43[破]AT物語・アリス大賞受賞、羽根田月香さんインタビュー クリエイティブ信仰との決別

2020/02/21(金)16:16
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「選評委員にケチをつけに行きたいところですが…」と、アリストテレス大賞を信じていた教室仲間からの発言も飛び出した羽根田月香さん(比叡おろし教室)のアリス大賞。ふくよ(福田容子)師範代は、「アリスの花咲くその土中には、テレスの根が深く細かく張り巡らせている。あやの詞がバラストとなってテレスを支えた。編集工学のどまんなかを表したアリス大賞作品を43[破]に残してくださったことに感謝します」と讃え、喜んだ。

 

受賞作『娘首舞台川道行』(むすめがしらぶたいがわみちゆき)は、文楽華やかなりし江戸中期を舞台に、自身の傲りから舞台を放逐された人形遣いの六と、晴れ舞台に糸が切れ、縁起が悪いと出番を失くした娘役の首(かしら)ろくとの交流を描く。疎かにせぬ時代考証、近松門左衛門の語りを尽くしたモードでアリスの真価を示した。

 

お月さんの愛称で親しまれる、羽根田月香さん。物語編集のための原作は『クレヨンしんちゃん』と迷いながらの『男はつらいよ』だった。当初、読み解きを始めるも、持て余す感じがしたという。


英雄伝説の五段階構造に自分の読み取りがしっくり嵌らず、途中で寅さんは諦めようと思ったことも。でも師範代に「それはおすすめしない」とずばっと言われ、寅さんの物語の「らしさ」があなたに合っているとの言葉を思い出し、粘りました。


師範代の言葉に背中を押され、原作からオリジナルの物語への翻案に挑む。翻案の初回答は12月19日。ワールドモデルは心惹かれるものと決め、興味のあった文楽の世界に定めた。

 

底知れぬ奥深さがある世界。どんな結果になろうともこの世界と関わることに後悔はないと思えたから。

 

文楽で描かれる世界さながら、物語と心中する覚悟が生まれる。蘇る過去の記憶。文楽の楽屋見学で見た出番を待つ首の並ぶ姿が、産声を待つ物語に結ばれていく。

 

役が付かず壁にかけられたままなら人形としての心を失いそう。寅とリリー、男女の配役を逆転させて寅を娘役の首に、リリーを人形遣いに。寅の負が「はみだしている」なら、長らく放置された「心がない」首を主人公にしてはどうか。心なき人形遣いなら周りと協調できず、三人一役の人形遣いとしては致命的。楽屋の隅という原郷の二人のイメージを連ねていました。


自身の体験と連想に文楽の歴史を重ねる。江戸時代の人形遣い、辰松八郎兵衛の存在を知り、辰松をモデルに史実を織り交ぜたい欲求が湧き、妄想ストーリーが動き出す。だが、妄想だけでは手すさびのアリスにしかならない。時代背景を知り、テレスを深めるために大量の資料を図書館で借り、文楽の世界へと飛び込んでいった。

 

竹本義太夫が義太夫節を確立し、文楽の基礎が出来たこと。竹本義太夫の竹本座に辰松八郎兵衛もいたことや、竹本座から出た竹本采女が豊竹座を興し、竹豊二座時代が文楽の第一の黄金期だったこと。文楽が最もエキサイティングだった時代を舞台に、人形の三人遣いが物語の鍵になると考えていました。

 
史実の余白に物語が立ち上がる。しかし「型」に縛られる。寅を首、リリーを人形遣いと設定したストーリーが進み、人形遣いが活躍すればするほど、リリーの物語になってしまう。

 

すごく面白い物語が編めそうなのに、お題にある「型」が邪魔をして、そうはさせてはくれません。それ以上物語が進められないと悲鳴を上げそうになったとき、12月22日に汁講が開催されました。そのときの「寅は流離ってなんぼ」という呟きが、書きたい物語に固執していた固い頭をほぐしてくれたのです。

 

12月23日、寅とリリーの役柄を入れ替え、寅を人形遣いに、娘役の首をリリーとした再回答が届いた。

 

そこからは面白いようにパズルのピースが嵌り、鍵となる三人遣いは寅の負ではなく、寅が負を克服しようともがく鍵となり、それがそのまま三人遣いの起源となっていくという、自分でも思ってもみなかった展開が見え始めました。

 

人形遣いの六、娘役の首のろくが動き出す。言葉が姿を持ち、魂が吹き込まれ躍動する。稽古前には発想しえなかったという近松の語りのモードに挑み、馥郁とした文楽の世界が立ち現れた。

 

悩みまくっていたパズルのピースたちが、勝手に動いて嵌ってくれていく快感は、痺れるようなものがありました。これはまさに「型」の力。あれほど邪魔だと思った「型」が、嵌り始めるとすごい力を発揮してくれたと思います。


自分で書いているというより書かされている感覚。主人公・六のさだめが切なく感極まることもあったという。

 

物語稽古は、思ってもみなかった物語を書かされた体験であるとともに、クリエイティブ信仰と決別できた体験でした。じつはゼロから生み出している人なんていない、皆何かのアーキタイプから着想を得たり翻案して、新しいものを生み出している。「型」があるからこそ、より大きなものへとジャンプができているんだと、いかっていた肩にそっと手を置かれたようでした。

  • わたなべたかし

    編集的先達:井伏鱒二。けっこうそつなく、けっこうかっこよく、けっこう子どもに熱い。つまり、かなりスマートな師範。トレードマークは髭と銀髪と笑顔でなくなる小さい目。

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コメント

1~3件/3件

川邊透

2025-07-01

発声の先達、赤ん坊や虫や鳥に憑依してボイトレしたくなりました。
写真は、お尻フリフリしながら演奏する全身楽器のミンミンゼミ。思いがけず季節に先を越されたセミの幼虫たちも、そろそろ地表に出てくる頃ですね。

川邊透

2025-06-30

エディストの検索窓に「イモムシ」と打ってみたら、サムネイルにイモムシが登場しているこちらの記事に行き当たりました。
家庭菜園の野菜に引き寄せられてやって来る「マレビト」害虫たちとの攻防を、確かな観察眼で描いておられます。
せっかくなので登場しているイモムシたちの素性をご紹介しますと、アイキャッチ画像のサトイモにとまる「夜行列車」はセスジスズメ(スズメガ科)中齢幼虫、「少し枯れたナガイモの葉にそっくり」なのは、きっと、キイロスズメ(同科)の褐色型終齢幼虫です。
 
添付写真は、文中で目の敵にされているヨトウムシ(種名ヨトウガ(ヤガ科)の幼虫の俗称)ですが、エンドウ、ネギどころか、有毒のクンシラン(キョウチクトウ科)の分厚い葉をもりもり食べていて驚きました。なんと逞しいことでしょう。そして・・・ 何と可愛らしいことでしょう!
イモムシでもゴキブリでもヌスビトハギでもパンにはえた青カビでも何でもいいのですが、ヴィランなものたちのどれかに、一度、スマホレンズを向けてみてください。「この癪に触る生き物をなるべく魅力的に撮ってやろう」と企みながら。すると、不思議なことに、たちまち心の軸が傾き始めて、スキもキライも混沌としてしまいますよ。
 
エディスト・アーカイブは、未知のお宝が無限に眠る別銀河。ワードさばきひとつでお宝候補をプレゼンしてくれる検索窓は、エディスト界の「どこでもドア」的存在ですね。

堀江純一

2025-06-28

ものづくりにからめて、最近刊行されたマンガ作品を一つご紹介。
山本棗『透鏡の先、きみが笑った』(秋田書店)
この作品の中で語られるのは眼鏡職人と音楽家。ともに制作(ボイエーシス)にかかわる人々だ。制作には技術(テクネ―)が伴う。それは自分との対話であると同時に、外部との対話でもある。
お客様はわがままだ。どんな矢が飛んでくるかわからない。ほんの小さな一言が大きな打撃になることもある。
深く傷ついた人の心を結果的に救ったのは、同じく技術に裏打ちされた信念を持つ者のみが発せられる言葉だった。たとえ分野は違えども、テクネ―に信を置く者だけが通じ合える世界があるのだ。