じているというお話がありましたが、)身近なハチたちが、あのコンパクトな体の中に隠し持っている、電場、地場、偏光等々を感じ取るしくみについて、科学的検証の苦労話などにもニンマリしつつ、遠く深く知ることができます。
で、タイトルが示すように、読み進むうちに、ハチにまつわるトンデモ話は感覚ワールド界隈に留まらず、私たちの「心」を相対化し、「意識」を優しく包み込んで無重力宇宙に置き去りにしてしまいます。
ぜひ、めくるめく昆虫沼の一端を覗き見してみてください。

おかわり旬感本
(6)『ハチは心をもっている』ラース・チットカ(著)今西康子(訳)みすず書房 2025