多読ほんほん2012 多読師範◎小倉加奈子

2020/08/27(木)14:58
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 松丸本舗主義を継承した多読ジムが誕生して、早くも3シーズン目に入りました。本のチカラを感じる毎日です。 

 

 8年前のちょうど今頃、26[破]の学衆だったわたしは、当時の担当師範、大音美弥子冊匠に会いたくて、松丸本舗に出かけました。 ブック・コンシェルジュの大音さんは、「本を選んでくださいっ」と鼻息荒くお願いするわたしに、 

 

 ¶『原初生命体としての人間』野口三千三/岩波現代文庫 

 ¶『老子と少年』南直哉/新潮文庫 

 ¶『帰れないヨッパライたちへの生きるための深層心理学』きたやまおさむ/NHK出版新書 

 

 以上の3冊を、まるで自分の書斎から本を取り出すようにさらりと選んでくださいました。もっと肩の力を抜いたらいいと背中をそっと撫でてくれるような3冊セット。とても素敵な思い出です。松丸本舗閉店の2ヵ月前のことでした。 

 

 松丸本舗に出会ったのは、その前の年にさかのぼります。初来店の夏の日、『17歳のための世界と日本の見方』と『ちょっと本気な千夜千冊虎の巻』、そしてイシス編集学校のパンフレットを手に入れたわたしは、何をどう解釈したのか、イシス編集学校をビジネススクールと勘違いしたまま、26[守]の門を叩いたのでした。 

 

 それから1年あまりの短い期間でしたが、毎回、1階のエントランスから店舗へと尾っぽのように続く臙脂の線に誘われ、4階へと向かうのが楽しみでした。本の福袋を選ぶのに店頭(「橋本」と呼ばれるコーナーでした)で悶々と悩んだり、読書ワークショップに参加したり、本以外にもポシェットだの重箱だの(それらは「本具」と呼ばれていました)、様々なブックウェアショッピングを楽しんだ松丸本舗のある生活。お風呂読書用の『草枕』が、檜の洗面器とセットで浴室に置かれていた時もありました。わたしの家には、今でも松丸の戦利品の数々が残っています。本には、松丸のカバーや帯がそのまま巻かれていたりもします。 

 

 2012年は、東日本大震災から1年足らず。連日、原発事故の後始末の方法と原発再稼働の是非を問う議論がなされていました。 

 ヨーロッパでは、ギリシャの金融危機によりユーロ経済が低迷し、世界中の国々がその煽りを受けていました。奇しくも習近平、金正恩そして安倍晋三が立て続けにそれぞれの国のトップに躍り出た年でもありました。 

 

 混沌とした世界情勢の中、夏のオリンピックで日本は歴代最高のメダルを獲得し、秋には山中伸弥教授がiPS細胞でノーベル医学生理学賞を受賞します。スポーツにサイエンス。メディアはここぞとばかり、それらの快挙に飛びついたものでした。 

 

 そんな華やかなニュースに挟まれた9月末、松丸本舗は閉店を余儀なくされました。「なぜこんなにも余裕がないのだろう?」松丸の閉店を知った時、淋しさとともに浮かんだ大きな疑問でした。小さな松丸本舗のささやかな実験さえも赦さない資本主義経済は、いったい何処を、そして何を目指しているのだろう? 

 

 思春期の多感な年代に突入したイシス編集学校は、松丸の喪失を静かに受け止め、その面影を胸に抱きながら、ひたむきにここまで編集道を歩んできたように思います。 

 

 今年、成人を迎えたイシス編集学校は、その経験を糧に読書文化を発展させるべくスタートを切っています。その象徴がこの多読ジムでしょう。松丸本舗プランの隣接と波及。ネット空間のイシス編集学校の講座のひとつとして松丸本舗が生まれ変わるなんて! 

 

 これから多読ジムは、ブックコミュニティとして、様々なブックウェア企画が実験される場でありつづけ、松丸本舗主義をますます体現していくはずです。そんな多読ジムのさらなる卒意を予祝して、2012年の本は、こちらにしたいと思います。 

 

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      『本は死なない』千夜千冊1552夜 

        ジェイソン・マーコスキー 

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 本は死なない。たしかにそうでしょうけれど、本が死なないのは、本棚からその本を拾い上げ、読む人がいるから。本をひとりぼっちにしてはいけません。手に取って、触って、撫でて、眺めて、抱きしめましょう。そしてその読書体験を大切な人と語り合いたい。 

 

 共読の場の構築は、リアルな書店であろうとネット空間であろうと、今の社会にまったなしで必要なことです。もしかしたら、鈍感な社会は、その必要性にまだまだ気づいていないかもしれませんが、これからより良く生きていくうえで、世界の多様な読み方を本から学ばずにどうしようというのでしょうか。Kindleに代表される電子書籍も、もっと本棚化が進んで、バーチャルなハイパー多読文化が生まれるべきです。 

 

 起読、観読、林読、絵読、凝読、棚読、半読、臥読、装読、贈読、共読、秘読、呈読、孤読… 

 

 つまり、「本との共生」が松丸本舗主義なのです。 

 

 

 ・・・ついつい、熱くなってしまいました。イシス編集学校20周年に、多読ジムにこうして関われることはとても光栄です。「本人間」が集う場がさらに豊かになりますように! 

 

 では、そろそろ2013年へ参りましょう。 

 

 瑞々しく円やかな文体で読む人を多読へと導いてくださる、丸洋子冊師にバトンをお渡しします。 


  • 小倉加奈子

    編集的先達:ブライアン・グリーン。病理医で、妻で、二児の母で、天然”じゅんちゃん”の娘、そしてイシス編集学校「析匠」。仕事も生活もイシスもすべて重ねて超加速する編集アスリート。『おしゃべり病理医』シリーズ本の執筆から経産省STEAMライブラリー教材「おしゃべり病理医のMEdit Lab」開発し、順天堂大学内に「MEdit Lab 順天堂大学STEAM教育研究会」http://meditlab.jpを発足。野望は、編集工学パンデミック。