【三冊筋プレス】ロボットと楽しく暮らせるか(米川青馬)

11/02(月)10:19
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 区民農園からの帰り道、自転車のカゴから何かが落ちた。振り向くと、道の真ん中に堂々としたカマキリ。収穫したシソの枝についていたのだ。枝葉についたバッタやカマキリは本当に見分けられなくて、何度か家に連れ帰ったことがある。
 背が高く立派な身体をしている。多分メスだろう。人間とは違い、カマキリはメスのほうが総じて大きい。丸い目がこちらをキョロリと見つめる。指を差し伸べると、ひょいひょい上ってくる。くすぐったい。畑に戻してほしい様子だ。僕はシソの枝の上に再びカマキリを置いて、自転車の向きを逆にした。
 セブンイレブンを横目にしながら、ふとこいつが「レプリカマキリ」だったらどうしよう、と考えた。現代日本を代表するSF作家の一人・北野勇作が書いた『かめくん』の主人公のように。


この世は人間様が偉いから
ロボットは差別されるだろう

 

 『かめくん』の主人公・かめくんは、カメを模したロボット「レプリカメ」である。ヒト同様に話したり食べたり寝たり本を読んだりする。この世界では、ワームホールを通って木星へ行くことができる。そこで木星を舞台とした映画撮影が始まったのだが、撮影用の怪物が逃げ出して増殖し、馬鹿馬鹿しい木星戦争が起きてしまった。かめくんは、それを収めるために作られた戦争ロボットだ。
 戦争ロボットの割に、かめくんは社会に馴染んで平和に暮らしている。周囲の人間たちも、かめくんに別け隔てなく接している。子どもにサッカーボールをぶつけられはするけれど、それ以上のイジメや迫害は起きない。レプリカメだからといって仕事をクビになるが、別のもっと適した仕事を見つける。それどころか、レプリカメを研究する図書館員のミワコさんとは、ほのかな好意を寄せ合っている。かめくんは、なかなか人間らしい生活を送っているのだ。
 このワールドモデルは、現実とはけっこう違う。かめくんが実際に存在したら、僕らはきっと恐ろしい存在として扱うだろう。何しろ戦争ロボットなのだ。なかなか話しかけないどころか、強烈な「ロボット差別」を行う可能性が十分にある。なぜなら、この世は人間様が偉いからだ。現代社会は人間中心主義なのである。


僕らはけっこう頻繁に
生き物に話しかけている

 

 ところで、『亀のひみつ』を書いた蟲文庫の田中美穂さんが、以前、亀の出てくるお話をいろいろと探してみたところ、その大半は絵本や児童文学だったそうだ。
 たとえば、ミヒャエル・エンデの有名な児童文学『モモ』には、カメのカシオペイアが出てくる。時を司るマイスター・ホラと時間の国で一緒に暮らし、三十分先までに起こることなら、確実に前もってわかる不思議なカメだ。甲羅に文字を浮き立たせてモモと対話して、要所要所でモモを助ける。カシオペイアは、かめくん以上に現実離れしたスペシャルなカメだ。現実には時間の国など存在しないし、こんなカメは絶対にいない。だからこそ、読者の子どもたちは、こんなカメが実際に存在して、甲羅を通して話ができたら楽しいだろうな、と想像する。
 カメだけでなく、絵本や児童文学には、言葉を話す動物がたくさん登場する。桃太郎にも、うさぎとかめにも、さるかに合戦にも、グリム童話にも『不思議の国のアリス』にも『ナルニア国物語』にも出てくる。子どもたちは、それをたいした不思議とは思わずに、物語に没頭する。
 そうやって育った大人たちは、実はけっこう頻繁に生き物に話しかけている。犬猫と話すのはごく当たり前のこと。田中美穂さんは、カメに「よかったねえ」とか、「ああ、サヨちゃん、ごめんごめん」とか言っているそうだが、これも変じゃない。僕は区民農園を始めてから、たまに植物に話しかけるようになった。「あっという間に大きくなったなあ」と、キュウリに言ったりしている。文字にすると変わったことに思えるかもしれないが、たぶんこれですら、そんなにおかしくはない。
 一方で、僕らは怖い生き物にはあまり話しかけない。スズメバチやクマやカミツキガメやライオンには、威嚇の言葉以外はかけない人が多いはずだ。たぶん、恐ろしい存在であるかめくんにも、多くの人が気軽には話しかけないだろう。僕らはきっと、かめくんとは楽しく暮らせないだろう。


僕たちが少しずつ慣れていけば
かめくんの世界はありえるのかも

 

 ただし、僕らが少しずつロボットに慣れていけば、話は違うのかもしれない。すでに「aibo」や「LOVOT」のようなロボットペットを可愛がる人たちがいる。ロボットペットや人型ロボットが普及して、少しずつ市民権を得ていった先には、人間とロボットがそれなりに楽しく暮らす、かめくんのような世界がありえるのかもしれない。そのときには、人間中心主義も多少は薄まり、人間が必ずしも上ではなくなっているのかもしれない。もしかしたら、僕らがロボットの意見を聞き入れて、社会や経済や生き方を変える時代すら来るのかもしれない。将棋の棋士はすでにAIから多くを学んでいるのだから、何もありえないことではない。
 畑に戻った大カマキリは、またもやこちらをじっと見つめていた。その目が「ありがとう」と言っていたので、「じゃあ」と返しておいた。もちろん、そんなことは決して言っていないのだが、それでいいのだ。たぶん、こうやって生き物と話すことが、人間中心主義から少しだけ身を離す方法の一つなのだろうから。

 

●スタジオゆいゆい


●アイキャッチ画像:
左:『かめくん』北野勇作/河出文庫
中:『モモ』ミヒャエル・エンデ/岩波少年文庫
右:『亀のひみつ』田中美穂/WAVE出版

 

●3冊の関係性(編集思考素):三間連結型
『モモ』ミヒャエル・エンデ

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『亀のひみつ』田中美穂

      ↓

『かめくん』北野勇作


  • 米川青馬

    編集的先達:フランツ・カフカ。ふだんはライター。号は云亭(うんてい)。趣味は観劇。最近は劇場だけでなく 区民農園にも通う。好物は納豆とスイーツ。道産子なので雪の日に傘はささない。